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最終戦争論・戦争史大観 - 石原 莞爾 ( いしわら かんじ )

  • 古書≪森鴎外集≫7 青年、舞姫他 【 森鴎外】河出書房 貴重 初版
  • 「森鴎外私論」吉野俊彦 森鴎外評論-批評-書籍・10冊 N21681
  • 岩波文庫1675昭和41年/阿部一族他二編森鴎外 岩波書店
  • 600円~ 岩波文庫【青年】森鴎外 (プチソフト1)
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  • ◆◇ 森鴎外著「青年」(新潮文庫) ◇◆  名著! 
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  • 森鴎外 高瀬舟・高瀬舟縁起・寒山捨得・寒山捨得縁起 CD 未開封
  • 森鴎外 舞姫 雁 井上靖 訳編 明治の古典8 初版
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   最終戦争論  第一部 最終戦争論 昭和十五年五月二十九日京都義方会に於ける講演速記で同年八月若干追補した。    第一章 戦争史の大観      第一節 決戦戦争持久戦争  戦争武力をも直接使用して国家国策を遂行する行為であります。今アメリカは、ほとんど全艦隊をハワイに集中して日本脅迫しております。どうも日本は米が足りない、物が足りないと言って弱っているらしい、もうひとおどし、おどせば日支問題日本側で折れるかも知れぬ、一つ脅迫してやれというのでハワイに大艦隊を集中しているのであります。つまりアメリカは、かれらの対日政策を遂行するために、海軍力を盛んに使っているのでありますが、間接の使用でありますから、まだ戦争ではありません。
 戦争の特徴は、わかり切ったことでありますが、武力戦にあるのです。しかしその武力価値が、それ以外の戦争の手段に対してどれだけの位置を占めるかということによって、戦争に二つの傾向が起きて来るのであります。武力価値が他の手段にくらべて高いほど戦争男性的で力強く、太く、短くなるのであります。言い換えれば陽性の戦争――これを私は決戦戦争命名しております。ところが色々の事情によって、武力価値がそれ以外の手段、即ち政治的手段に対して絶対的でなくなる――比較的価値が低くなるに従って戦争は細く長く、女性的に、即ち陰性の戦争になるのであります。これを持久戦争と言います。
 戦争本来の真面目(しんめんぼく)は決戦戦争であるべきですが、持久戦争となる事情については、単一でありません。これがために同じ時代でも、ある場合には決戦戦争が行なわれ、ある場合には持久戦が行なわれることがあります。しかし両戦争に分かれる最大原因時代影響でありまして、軍事上から見た世界歴史は、決戦戦争時代持久戦争の時代を交互に現出して参りました。
 戦争のこととなりますと、あの喧嘩好きの西洋の方が本場らしいのでございます。殊に西洋では似た力を持つ強国が多数、隣接しており、且つ戦場の広さも手頃でありますから、決戦・持久両戦争時代的変遷がよく現われております。日本戦いは「遠からん者は音にも聞け……」とか何とか言って始める。戦争やらスポーツやら分からぬ。それで私は戦争歴史を、特に戦争の本場の西洋歴史で考えて見ようと思います(六四頁の付表第一参照)。

     第二節 古代および中世
 古代――ギリシャ、ローマの時代国民皆兵であります。これは必ずしも西洋だけではありません。日本でも支那でも、原始時代社会事情が大体に於て人間理想形態を取っていることが多いらしいのでありまして、戦争も同じことであります。ギリシャローマ時代戦術極めて整然たる戦術であったのであります。多くの兵が密集して方陣作り、巧みにそれが進退して敵を圧倒する。今日でもギリシャローマ時代戦術は依然として軍事学に於ける研究の対象たり得るのであります。国民皆兵であり整然たる戦術によって、この時代戦争決戦色彩を帯びておりました。アレキサンダー戦争、シイザーの戦争などは割合政治の掣肘(せいちゅう)を受けないで決戦戦争が行なわれました。
 ところがローマ帝国の全盛時代になりますと、国民皆兵制度が次第に破れて来て傭兵(ようへい)になった。これが原因決戦戦争色彩持久戦争的なものに変化しつつあったのであります。これは歴史的に考えれば、東洋でも同じことであります。お隣りの支那では漢民族の最も盛んであった唐朝の中頃から、国民皆兵制度が乱れて傭兵堕落する。その時から漢民族国家生活としての力が弛緩しております。今日まで、その状況がずっと継続しましたが、今次日支事変中華民国非常に奮発をして勇敢に戦っております。それでも、まだどうも真の国民皆兵にはなり得ない状況であります。長年文を尊び武を卑しんで来た漢民族の悩みは非常に深刻なものでありますが、この事変を契機としまして何とか昔の漢民族にかえることを私は希望しています。
 前にかえりますが、こうして兵制が乱れ政治力弛緩して参りますと、折角ローマが統一した天下をヤソの坊さんに実質的に征服されたのであります。それが中世であります。中世にはギリシャローマ時代発達した軍事組織が全部崩壊して、騎士個人戦闘になってしまいました。一般文化中世は見方によって暗黒時代でありますが、軍事的にも同じことであります。

     第三節 文芸復興
 それが文芸復興時代に入って来る。文芸復興期には軍事的にも大きな革命がありました。それは鉄砲が使われ始めたことです。先祖代々武勇を誇っていた、いわゆる名門騎士も、町人鉄砲一発でやられてしまう。それでお侍(さむらい)の一騎打ち時代必然的に崩壊してしまい、再び昔の戦術が生まれ、これが社会的に大きな変化を招来して来るのであります。
 当時は特に十字軍影響受け地中海方面やライン方面に商業非常発達して、いわゆる重商主義時代でありましたから、金が何より大事で兵制は昔の国民皆兵にかえらないで、ローマ末期の傭兵にかえったのであります。ところが新しく発展して来た国家は皆小さいものですから、常に沢山の兵隊を養ってはいられない。それでスイスなどで兵隊商売、即ち戦争請負業ができて、国家戦争をしようとしますと、その請負業者から兵隊を傭って来るようになりました。そんな商売兵隊では戦争の深刻な本性が発揮できるはずがありません。必然的に持久戦争に堕落したのであります。しかし戦争がありそうだから、あそこから三百人傭って来い、あっちからも百人傭って来い、なるたけ値切って傭って来いというような方式では頼りないのでありますから、国家の力が増大するにつれ、だんだん常備傭兵時代になりました。


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