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木の子説法 - 泉 鏡花 ( いずみ きょうか )

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「――鱧(はも)あみだ仏(ぶつ)、はも仏と唱うれば、鮒(ふな)らく世界に生れ、鯒(こち)へ鯒へと請(しょう)ぜられ……仏と雑魚(ざこ)して居べし。されば……干鯛(ひだい)貝らいし、真経には、蛸(たこ)とくあのく鱈(たら)――」  ……時節柄を弁(わきま)えるがいい。蕎麦(そば)は二銭さがっても、このせち辛さは、明日の糧を思って、真面目(まじめ)にお念仏でも唱えるなら格別、「蛸とくあのく鱈。」などと愚にもつかない駄洒落(だじゃれ)を弄(もてあそ)ぶ、と、こごとが出そうであるが、本篇に必要で、酢にするように切離せないのだから、しばらく御海容を願いたい。
「……干鯛かいらいし……ええと、蛸とくあのく鱈、三百三もんに買うて、鰤菩薩(ぶりぼさつ)に参らする――ですか。とぼけていて、ちょっと愛嬌(あいきょう)のあるものです。ほんの一番だけ、あつきあい下さいませんか。」
 こう、つれに誘われて、それからの話である。「蛸とくあのくたら。」しかり、これだけに対しても、三百三もんがほどの価値(ねうち)をお認めになって、口惜(くやし)い事はあるまいと思う。
 つれは、毛利一樹(いちじゅ)、という画工(えかき)さんで、多分、挿画家(そうがか)協会会員の中に、芳名が列(つらな)っていようと思う。私は、当日、小作(しょうさく)の挿画(さしえ)のために、場所実写を誂(あつら)えるのに同行して、麻布我善坊(あざぶがぜんぼう)から、狸穴(まみあな)辺――化けるのかと、すぐまたおなかまから苦情が出そうである。が、憚(はばか)りながらそうではない。我ながらちょっとしおらしいほどに思う。かつて少年の頃、師家玄関番をしていた折から、美しいその令夫人のおともをして、某子爵家の、前記のあたりの別荘に、栗を拾いに来た。拾う栗だから申すまでもなく毬(いが)のままのが多い。別荘番の貸してくれた鎌で、山がかりに出来た庭裏の、まあ、谷間で。御存じでもあろうが、あれは爪先(つまさき)で刺々(とげとげ)を軽く圧(おさ)えて、柄(え)を手許(てもと)へ引いて掻(か)く。……不器用でも、これは書生の方がうまかった。令夫人は、駒下駄(こまげた)で圧えても転げるから、褄(つま)をすんなりと、白い足袋はだし、それでも、がさがさと針を揺(ゆす)り、歯を剥(む)いて刎(は)ねるから、憎らしい……と足袋もとって、雪を錬(ね)りものにしたような素足で、裳(もすそ)をしなやかに、毬栗(いがぐり)を挟んでも、ただすんなりとして、露に褄もこぼれなかった。――この趣(おもむき)を写すのに、画工(えかき)さんに同行を願ったのである。これだと、どうも、そのまま浮世絵に任せたがよさそうに思われない事もない。が、そうすると、さもしいようだが、作者の方が飯にならぬ。そッとして置く。
 もっとも三十年も以前の思出である。もとより別荘などは影もなくなった。が、狸穴、我善坊の辺だけに、引潮のあとの海松(みる)に似て、樹林は土地の隅々に残っている。餅屋が構図を飲込んで、スケッチブックを懐に納めたから、ざっと用済みの処、そちこち日暮だ。……大和田は程遠し、ちと驕(おご)りになる……見得を云うまい、これがいい、これがいい。長坂更科(さらしな)で。我が一樹も可なり飲(い)ける、二人で四五本傾けた。
 時は盂蘭盆(うらぼん)にかかって、下町では草市が立っていよう。もののあわれどころより、雲を掻裂きたいほど蒸暑かったが、何年にも通った事のない、十番でも切ろうかと、曾我ではなけれど気が合って歩行(ある)き出した。坂を下りて、一度ぐっと低くなる窪地(くぼち)で、途中街燈の光が途絶えて、鯨が寝たような黒い道があった。鳥居坂の崖下(がけした)から、日(ひ)ヶ窪の辺らしい。一所(ひとところ)、板塀の曲角に、白い蝙蝠(こうもり)が拡(ひろが)ったように、比羅(びら)が一枚|貼(は)ってあった。一樹が立留まって、繁った樫(かし)の陰に、表町の淡い燈(ひ)にすかしながら、その「――干鯛かいらいし――……蛸とくあのくたら――」を言ったのである。
「魚説法(うおせっぽう)、というのです――狂言があるんですね。時間もよし、この横へ入った処らしゅうございますから。」
 すぐ角を曲るように、樹の枝も指せば、おぼろげな番組の末に箭(や)の標示がしてあった。古典な能の狂言も、社会に、尖端(せんたん)の簇(やじり)を飛ばすらしい。けれども、五十歩にたりぬ向うの辻の柳も射ない。のみならず、矢竹の墨が、ほたほたと太く、蓑(みの)の毛を羽にはいだような形を見ると、古俳諧にいわゆる――狸を威(おど)す篠張(しのはり)の弓である。
 これもまた……面白い
「おともしましょう、望む処です。」
 気競(きお)って言うまで、私はいい心持に酔っていた。

通りがかりのものです。……臨時に見物をしたいと存じますのですが。」
「望む所でございます。」
 と、式台正面を横に、卓子(テエブル)を控えた、受附世話方の四十年配の男の、紋附の帷子(かたびら)で、舞袴(まいばかま)を穿(は)いたのが、さも歓迎の意を表するらしく気競(きお)って言った。


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