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松島に於て芭蕉翁を読む - 北村 透谷 ( きたむら とうこく )

  • 昭和4年戦前地形図 松島 松島電車東北本線旧松島駅山線宮城電鉄
  • ◎R-26871 日本三景 松島 松島五大堂 シート1点
  • ◎R-27456 日本三景 松島 松島五大堂 シート1点
  • ◎R-30997 日本三景 松島 松島五大堂 シート1点
  • ◎R-31673 日本三景 松島 松島五大堂 シート1点
  • ◎R-35419 日本三景 松島 松島五大堂 バラ1枚
  • ◎D-00216 日本三景シリーズ 松島 松島五大堂 シート1枚
  • 松島基地航空祭ブルーインパルス第52回2006プログラム
  • ◆未使用切手⑬日本三景宮島/松島/天橋立◆昭和35.7.15発行
  • 【切手】日本三景 松島 1シート20枚 送料無料
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 余が松島に入りたるは、四月十日の夜なりき。「奥の細道」に記する所を見れば松尾桃青翁が松島に入りたる、明治元禄との差別こそあれ、同じく四月十日の午(うま)の刻近くなりしとなり。余が此の北奥の洞庭西湖に軽鞋(けいあい)を踏入れし時は、風すさび樹鳴り物凄き心地せられて、仲々に外面(そとも)に出でゝ島の夜景を眺むべき様もなかりき。然(しか)れどもわれ既に扶桑衆美の勝地にあり。わが遊魂いかでか飄乎(へうこ)としてそゝり出で、以て霊境の美神と相(あひ)通化せざるを得んや。
 寝床(しんしやう)われを呑み、睡眠われを無何有郷(むかうきやう)に抱き去らんとす。然れ雖(ども)われは生命(いのち)ある霊景と相契和しつゝあるなり。枕頭の燈火、誰(た)が為に広室(ひろま)を守るぞ。憫(あはれ)むべし、燈火は客を守るべき職に忠信にして、客は臥中にあれども既に無きを知らざるなり。燈火よ、客の魂(こん)は魄(はく)となりしかならざるか、飛遊して室中には留(とゞま)らず、女(なんぢ)何(なん)すれぞ守るべき客ありと想ふや。
 明また滅。滅又明。此際燈火はわれを愚弄(ぐろう)する者の如し。燈火われを愚弄するか、われ燈火を愚弄するか。人生われを愚弄するか、われ人生を愚弄するか。自然われを欺くか、われ自然を欺くか。美術われを眩するか、われ美術を眩するか。韻。美。是等の者われを毒するか、われ是等の者を毒するか。詩。文。是等の者果して魔か、是等の者果して実か。
 燈火再び晃々たり。われ之を悪(に)くむ。内界の紛擾せる時に、われは寧ろ外界の諸識別を遠(とほざ)けて、暗黒寂寞とを迎ふるの念あり。内界に鑿入(さくにふ)する事深くして、外界地層を没却するは自然なり。内界は悲恋を醸(かも)すの塲なる事を知りながら、われは其悲恋に近より、其悲恋に刺されん事を楽しむ心あるを奈何(いかに)せむ。手を伸べて燈を揺(か)き消せば、今までは松の軒に佇(たゝず)み居たる小鬼大鬼共哄々と笑ひ興じて、わが広間を填(うづ)むる迄に入り来れり。而してわれは一々彼等を迎接せざりしかども、半醒半睡の間に彼儕(かれら)の相貌の梗概を認識せり。
 小鬼大鬼われを囲めり。然れども彼等は悉(こと/″\)く暴戻(ばうれい)悪逆なる者のみにあらず。悉く兇横なる暴威を逞(たくまし)うする者のみならず。中にはわが枕頭に来つて幼稚なる遊戯をなしつ禧笑(きせう)する者もあるなり。何となく心重くなりたれば夜具の袖を挙げて一たび払ふに、大鬼小鬼其影を留めず消え失せぬ。少時(せうじ)にして喧笑放語|傍若無人(ばうじやくぶじん)なる事、前の如し。余りにうるさくなりたれば枕を蹴つて立上り、一隅の円柱に倚(よ)つて無言するに、大小の鬼儕(おにら)再び来らず。静かに思へば、鬼の形しけるは我身を纏ふ百八煩悩の現躰なりける。
 静坐|稍(やゝ)久し、無言の妙漸く熟す。暗寂の好味|将(まさ)に佳境に進まんとする時、破笠弊衣の一|老叟(らうそう)わが前に顕はれぬ。われ依(な)ほ無言なり。彼も唇を結びて物言はず。
 彼は無言にして我が前を過ぎぬ。暫らくして其形影を見失ひぬ。彼は無言にして来り、無言にして去れり。然はあれども彼の無言こそは、我に対して絶高の雄弁なりしなれ。知る人は知らむ、桃青翁松島遊びて句を成さずして西帰せしを。而して我を蓋(おほ)ひし暗(やみ)の幕は、我をして明らかに桃青翁を見るの便を与へたり。
 怪しくも余は松島を冥想するの念よりも、一句を成さず西帰せし蕉翁の無言読むの楽みに耽(ふけ)りたり。古(いにし)へより名山名水は詩客文士の至宝なり、生命なり。


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