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東京ロマンティック恋愛記 - 吉行 エイスケ ( よしゆき えいすけ )

  • ●絵葉書●『東京名所 丸ノ内東京停車場』東京駅 人力車
  • 明治11年東京古地図を復刻 『実測東京全図』 東京商工会議所創
  • わたせせいぞう◆東京シティー競馬東京記念ポスターTCK東京盃10
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  • 9-e051 航空機 東京空港警察署 東京サミット テレカ
  • 【東大】卒業証書の生写真 + 17歳の思索●東京大学 東京帝国大学
  • t34-47・光GENJI 原宿 東京タワー 東京ドーム テレカ
  • 初版「昭和の東京 平成の東京」(文庫)小林信彦
  • 【東京大学】卒業証書の生写真+ 17歳の思索●東大 東京帝国大学
  • 美品 東京人 2005年10月 明治東京「お雇い外国人」明治建築
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 僕の同棲者の魑魅(ちみ)子は寝台に寝ころんで、華やかにひらいた脣(くちびる)から吐き出すレイマン匂い部屋中にエロテイィクな緑色の靄(もや)をつくりながら、僕のいつもの恋愛のテクニックを眺望しているんだ。  かの女の前身は外人相手の娼婦なので、魑魅子には東洋古典絵巻にあるような繊細なこころは、あいにく持っていなかったが、女取引所にあらわれる体温によって花咲いた男性の手管(てくだ)を、侵略に委せて刺青(いれずみ)した、肉体的異国的な地図感情を失ったエモーションの波、そこに愛情の新らしい鋳型(いがた)を僕は見出すのだ。だから、真紅(しんく)の波紋絹に、かの女の愛の言葉は乗って、
「――………どうかしよって? うん。」
 僕は腕時計に幻(あらわ)れる、午後十時半の指針をみて立上る。
「――………うん。」
「――………浮気しよって?」
 すでに、僕のこころの秘密撮影をすまして、魑魅子はラーフェンクラウを小指にはさんで、どうや、と、云うような朗らかな顔をしている。
「――……うん、浮気しよった!」
 そこで、かの女は蓮の花がひらくように、僕のこころの迷彩のなかでわらいだす。その、わらい声が妖しくもある蠱惑(こわく)となって僕に搦(から)みついてくるのだ。
 僕は立ちあがると合廊下に出て電話の受話器を外した。都会郊外境界線にある中流のホテル、時刻東京駅を十時五十五分の神戸急行列車の発車すこしまえの混雑時だった。

     ★

 前夜のこと、………更(ふ)けるとすこしばかし溝をつたうクレオソート臭いが鼻に滲(し)みたが、築地河岸附近にあるダンシング・ホールで僕はその夜、踊っていた。
 シャンデリヤにネオンサイン螺旋(らせん)に巻きついた、水灯のような新衣裳のもとで、ロープモンタントをつけた女と華奢(きゃしゃ)な男とが、スポットライト色彩に、心と心を濡らして跳舞(ちょうぶ)するのだ。そして、ジャズの音が激しく、光芒のなかで、歔欷(すすりな)くように、或は、猥雑(わいざつ)な顫律(せんりつ)を漾(ただよ)わせて、色欲のテープを、女郎(じょろう)ぐものように吐き出した。
 そして、縹緻(きりょう)よしの踊子は、たえまなく富裕な旋律のなかにいた。
 ふと、僕は気がつくのであった。この湿気のある踊場風景のなかに、赤色ジョウゼットの夜会服をつつんだ、栗鼠(りす)の豪奢な毛皮外套をつけたアトラクティブな夜の女の華車な姿が、化粧鏡を恋愛媾曳(あいびき)のための、こころの置場として、僕に微笑みかけているのだ。
 たった、ひとりで踊場にあらわれるレデーの香入りの天蓋(てんがい)の下で、僕は曲線のあるウィンクを感じながら、女性の罠と、慇懃(いんぎん)な精神のむなさわぎを衝(う)ける。
 浮舟のようにネオンサインにブルウスの曲目があらわれると、ジャズ・バンドが演奏を始めた。すると、恋を語るには千載に一遇のこの曲に立ちあがる男女、………そして、僕も立ちあがると、馴染み踊子アストラカンの裾を踏むようにして、
「――あの、栗鼠毛皮外套をつけた女を知ってる?」
 すると、僕のパートナーは陽気な鼻声をだして、
「――………気に入った。」
「――………うん。」と、うなずくのを、踊りながら好色的な上眼づかいに見て、かの女は僕の背中にエピキュリアン同志のする暗号をつたえると、
「――お世話しましょうか?」と、小声で、そっと囁(ささや)く。
「――たのむ。」
「――その御礼は?………………」
「――その、今月分の衣裳屋の仕払いを引うけるよ。」
 すでに、かの女は栗鼠毛皮をつけた女を囮(おと)りにして、
「――いいわ、こんどのワルツの曲のとき、あんた、あのレデーに申込むのよ。それまでに話しつけとくわ。……」
 そして、ふたたびダンス場の桃色迷宮のなかで僕は、嗄(かす)れ声のジャズ・シンガーの唱う恋歌に聞き惚(ほ)れていた。
 イタリアンとの混血児の上海(シャンハイ)からこの土地に稼ぎにやってきた踊子鳩胸、その偉大な女性の耕作地にこだまするサキソフォン反響、かの女は、いつも踊場に蜜月の旅をつづける。
 また、あらゆるものは緩(ゆる)やかに旋回した。その夜の幾枚目かの衣裳を着替えて化粧室からあらわれてくる踊子は、その小脇にかかえた口紅棒の汚点のついたハンド・バッグを離さない。………かの女たちは、ハンド・バッグさえあれば、たとえ露天の夜だってたえ忍ぶことができる、浪速(なにわ)へなりと、上海だって、街のエロチシズムの集散地へなりと、こころのままに行くことができる。
 前髪に蝶結びのリボンを巻いた踊子の意気姿、かの女はもとよりショウト・スカウトハイヒール流行色の粧(よそお)いが艶やかだ。

     waltz

 ダンス・ホールの溶暗(ようあん)のなかで、僕たちは縫目のない肉体のように結びついた……………。そして、赤い蝶のようにホールを旋回しながら、僕は粟鼠毛皮をつけた甘美な女の顔花園を眺めながら云うのだ。
「――僕は、あなたを、どう解釈したらいいんでしょう?」
「――そんなこと、ご自由だと思いますわ。」
 不可思議な女の声にあらわれるメロデイを感じて、
「――そんなら、僕と、ホールからお出掛けになりますか?」
「――あたし、お供したいんですわ。」
「――何処ヘ?」
「――あたしのこと、なにもかも、あなたにお委(まか)せするのです。」
「――………しかし。」
「――………おいや。」
 妖しい蠱惑(こわく)のなかに、僕は色欲の錨(いかり)を沈めてから、粟鼠毛皮外套についた無数の獣の顔を愛撫した。
 辻待自動車のなかであった。
「――僕は、あなたに恋愛をするかも知れませんよ。」
「――あたし、そんなこと、好きでなくってよ。」
「――いや、僕にはそれ以外のことはつまらないことなんだ。」
「――あら、なぜ、そんなに亢奮(こうふん)なさるの。」
 裏街を行く車窓にメインストリートの上層華美電飾が反映していた。
「――……接吻しますよ。」と、僕が云った。
「――……いやです。」と、云う栗鼠毛皮外套をつけた女の真珠貝のような耳垂が、センネットの場合感覚をもって…………――――。

     ★

 下町の袋小路にあるホテルの一室ヘ、僕は僕の恋心監禁してしまった。


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