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昨日・今日・明日 - 織田 作之助 ( おだ さくのすけ )

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  • 名作LD◆昨日・今日・明日◆ソフィア・ローレン アカデミー賞
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  • 伊集院静/講談社文庫『遠い昨日』幻冬社文庫『水のうつわ』
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      昨日  当時の言い方に従えば、○○県の○○海岸にある第○○高射砲隊のイ隊長は、連日酒をくらって、部下を相手にくだを巻き、○○名の部下一人残らず軍隊ぎらいになってしまった。  彼は蓄音機という綽名を持ち、一年三百六十五日、一日も欠かさず、お前たちの生命は俺のものだという意味の、愚劣な、そしてその埋め合わせといわん許りに長ったらしい、同じ演説を、朝夕二回ずつ呶鳴り散らして、年中声が涸れ、浪花節語りのように咽を悪くし、十分毎にペッペッと痰を吐き散らしていた。が、彼は部下の顔を痰壺の代りに使うという厄介な病気を持っていた。もっとも、彼が部下の顔へ痰をひっ掛けるのは、機嫌のわるい時に限っていた。が、彼には機嫌の良い時は殆んどなかったから、彼の不幸な部下の中で「蓄音機の痰壺」になることを免れた幸福兵隊一人もいなかった。
 なお、彼は部下の顔を痰壺にする代りに、その痰壺の掃除をしてやるといわん許りに、彼の手を部下の顔へ持って行ったが、しかしその掃除のやり方は少し投げやりで乱暴であったから、かなり大きな音を立てた。彼は祭り太鼓の音のように、この音が気に入っていたらしく、彼自身太鼓たたきになったような気になったのか、この音楽情熱を満足させるために、鼻血が出るまで打ち続けるのであった。
 そして、この太鼓打ちの運動で腹の工合が良くなるのか、彼は馬のようにくらった。鯨のように飲んだのは勿論である。
 もっとも、彼は部下余興を見なければ、酒が咽へ通らないという奇病を持っていたから、その鯨のような飲酒欲を満足させるためには、兵隊たちは常に自分の隠し芸をそれぞれストックして置く必要があった。
 余興の中で、隊長を喜ばせるのは、何といってもまず浪花節であった。
浪花節をやれ、浪花節だ。浪花節をやらんか。何ッ? やれない。貴様のような奴は兵隊の屑だぞ!」
 そして、隊長浪花節はおろか何一つ隠し芸のない彼の所謂「兵隊の屑」には、
「何にも出来んけりゃ、逆立ちして歩いてみろ!」
 と、命じたが、彼に言わせると、
浪花節上手な程よろしい。逆立ち下手な程よろしい」
 隊で逆立ちの一番下手なのは、大学出の白崎恭助一等兵だったから、白崎は落語家出身で浪花節の巧い赤井新次一等兵と共に、常に隊長の酒の肴になっていた。
 おかげで、白崎は大学で覚えたことをすっかり忘れてしまうくらい、毎日逆立ちをやらされ、赤井は本職の落語を忘れてしまうくらい、毎日浪花節を唸らされて、いわば隊長の肴になるために、応召したようなものであった。
 しかし、彼等は隊長の酒の肴になるためにのみ応召したのではない。――というのは、つまり隊長に言わせれば、
「お前たちは俺の酒の肴になると同時に、俺の酒の肴の徴発もしなければならんぞ」
 という意味なのである。
 言いかえれば、赤井、白崎の二人は、浪花節逆立ちを或いは上手に或いは下手隊長の前でやって見せると共に、外出時間を貰って、鶏、牛肉、魚などの徴発をして来なければ、一人前の兵隊とは言えない、というわけである。
 その日、隊長は鶏のスキ焼きをしたいと思った。
 隊長がそう思ったということは、即ち地球から鶏が姿を消してしまわない限り、赤井、白崎の両名はその欲すると欲せざるとを問わず、唐天竺までも鶏を探し出して来なければならないということと同じである。
 そして、そのことはまた、もし二人が隊長の定めた時間内に、鶏を持参して帰らなければ、
「鶏の徴発が出来んとは、貴様はそれでも日本軍人か、いやしくも日本軍人である限り、百姓どもは喜んで鶏を提出する筈だ。――さては貴様らは俺に鶏を食べさすまいとして、わざと徴発して来なかったのだな」
 という言葉の終らぬ内に、例の「痰壺の掃除」乃至「祭り太鼓打ち」がはじまり、下手すると半殺しの目に会わされるだろうということと、全く同じことを意味するのである。二タス二ガ四ニ相等シイのと同じように「隊長ハ鶏ノスキ焼キガ食ベタイ」「二人ハ鶏ノ徴発ニ赴カネバナラヌ」「徴発出来ナケレバ半殺シニナル」という三つの意味は相等しいのである。
「二時間以内だッ」
 この命令押し飛ばされて、二人はゴムマリのように隊を飛び出すと、泡を食って農家をかけずり廻った。
 ところが、二人はもともと万年一等兵であった。その証拠には浪花節上手でも、逆立ち下手でも、とにかく兵隊としての要領の拙さでは逕庭がなかった。ことに命令されたことをテキパキ実行できないというへまさ加減では、この二人に並ぶ者はない。おまけに兵隊にあるまじいことには、兵隊につきものの厚かましさが欠けていた。
 このような二人には、だから鶏の徴発は頗るむずかしかった。が、よしんば二人が要領のよい厚かましい兵隊であったところで、隊長の酒の肴を供出するような農民昭和二十年の八月にはもういなかった。
「こんなスカタンな、滅茶苦茶な戦争されて、一時間のちの命もわからんようなことにされながら、いくら兵隊さんにでも、へいと言って出せるもんですか」
 そう言われると、二人は、
自分たちもそう思います」
 と、うっかり(というより寧ろ本心から)そう答えてしまい、これでは手ぶらで帰るより仕方がなかった。
 しかし、聴けば、たった一軒、兵隊さんになら、どんなことでも喜んできくという「兵隊きちがい」の松尾という家があるという。
 二人は早速いそいそと松尾家を訪問した。ところが、
「鶏ですか。惜しいことをしましたよ。あればお安いことなんですが、うちに一羽残っていた奴を今さきつぶしてしまった所なんですよ。一足違いでしたよ」
 という返事である。
 しょんぼりと松尾家の玄関を出ると、
「どうせ、こんなことだろうと思った」
 と、白崎は赤井の顔を見ながら、苦笑した。白崎はかねがね、
「俺はいつも何々しようとした途端に、必ず際どい所で故障がはいるのだ」
 と、言っており、何か自分運命というものに諦めをつけていたのである。
 やがて二人はとぼとぼ帰って行った。暮れにくい夏の日もいつか暮れて行き、落日の最後の明りが西の空に沈んでしまうと、夜がするすると落ちて来た。
 急いで帰らねば、外出時間が切れてしまう。しかし、このまま手ぶらで帰れば、咽から手の出るほどスキ焼きを待ちこがれている隊長の手が、狂暴に動き出して、半殺しの目に会わされるだろうことは地球が、まるい事実よりも明らかである。
 そう思うと、二人の足は自然渋って来た。
「撲られに帰るのに、あわてて帰る奴がいるものか」
 しかし急がねば遅れる。遅れたが最後無事には済むまい。
脱走したくなるのはこんな時だなア」
 降るような星空を仰いで、白崎は呟いた。
「ほんまに、そやなア」
 赤井は隊の外へ出ると、大阪弁が出た。


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