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本の事 - 芥川 竜之介 ( あくたがわ りゅうのすけ )

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  • 「芥川龍之介」 関口安義   岩波新書
  • ◆◇ 芥川龍之介 著「羅生門・鼻」(新潮文庫) ◇◆
  • 朗読CD 朗読街道28「トロッコ・蜜柑・片恋・他」芥川龍之介
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  • 芥川龍之介◆侏儒の言葉・西方の人◆続西方の人収録
  • 別冊毎日グラフ 芥川龍之介 生誕百年、そして今
  • 絶版■芥川龍之介【邪宗門・杜子春】新潮文庫帯/昭和42年/葱.秋
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芥川龍之介      各国演劇史  僕は本が好きだから、を少し書かう。僕の持つてゐる洋綴(やうとぢ)の本に、妙な演劇史が一冊ある。この本は明治十七年一月十六日の出版である。著者東京府士族警視庁警視|属(ぞく)、永井徹(ながゐてつ)と云ふ人である。最初の頁(ペエジ)にある所蔵印を見ると、嘗(かつて)は石川一口(いしかはいつこう)の蔵書だつたらしい。序文に、「夫(それ)演劇国家の活歴史にして、文盲(もんまう)の早学問なり。故に欧洲進化の国に在(あり)ては、縉紳(しんしん)貴族皆之を尊重す。而(しかう)してその隆盛(りうせい)に至りし所以(ゆゑん)のものは、有名学士|羅希(らき)に出(いで)て、之れが改良を謀(はか)るに由(よ)る。然るに吾邦(わがくに)の学者は夙(つと)に李園(りゑん)(原)を鄙(いやし)み、措(おい)て顧(かへり)みざるを以て、之を記するの書、未嘗(いまだかつて)多しとせず。即(すなはち)文化の一具を欠くものと謂可(いふべ)し。(中略)余|茲(ここ)に感ずる所あり。寸暇(すんか)を得るの際、米仏|等(とう)の書を繙(ひもと)き、その要領を纂訳(へんやく)したるもの、此|冊子(さつし)を成す。因(よつ)て之を各国演劇史と名(なづ)く」とある。羅希(らき)に出(いで)た有名学士とは、希臘(ギリシヤ)や羅馬(ロオマ)の劇詩人だと思ふと、それだけでも微笑を禁じ得ない。本文(ほんもん)にはさんだ、三葉(さんえふ)の銅版画(どうばんぐわ)の中には、「英国俳優ヂオフライ空窖(くうかう)へ幽囚(いうしう)せられたる図」と云ふのがある。その画(ゑ)が又どう見ても、土(つち)の牢(らう)の景清(かげきよ)と云ふ気がする。ヂオフライは勿論 Geoffrey であらう。英吉利(イギリス)の古代演劇史を知るものには、これも噴飯(ふんぱん)に堪へないかも知れない。次手(ついで)に本文の一節を引けば、「然るに千五百七十六年女王エリサベスの時代に至り、始めて特別演劇興業の為め、ブラツク・フラヤス寺院の不用なる領地に於て劇場を建立(こんりふ)したり。之を英国正統なる劇場の始祖とす。而(しかし)て此(こ)はレスター伯に属し、ゼームス・ボルベージ之が主宰(しゆさい)たり。俳優にはウイリヤム・セキスピヤと云へる人あり。当時は十二歳の児童なりしが、ストラタフオルドの学校にて、羅甸(ラテン)並に希臘(ギリシヤ)の初学を卒業せしものなり」と云ふのがある。俳優にはウイリヤム・セキスピヤと云へる人あり! 三十何年か前(まへ)の日本は、髣髴(はうふつ)とこの一語に窺(うかが)ふ事が出来る。この本は希覯書(きこうしよ)でも何(なん)でもあるまい。が、僕はかう云ふ所に、捨て難いなつかしみを感じてゐる。もう一つ次手(ついで)に書き加へるが、僕は以前物好きに、明治十年代の小説五十種ばかり集めて見た。小説そのものは仕方がない。しかしあの時代活字本には、当世の本よりも誤植が少い。あれは一体世の中が、長閑(のどか)だつたのにもよるだらうが、僕はやはりその中に、篤実な人心が見えるやうな気がする。誤植の次手(ついで)に又思ひだしたが、何時(いつ)か石印本(せきいんぼん)の王建(わうけん)の宮詞(きゆうし)を読んでゐたら、「御池水色春来好(ぎよちのすゐしよくしゆんらいよし)、処処分流白玉渠(しよしよぶんりうすはくぎよくのきよ)、密奏君王知入月(くんわうにみつそうしつきにいるをしる)、喚人相伴洗裙裾(ひとをよんであひともなつてくんきよをあらふ)」と云ふ詩の、入月が入用と印刷してあつた。入月とは女の月経の事である。(詩中月経を用ひたのは、この宮詞に止(とど)まるかも知れない。)入用では勿論意味が分らない。僕はこの誤(あやまり)にぶつかつてから、どうも石印本なるものは、一体に信用出来なくなつた。何(なん)だか話が横道へそれたが、永井徹(ながゐてつ)著の演劇史以前に、こんな著述があつたかどうか、それが未(いまだ)に疑問である。未にと云つても僕の事だから、別に探して見た訣(わけ)ではない。唯誰かその道の識者が、教を垂(た)れて呉れるかと思つて、やはり次手(ついで)に書き加へたのである。

     天路歴程

 僕は又漢訳の Pilgrim's Progress を持つてゐる。これも希覯書(きこうしよ)とは称されない。しかし僕にはなつかしい本の一つである。ピルグリムス・プログレスは、日本でも訳して天路歴程(てんろれきてい)と云ふが、これはこの本に学んだのであらう。本文(ほんもん)の訳もまづ正しい。所々(しよ/\)の詩も韻文訳(いんぶんやく)である。「路旁生命清流(ろばうのせいめいみづきよくながる) 天路行人喜暫留(てんろのかうじんよろこびしばらくとどまる) 百果奇花供悦楽(ひやくくわきくわえつらくにきようす) 吾儕幸得此埔遊(わがさいさいはひにえたりこのほのいう)」――大体こんなものと思へば好(よ)い。面白いのは銅版画の挿画(さしゑ)に、どれも支那人が描(か)いてある事である。Beautiful宮殿へ来た所なども、やはり支那風の宮殿の前に、支那人の Christian が歩いてゐる。この本は清朝(しんてう)の同治(どうぢ)八年(千八百六十九年)蘇松(そしよう)上海(シヤンハイ)華草書院(くわさうしよいん)の出版である。序に「至咸豊三年中国士子与耶蘇教師参訳始成(かんぽうさんねんにいたりちうこくのししやそけうしとさんやくはじめてなる)」とあるから、この前にも訳本は出てゐたものらしい。訳者の名は全然不明である。


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