札幌まで 関連リンク

寺田 寅彦 のオススメ作品

作家別索引

作品別索引

札幌まで - 寺田 寅彦 ( てらだ とらひこ )

  • 0724B札幌文庫別冊 札幌歴史地図 明治編
  • [公有財産]札幌市手稲区富丘 札幌市区画整理完了地、公園そ...
  • 安倍なつみ 販売終了生写真 安倍なつみin札幌 札幌店限定2 4枚
  • 4/23(土)札幌ドームスイートシート コンサドーレ札幌-湘南
  • [公有財産]札幌市南区藤野 札幌市南部の閑静な住宅地 163.66㎡
  • ★北海道 札幌グランドホテル/札幌パークホテル ギフト券1万円
  • 昭和46年札幌オリンピック 札幌市街地図 日立配布のもの
  • [公有財産]札幌市手稲区富丘 札幌市区画整理完了地、公園そ...
  • [公有財産]札幌市厚別区厚別東 新札幌の住宅街! 753㎡
  • 昭和50年 札幌市 古い市街地図バス路線バス停名入東札幌駅月寒駅
次のページ
 九月二十九日。二時半上野発。九時四十三仙台着。一泊。翌朝七時八分青森行に乗る。
 仙台以北は始めての旅だから、例により陸地測量部二十万分の一の地図を拡げて車窓から沿路の山水の詳細な見学をする。北上川(きたかみがわ)沿岸の平野には稲が一面に実って、もう刈入れるばかりになっているように見える。昨夜仙台新聞欠食児童何百という表題の記事を見て来たばかりの眼には、この目前見渡す限りの稲の秋は甚だそぐわない嘘のような眺めであった。豊葦原(とよあしはら)の瑞穂(みずほ)の国の瑞穂の波の中にいて、それでなかなか容易には米が食われないのである。どこかで何かが間違っている証拠である。しかしどこで何がどう間違っているかがなかなか容易に分らない問題であろう。
 北上川蛇行水路(メアンダー)の右岸平野に低湿の沼沢地が一面に分布しているのは不思議である。河流が完成して後に一体の地盤沈降したのではないかと疑われる。これは地形学者の説を聞いてみなければ分らない。
 平泉(ひらいずみ)の旧跡はなるほど景勝の地である。都市というものの発達するに恰好(かっこう)な条件具えていて、しかもそれが極めて小規模な地形であるのは面白いと思われた。鎌倉やまたこの平泉などのこうした地形を見ると、昔の日本人口の少なかった程度が推測されるような気がするのである。昔のこれらの都市面積と今の東京面積との比が昔の日本人口と今の人口との比に近いものを与えはしないかという想像が起る。
 雨上りのせいもあろうが、樹木の緑の色がいかにも落着いた、重厚な、しかも美しい緑色をしている。低くてなだらかな山々が広く長く根を張っている姿も、やはりいかにも落着いたのんびりした感じを与える。それでいて山水遠近の配置が決して単調でなく、大様(おうよう)で少しもせせこましくない変化豊富に示している。
 岩手山(いわてさん)は予期以上に立派愉快火山である。四辺の温和な山川の中に神代巨人のごとく伝説英雄のごとく立ちはだかっている。富士女性ならばこれは男性である。苦味もあれば渋味もある。誠に天晴(あっぱれ)な大和男児の姿である。この美しい姿を眺めながら妙な夢のような事を考えてみるのであった。
 誰かも云ったように、砂漠苦海の外には何もない荒涼|落莫(らくばく)たるユダヤの地から必然的に一神教が生れた。しかし山川の美に富む西欧諸国に入り込んだ基督(キリスト)教は、表面は一神でありながら内実はいつの間にか多神教変化した。同時にユダヤ人の後裔(こうえい)にとっての一つの神なるエホバは自ずから姿を変えて、やがてドルになりマルクになった。その後裔の一人であったマルクスには、「経済」という唯一の見地よりしか人間世界展望することが出来なかった。それで彼の一神教哲学は茫漠たるロシアの単調原野の民には誠に恰好なものであり、満洲支那平野極めてふさわしいものでなければならない。彼等の国には火山などは一つもないのである。これに反してエトナ、ヴェスヴィオストロンボリ以下多数の火山を有する南欧イタリア国土には当然にふさわしいシーザーが現われファシズムが生れた。今眼前にこの岩手山の実に立派な姿を眺め、その麓(ふもと)に展開する山川の実に美しい多様な変化を味わっていると、どうしても日本はやはり八百万(やおよろず)の神々の棲処(すみか)であり、英雄の国であり、哲人の国であり、食うことと飲むことの外にまだ色々様々大事なことのある国だとしか思われないのである。こんな理窟にも何にもならない理窟を考えながら、岩手山山霊に惜しい別れを告げたのであった。
 林檎畑(りんごばたけ)の案山子(かかし)は、樹の頂上からぴょこんと空中へ今正に飛び出した所だと云ったような剽軽(ひょうきん)な恰好をしている。農婦の派手な色の頬冠りをした恰好がポーランドあたりで見かけたスラヴ女の更紗(さらさ)の頬冠(ほおかぶ)りを想い出させる。それからまた、どこの国でも婆さんは同じような婆さんである。婆さんユニヴァーサル国境を超越した存在だと思う。婆さん人種はないのである。
 北へ行くほど人間の少なくなるのを感じる。たまたま停まる停車場下りる人もなければ乗る人もない。低い綿雲垂れ下がって乙供(おつとも)からは小雨が淋しくふり出した。野辺地(のへじ)の浜に近い灌木の茂った斜面の上空に鳶(とんび)が群れ飛んでいた。近年東京ではさっぱり鳶というものを見たことがなかったので異常珍しくなつかしくも思われた。のみならず鳶のこのように群れているということ自身も珍しい。おそらく下には何かよほど豊富な獲物があるに相違ないが、それは何だか分らない。しかし、よもや心中(しんじゅう)でもあるまい。
 青森湾沿岸の家の屋根の様式は日本海海岸式で、コケラ葺(ぶき)の上に石塊を並べてあるのが多い。


次のページ

寺田 寅彦 (てらだ とらひこ) 以外のオススメ作品

札幌まで (さっぽろまで) のリンク元

「札幌まで-寺田 寅彦」の関連ページ


関連ページ
Web Services by Yahoo! JAPAN