根岸お行の松 因果塚の由来 関連リンク

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根岸お行の松 因果塚の由来 - 三遊亭 円朝 ( さんゆうてい えんちょう )

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三遊亭圓朝 鈴木行三校訂・編纂         一  昔はお武家大小を帯(さ)してお歩きなすったものですが、廃刀以来幾星霜を経たる今日に至って、お虫干の時か何かに、刀箪笥から長い刀(やつ)を取出(とりいだ)して、これを兵児帯(へこおび)へ帯して見るが、何(ど)うも腰の骨が痛くッて堪らぬ、昔は能(よ)くこれを帯して歩けたものだと、御自分で駭(おどろ)くと仰しゃった方がありましたが、成程是は左様でござりましょう。なれども昔のお武家は御気象が至って堅い、孔子孟子の口真似をいたして、頻(しきり)に理窟を並べて居(お)るという、斯(こ)ういう堅人(かたじん)が妹に見込まれて、大事な一人娘を預かった。お宅は下根岸(しもねぎし)もズッと末の方で極(ご)く閑静な処、屋敷の周囲(まわり)は矮(ひく)い生垣になって居まして、其の外は田甫(たんぼ)、其の向(むこう)に道灌山(どうかんやま)が見える。折しも弥生(やよい)の桜時、庭前(にわさき)の桜花(おうか)は一円に咲揃い、そよ/\春風の吹く毎(たび)に、一二輪ずつチラリ/\と散(ちっ)て居(お)る処は得も云われざる風情。一ト間の裡(うち)には預けられたお嬢さん、心に想う人があって旦暮(あけくれ)忘れる暇はないけれど、堅い気象伯父様が頑張って居(い)るから、思うように逢う事も出来ず、唯くよ/\と案じ煩い、……今で言えば肺病でござりますが、其の頃は癆症(ろうしょう)と申しました、寝衣姿(ねまきすがた)で、扱帯(しごき)を乳の辺(あたり)まで固く締めて、縁先まで立出(たちいで)ました途端、プーッと吹込む一陣の風に誘われて、花弁(はなびら)が一輪ヒラ/\/\と舞込みましたのをお嬢さんが、斯う持った……圓朝(わたくし)が此様(こん)な手附をすると、宿無(やどなし)が虱(しらみ)でも取るようで可笑(おかし)いが、お嬢さんは吻(ほっ)と溜息をつき、
 娘「アヽ……、何うして伊之(いの)さんは音信(たより)をしてくれぬことか、それにつけてお母様(っかさま)もあんまりな、お雛様を送って下すったのは嬉しいが、私を斯ういう窮屈な家(うち)へ預け、もう生涯|彼(あ)の人に逢えぬことか、あゝ情(なさけ)ない、何うかして今一度逢いたいもの……」
 と恨めしげに涙ぐんで、斯う庭の面(おも)を見詰(みつめ)ますと、生垣の外に頬被(ほゝかぶり)をした男が佇(たゝず)んで居(お)る様子、能々(よく/\)透かして見ますると、飽かぬ別れをいたしたる恋人、伊之助(いのすけ)さんではないかと思ったから、高褄(たかづま)をとって庭下駄を履き、飛石伝いに段々|来(きた)って見ると、擬(まご)うかたなき伊之助でござりますから、
 娘「おゝ伊之さん能くまア……」
 と無理に手を把(と)って、庭内へ引込んだ。余(あんま)り慌てたものだから少し膝頭を摺毀(すりこわ)した。
 娘「まア/\此方(こっち)へ」
 手を把っておのれの居間へ引入れましたが、余(あんま)り嬉しいので何も言うことが出来ませぬ。伊之助の膝へ手を突いてホロリと泣いたのは真の涙で、去年(こぞ)別れ今年逢う身の嬉しさに先立つものはなみだなりけり。是よりいたして雨の降る夜(よ)も風の夜も、首尾を合図にお若(わか)の計らい、通える数も積りつゝ、今は互(たがい)に棄てかねて、其の情(なか)漆(うるし)膠(にかわ)の如くなり。良しや清水に居(お)るとても、離れまじとの誓いごとは、反故(ほご)にはせまじと現(うつゝ)を抜かして通わせました。伊勢の海|阿漕(あこぎ)ヶ浦に引く網もたび重なればあらわれにけりで、何時(いつ)しか伯父様が気附いた。
 伯父「ハテナ、何うしたのだろう、若は脹満(ちょうまん)か知ら」
 世間を知らぬ老人は是だからいけませぬ。もうお胤(たね)が留(とま)っては隠すことは出来ない。彼(あれ)は内から膨れて漸々(だん/\)前の方へ糶出(せりだ)して来るから仕様がない。何うも変だ、様子が訝(おか)しいと注意をいたして居ました。すると其の夜(よ)八(や)ツの鐘が鳴るを合図に、トン/\トンと雨戸叩くものがある。お若は嬉しそうに起上って、そっと音せぬように戸を開けて引入れた。男はずっと被(かむ)りし手拭を脱(と)り、小火鉢の向うへ坐した様子を見ると、何うも見覚(みおぼえ)のある菅野(すがの)伊之助らしい。伯父さんは堅い方(かた)だから、直(すぐ)に大刀(だいとう)を揮(ふる)って躍込(おどりこ)み、打斬(うちき)ろうかとは思いましたが、もう六十の坂を越した御老体、前後の御分別がありますから、じっと忍耐(がまん)をして夜明を待ちました。夜が明けると直(すぐ)に塾の書生さんを走らせて鳶頭(かしら)を呼びにやる。何事ならんと勝五郎(かつごろう)は駭(おどろ)いて飛んで来ました。
 勝「ヘイ、誠に御無沙汰を…」
 主人「サ、此方(こっち)へお這入り、久しく逢わなかったが、何時(いつ)も貴公は壮健で宜(よ)いノ」
 勝「ヘイ、先生もお達者で何より結構でがす、何うも存じながら大(おお)御無沙汰をいたしやした」
 主人「まア此方へお出(いで)、何うも忙しい処を妨げて済まぬナ」
 勝「何ういたしまして、能々(よく/\)の御用だろうと思って飛んで来やしたが、お嬢様がお加減でもお悪いのでがすか」
 主人「ヤ、其の事だテ、去年お前が若を駕籠に乗せて連れて来た時、先方から取った書付、彼(あれ)は今だに取ってあるだろうノ、妹の縁家(えんか)堺屋(さかいや)と云う薬店(やくてん)へ出入(でいり)の菅野伊之助と云う一中節(いっちゅうぶし)の師匠と姪(めい)の若が不義をいたし、斯様(かよう)なことが世間へ聞えてはならぬと云うので、大金を出して手を切った、尤(もっと)も其の時お前が仲へ這入ったのだから、何も間違はあるまいけれど、どうか当分若を預かってくれと云う手紙を持って、若同道でお前が来たから、その時|私(わし)が妹の処へ返詞(へんじ)を書いてやったのだ、手前方へ預(あずか)れば石の唐櫃(かろうと)へ入れたも同然と御安心下さるべく候(そろ)と書いてやった」
 勝「ヘイ/\成程」
 主人「何(なん)でも伊之助と手を切る時、お前の扱いで二百両とか三百両とか先方へやったそうだナ」
 勝「エ、左様で、三百両確かにやりました」
 主人「其の伊之助がもしも若の許(もと)へ来て逢引でもする様な事があったら貴様済むまいナ」
 勝「そりゃア何うも先生の前(めえ)でげすが、アヽやってお嬢さんもぶらぶら塩梅(あんべえ)が悪くッてお在(いで)なさるし、何うかお気の紛れるようにと思って、私(わっし)ア身許(みもと)から知ってる堅(かて)え芸人でげすから、私が勧めて堺屋のお店(たな)へ出入(でいり)をするようになると、あんな優しい男だもんだから、皆さんにも可愛(かあい)がられ、お内儀(かみ)さんも飛んだ良い人間だと誉めて居らしったから、お世話|効(がい)があったと思って居ました、処がアヽ云う訳になったもんですから、お内儀さんが、此金(これ)で堺屋の閾(しきい)を跨(また)がせない様にして呉れと仰しゃって、金子(かね)をお出しなすったから、ナニ金子なんざア要りませぬ、私が行(ゆ)くなと云えば上(あが)る気遣いはごぜえませんと云うのに、何(なん)でもと仰しゃるから、金子を請取(うけと)って伊之助に渡し因果を含めて証文を取り、お嬢さんのお供をしてお宅へ出ましたッ切(きり)で、何うも大きに御無沙汰になってますので」
 主人「ナニ無沙汰の事は何うでも宜(よ)い、が、其の大金を取って横山町(よこやまちょう)の横と云う字にも足は踏掛(ふんが)けまいと誓った伊之助が、若の許へ来て逢引をしては済むまいナ」
 勝「ヘエー、だッて来る訳がねえので」
 主人「処が昨夜(ゆうべ)己(おれ)が確(たしか)に認めた、余り憎い奴だから、一思いに打斬(ぶちき)ろうかと思ったけれど、イヤ/\仲に勝五郎が這入って居るのに、貴様に無断で伊之助を、無暗(むやみ)に己が打(ぶ)つも縛るも出来ぬから、そこで貴様を呼びにやったんだ、だから其処(そこ)で立派に申開(もうしひらき)をしろ」
 勝「ヘエー、それは何うも済まねえ訳で、本当に何うも見損った奴で」
 主人「まア己の方で見ると、貴様金子(かね)を伊之助にやりはすまい、好(よ)い加減な事を云って金子を取って使っちまったろうと疑られても仕様がないじゃアないか、店(たな)の主人(あるじ)は女の事だから」
 勝「エ、御尤もで、じゃア私(わっし)は是から直(すぐ)に行って参ります、申訳がありませぬから、あの野郎、本当に何うも戯(ふざ)けやアがって、引張って来て横ずっ頬(ぽう)を撲飛(はりと)ばして、屹度(きっと)申訳をいたします」
 其の儘|戸外(おもて)へ飛出して直に腕車(くるま)に乗り、ガラ/\ガラ/\と両国|元柳橋(もとやなぎばし)へ来まして、
 勝「師匠、在宅(うち)か」
 伊「おや、さお這入んなさい」
 勝「冗談じゃアねえぜ、生空(なまぞら)ア使って、悠々とお前(めえ)此処(こゝ)に坐って居られる義理か」
 伊「え、何(なん)で」
 勝「何(なに)もねえ、え、おい、本当に己はお前(めえ)のために、何様(どんな)にか面皮(めんぴ)を欠いたか知れやアしねえ、折角己が親切に世話アしてやった結構なお店(たな)を、お嬢さんゆえにしくじって仕まい、其の時お内儀さんが此金(これ)をと云って下すったから、ソックリお前の許(とこ)へ持(もっ)て来てやったら、お前が気の毒がって、以来はモウ横山町の横と云う字にも足は踏かけめえと云って、書付まで出して置きながら、何(なん)で根岸くんだりまで出かけて行(ゆ)くんだよ」
 伊「え、誰がお嬢さんに逢ったんです」
 勝「とぼけるなイ、お前(めえ)が行ったんじゃアねえか」
 伊「まアあなた、そう腹立紛れに、人の言う事ばかり聴いてお出(いで)なすっちゃア困りますナ、まア行ったなら行ったになりましょうが……」
 勝「昨夜(ゆうべ)お前(めえ)は、既(すんで)に捕捉(とっつかま)って、ポカリとやられちまう処だッたんだ、以前(もと)はお武家(さむらい)で、剣術(やっとう)の先生だから、処がモウ年を取ってお在(いで)なさるから、忍耐(がまん)をして今朝己を呼びによこしたんだが、何うしたッて己が何(なん)とも言訳がねえじゃアねえか」
 伊「マヽ行ったと仰しゃるなら行ったにもなりましょうが、昨夜は何うしても行けませぬ、其の証人貴方です」
 勝「己が……何ういう」
 伊「何うだッて、日暮方から来て、川長(かわちょう)へでも行ってお飯(まんま)を喰いに一緒に行(ゆ)けと仰しゃるから、お供をしてお飯を戴き、あれから腕車(くるま)を雇ってガラ/\/\と仲へ行って、山口巴(やまぐちどもえ)のお鹽(しお)の許(とこ)へ上(あが)って、大層お浮れなすって、伊之や/\と仰しゃって少しもお前さんの側を離れず夜通し居た私が、何うして根岸まで行(ゆ)ける訳がないじゃアありませぬか」
 勝「ウム、違(ちげ)えねえ、側に居たなア、何を云やアがるんで、耄碌(もうろく)ウしてえるんだ、あん畜生(ちきしょう)、ま師匠腹を立(たっ)ちゃア往(い)けねえヨ、己は遂(つ)い慌(あわ)てるもんだから凹(へこ)まされたんだ、己がお前(めえ)に渡す金を取って使ったろうと吐(ぬか)しやアがった、ヘン、憚(はゞか)りながら己だッて五百両や六百両、他人(ひと)の金子(かね)を預かることもあるが、三文だッて手を着けたことはありゃアしねえ、其様(そん)な事は大嫌(でえきれ)えな人間なんだ、ちょいと行って来らア、少し待って居ねえ」
 また腕車(くるま)を急がせて根岸のはずれまで引返(ひっかえ)して来た。
 勝「ヘイ唯今」
 主人「イヤ、大きに御苦労、何うだ伊之助は居たか」
 勝「エヽ先生は昨夜(ゆうべ)伊之が此方(こちら)へ来たと仰しゃいますが、昨夜じゃアありますめえ」
 主人「ナニ、昨夜|確(たしか)に見たから、今朝貴様の許(とこ)へ人をやったんだ」
 勝「ヘエー、昨夜なら何うしても来る訳がねえので」
 主人「何故(なぜ)」
 勝「何故ったッて、何うも誠に先生の前(めえ)では、些(ちっ)ときまりの悪い話でげすが、実は彼奴(あいつ)を連れて吉原(なか)へ遊びに行ったんでげすから、何うしても此方(こちら)へ来る筈がごぜえませんので」
 主人「ウム、それなれば何故、最初己が尋ねた時に爾(そ)う云わぬのじゃ」
 勝「ヘイ、何うもそれがあわてちまいましたもんだから、誠に何うも面目次第もない訳で」
 主人「吉原(よしわら)へ行ったと云うのか」
 勝「ヘイ」
 主人「宵から行ったか」
 勝「ヘイ」
 主人「それじゃア、まだ貴様|欺(だま)されて居るのじゃ、吉原の引(ひけ)と云うのは十二時であろう」
 勝「左様、一時から二時ぐらいが大引(おおびけ)なんで」
 主人「其の時に貴様を寝こかして置いて、自分は用達(ようたし)に行(ゆ)くとか何(なん)とか云って、スーッと腕車(くるま)に乗って来て夜明まで十分若に逢って帰れるじゃアないか、貴様は伊之助に寝こかしにされたことを知らぬか」
 勝「エ、寝こかし、成程、アン畜生(ちきしょう)」
 主人「吉原根岸では道程(みちのり)も僅(わずか)だろう」
 勝「左様、何うもあの野郎、太(ふて)え畜生だ、今|直(じき)に腕をおっぺしょって来ます」
 又出かけて来た。
 勝「師匠、在宅(うち)か」
 伊「先刻(さっき)の事は冗談でしたろう」
 勝「ナニ冗談も糞もあるもんか、え、おい、お前(めえ)吉原から根岸まで道程は僅だぜ、何(なん)でえ、白(しら)ばっくれやアがって、人を寝こかしに仕やアがって、行きやアがったんだろう、枕許へ来てお寝(やす)みなせえとか何(なん)とか云やアがって」
 伊「ウフヽヽ寝こかしにも何(なに)にも極りを云って居らっしゃる、昨夜(ゆうべ)は些(ちっ)とも寝やアしないじゃありませんか、あなたが皺枯声(しわがれごえ)で一中節を唸(うな)って、衣洗(きぬあらい)から、童子対面までやった時には、皆(みんな)が欠伸(あくび)をしましたよ、本当に可愛(かあい)そうに、酷(ひど)いじゃアありませぬか」
 勝「ウム成程、寝ねえナ」
 伊「それから夜が明けると朝湯に這入って腕車(くるま)で宅(たく)へ帰る間もなくお前さんが来たんですよ」
 勝「成程、何を云やアがるんだ、あん畜生(ちきしょう)、ま師匠、堪忍して呉んな、己(おら)ア一寸(ちょっと)行って来(く)らア」
 又慌てゝやって来た。
 勝「ヘイ先生行って来ました」
 主人「何うした」
 勝「何うにも斯うにも、何うあっても昨夜(ゆうべ)は来(こ)ねえてんです、彼奴(あいつ)も私(わっし)も昨夜は些(ちっ)とも寝ねえんですもの、ガラリ夜が明ける、家(うち)へ帰(けえ)るとお人だから、直(すぐ)に来やしたんで」
 主人「エー、徹夜をした、ウヽム、私(わし)も老眼ゆえ見損いと云うこともあり、又世間には肖(に)た者もないと限らねえ、見違いかも知れぬから、今夜貴様私の許(とこ)へ泊って、若に内証(ないしょ)で、様子を見て呉れぬか」
 勝「じゃアそう為(し)ましょう」
 と其の夜は根岸の家(うち)へ泊込み、酒肴(さけさかな)で御馳走になり大酩酊(おおめいてい)をいたして褥(とこ)に就くが早いかグウクウと高鼾(たかいびき)で寝込んで了(しま)いました。夜(よ)は深々(しん/\)と更渡(ふけわた)り、八ツの鐘がボーンと響く途端に、主人(あるじ)が勝五郎を揺起(ゆりおこ)しました。
 主人「オイ、勝五郎/\」
 勝「ヘイ、ハアー、ヘイ/\、アー、お早う」
 主人「まだ夜半(よなか)だヨ、サ此方(こっち)へ来なさい」
 と廊下づたいに参り、襖(ふすま)の建附(たてつけ)へ小柄(こづか)を入れて、ギュッと逆に捻(ねじ)ると、建具屋さんが上手であったものと見えて、すうと開(あ)いた。
 主人「サあれだ」
 勝「ヘイ」
 と睡(ねむ)い目をこすりながら勝五郎は覗いて見ますと、火鉢を中に差向に坐って居るは伊之助に相違ないから、
 勝「アヽ何うも誠に済みませぬ、慥(たしか)に伊之の野郎に違(ちげ)えごぜえませぬ」
 主人「それ見ろ、然(しか)るに何(なん)で昨夜(ゆうべ)は来る筈がないと申した」
 勝「イエ、昨夜は何うしても来る訳がごぜえませんので」
 主人「今夜のは確(たしか)に伊之助に相違ないナ」
 勝「ヘイ、伊之の野郎で」
 主人「それが間違うと大事(おおごと)になるぞよ」
 勝「イエ、何様(どん)な事があっても、よ宜しゅうごぜえます」
 主人「ウム宜(よ)し」
 ソッと抜足(ぬきあし)をして自分居間へ戻り、六連発銃を持来(もちきた)り、襖の間から斯(こ)う狙いを附けたから勝五郎は恟(びっく)りして、
 勝「まゝ先生乱暴な事をなすっちゃアいけませぬ、伊之の野郎は打殺(ぶちころ)しても構やアしませぬが、もしもお嬢さんにお怪我でもありましては済みませぬから」
 主人「イヽヤ気遣いない」
 伯父高根(たかね)の晋齋(しんさい)は、片手に六連発銃を持ち襖の間から狙いを定め、カチリと弾金(ひきがね)を引く途端、ドーンと弾丸(たま)がはじき出る、キャー、ウーンと娘は気絶をした様子。
 晋「ソレ若が気絶をした、早く/\」
 此の物音に駭(おどろ)いて、門弟衆がドヤ/\と来(きた)り、
 ○「先生何事でござります、狼藉者でも乱入致しましたか」
 晋「コレ/\静(しずか)にいたせ/\、兎も角早う若を次の間へ連れて行(ゆ)き、介抱いたして遣(つか)わせ」
 是から灯火(あかり)を点けて見ると恟(びっく)りしました。其処(そこ)に倒れて居たのは幾百年と星霜を経ましたる古狸であった。お若が伊之助を恋しい恋しいと慕うて居た情(じょう)を悟り、古狸が伊之助の姿に化けお若を誑(たぶら)かしたものと見えまする。併(しか)し斯(か)ような事が世間へ知れてはならぬとあって、庭の小高い処へ狸の死骸を埋(うず)めて了(しま)ったという。さりながら娘お若が懐妊して居る様子であるから、
 晋「アヽとんだ事になった、畜生の胤(たね)を宿すなんテ」
 と心配をして居るうちに、十月(とつき)経っても産気附かず、十二ヶ月(つき)目に生れましたのが、珠(たま)のような男の児(こ)、続いて後(あと)から女の児が生れました。其の後(のち)悪因縁の※(まつ)わる処か、同胞(きょうだい)にて夫婦になるという、根岸因果塚のお物語でござりまする。

        二

 何事も究理のつんで居ります明治今日、離魂病(りこんびょう)なんかてえ病気があるもんか、篦棒(べらぼう)くせえこたア言わねえもんだ、大方支那小説でも拾読(ひろいよみ)しアがッて、高慢らしい顔しアがるんだろう、と仰しゃるお客様もありましょうが、中々もって左様(そう)いうわけではございません。早い譬(たと)えが幽霊でございます、私(わたくし)などが考えましても何うしても有るべき道理がないと存じます。先(ま)ず当今のところでは誰方(どなた)でも之には御賛成遊ばすだろうと存じますが、扨(さ)てこゝでございます、お客様方も御承知で居らせられる幽霊博士(はかせ)……では恐れ入りまするが、あの井上圓了(いのうええんりょう)先生でございます。この先生の仰しゃるには幽霊というものは必ず無い物でない、世の中には理外に理のあるもので、それを研究するのが哲学の蘊奥(うんおう)だとやら申されますそうでございます、そうして見ると離魂病と申し人間身体が二個(ふたつ)になって、そして別々に思い/\の事が出来るというような不思議病気も一概にないとは申されません、斯(こ)ういう誠に便利な病気には私(わたくし)どもは是非一度|罹(かゝ)りとうございます、まア考えて御覧遊ばせ、一人の私が遊んで居りまして、もう一人の私がせッせと稼いで居りますれば、まア米櫃(こめびつ)の心配はないようなもので、誠に結構な訳なんですが、何うも左様(そう)は問屋(といや)で卸してはくれず致し方がございません。
 さてお若でございますが、恋こがれている伊之助が尋ねて来たので、伯父晋齋の目を掠(かす)め危うい逢瀬密会を遂げ、懐妊までした男は真実(まこと)の伊之助でなく、見るも怖しき狸でありましたから、身の淫奔(いたずら)を悔いて唯々(たゞ/\)歎(なげ)きに月日を送り、十二ヶ月目で産みおとしたは世間でいう畜生腹男と女の双児(ふたご)でございますので、いよ/\其の身の因果と諦め、浮世のことはプッヽリ思い切って仕舞いました。伯父もお若の様子を見て可愛そうでなりませんが、何うも仕様がないので困り切って居ります。何(なん)ぼ狸の胤だからッて人間に生れて来た二人に名を付けずにも置かれぬから、男は伊之吉(いのきち)女はお米(よね)と名を付ける事になりました。茲(こゝ)に一つ不思議なことには伊之吉お米で、双児というものは身体の好格(かっこう)から顔立までが似ているものだそうで、他人の空似とか申して能く似ているものを見ると、あゝ彼(あ)の人は双児のようだと申しますから、真物(ほんもの)の双児は似る筈ではございますが、男と女お印が違っているばかり、一寸(ちょっと)見ると何方(どちら)が何方かさっぱり分りかねるくらい、瓜二つとは斯(こ)ういうのを云うだろうと思われ、其の上|両児(ふたり)とも左の眼尻にぽッつり黒痣(ほくろ)が寸分違わぬ所にあります。これが泣き黒痣という奴で、この黒痣があるものは何うも末が好(よ)くないと仰しゃる方もあり、親が子の行末を案じるは人情|左様(そう)ありそうな事で、お若はそんなこんなで大層|両児(ふたり)を可愛がりますから、伯父の晋齋はます/\心を痛め、或日(あるひ)お若が前に来て、
 晋「赤児(あか)は何うしたね」
 若「はい、今すや/\寝つきましたよ、伯父さん本当(ほんと)に妙ですことねえ、この児達は、泣き出すと両児一緒に泣きますし、また斯うやって寝るときもおんなしように寝るんですもの、双児てえものア斯ういうもんでしょうか、私ゃ不思議でならないんですわ」
 晋「そうさな、己も双児を手にかけたこともなし、人から聞いたこともないから知らないよハヽヽヽヽ、赤児(あか)が寝ているこそ丁度幸いだ、今日はお前に些(ちっ)と相談することがあるがの、それも外のことじゃアない矢ッ張赤児の事に就(つい)てな、此様(こんな)事を云ったら己を薄情なものと思うだろうが、決して悪くとられちゃア困るよ、それもこれもお前の為を思うから云うのだからね」
 若「ハイ、何うしまして飛(とん)でもない心得違いから、いろ/\伯父|様(さん)に御苦労をかけ、ほんとに申し訳がないんですわ、それに私の為を思って仰しゃることを何(なん)でまア悪く思うなんッて」
 晋「イヤお前が左様(そう)思ってゝ呉れゝば己も安心というものだがの、斯(こ)う云ったら心持が悪かろうが、その赤児だッて……、あの通りな訳で生れたもので見れば、何うもお前の手で育てさせては為になるまいし、今|一時(いっとき)は可愛そうな気もしようが、却(かえ)って他人の手に育つが子供|等(ら)の為にもなろうと思われるよ、仮令(よし)何様(どんな)訳で出来たからってお前の子に違いないものだから、手放して他人(ひと)に遣(や)るは人情として仕悪(しにく)かろう、それは己も能(よ)く察してはいるが……、此の子供等が独り遊びでもするようになって見な、直(す)ぐ世間の人に後指さゝれて何(なん)と云われるだろうか、其の時のお前が心持は何うだろう、お前ばかりじゃないよ、お父様(とっさん)お母様(っかさん)をはじめ縁に繋がるこの己までが世間の口にかゝらんけりゃならんのだ、さア其の苦(くるし)みをするよりは今のうち……な、それにお前とて若い身そら、是なり朽ちて仕舞うにも及ばない、江戸は広いところだから、今度の噂も知らないものが九分九厘あるよ、ナニ決して心配する事はないからね」
 と晋齋がシンミリとした意見に、お若は我身に過(あやま)りのあることですから、何(なん)とも返答することが出来ません。只ジッと差し俯伏(うつむ)いて思案にくれて居ります。伯父の晋齋はお若が挨拶をしないのは不得心であるのか知らんと思われる処から、
 晋「お若、何うだね、得心が行かぬ様子だが、己はお前の身の為また子供等の為を思うから云うんだよ、能く考えて御覧、決して無理を云って困らせようなんかッて云うんじゃないから……」
 若「何うしまして決して其様(そんな)こたア思やしません、そりゃ最(も)う伯父|様(さん)の仰しゃる通り……」
 と云い掛けてほろりと涙をこぼしましたが、晋齋に覚(さと)られまいと思いますので、俄(にわか)に一層下を向きますと、頬のあたりまで半襟に隠れ、襟足の通った真白(まっしろ)な頸筋はずッと表われました。お若の胸中を察し晋齋も不愍(ふびん)には思いますが、ぐず/\に済しておいては為になりませんことですから、眼をパチクリ/\致しながら、少しく膝を進ませました。
 世の中に何が辛いって義理ほど辛いものはないんで、我が身を思い生れた子供のことを心配してくれる伯父の親切を察しては、それでも私は斯うしたいの彼(あゝ)したいのと、勝手な熱を吹くことは出来ませんから、お若も是非がない、義理にせめられて、
 若「何うか伯父|様(さん)の好(よ)いようにして下さいませ、こんなに御苦労かけましたんですから……」
 と申して居るうち潤(うる)み声になって参ります。晋齋もお若が何(なん)というであろうか、若(も)しや恩愛の絆にからまれてダヾを捏(こ)ねはせまいかと心配致し、ジッと顔をながめ挙動(ようす)をうかゞって居りましたが、伯父様のよいようにと思い切った模様ですから、まアよかった得心して呉れて、と胸を撫で、
 晋「あゝそれがいゝよ、己に任しておきな、悪いようにはしないからね、お前が左様(そう)諦めてくれゝば結構な訳というもんで……、実はな、大阪商人(あきんど)で越前屋佐兵衞(えちぜんやさへえ)さんてえのが、御夫婦連で江戸見物に来ていなさるそうでの、何(なん)でも馬喰町(ばくろちょう)に泊ってると聞いたよ、この方がの最(も)う四十の坂を越えなすったそうだが、まだ子供一人もないから、何うか好(い)い女の児(こ)があったら貰って帰りたいと探していなさるそうだよ大阪(あっち)で越佐(えつさ)さんと云っては大した御身代で在(いら)っしゃるんだからね、土地で貰おうと仰(おっし)ゃれば、網の目から手の出るほど呉れ人(て)はあるがの、佐兵衞さんてえのは江戸の生れなんで、越前屋へ養子にへえッた方だから、生れ故郷が恋しいッてえところでの、江戸から子供を貰って帰ろうと仰しゃるんだとさ、それにお内儀(かみ)さんというのも飛んだ気の優しい方だと云うことだから、米もそんなとこへ貰われて行けば僥倖(しあわせ)というもんだろうと思われるし、世話するものがお前もよく知っているあの鳶頭(かしら)だからの、周旋口(なこうどぐち)をきいてお弁茶羅(べんちゃら)で瞞(ごまか)す男でもないよ、勝五郎も随分そゝっかしい事はあの通りだが、今度のことア珍しく念を入れて聞いてきたよ、あゝ、そりゃ間違いはないよ、こんな口は又とないからの、お前さえよくば直ぐ話しをさせて、貰って頂こうと思うんだがね」
 若「はい、伯父様さえよいと思召したら、何うかよいように遊ばして……」
 晋「よし/\、それでは承知だね、ナニ心配することはないよ」
 と晋齋は直ぐ勝五郎を呼びに遣りました。さて鳶頭の勝五郎でございますが、今町内の折れ口から帰って如輪目(じょりんもく)の長火鉢の前にドッカリ胡坐(あぐら)をかき、煙草吸っているところへ、高根おさんどんが、
 婢「鳶頭お在(いで)ですか、旦那様が急御用があるんだから直ぐ来ておくんなさいッて……」
 勝「何うも御苦労さま、直ぐ参(めえ)りやす、お鍋どんまア好(い)いじゃねえか、お茶でも飲んでいきねえな、敵(かたき)の家(うち)へ来ても口は濡らすもんだわな、そんなに逃げてく事アねえや、己(おい)ら口説(くどき)アしねえからよ」
 女「お鍋さんまアお掛けなさいな、今丁度お煮花(にばな)を入れたとこですから、好いじゃありませんかねえ、お使いが遅いなんかと仰ゃる家(うち)じゃアなしさ、お小言が出りゃア良人(うちのひと)からお詫させまさアね、ホヽヽヽヽ、まア緩(ゆっ)くりお茶でも召上って入(いら)っしゃいってえば、そうですか、未だお使(つかい)がおあんなさるの、それじゃアお止め申しては却って御迷惑、またその中(うち)にお遊びにおいでなさいよ、その時ア御馳走しますからね、左様(さよ)なら何うもおそうそさまで、何うか旦那様へもよろしく、何うも御苦労さまで」
 とお出入先の女中と思えば女房までがチヤホヤ致し、勝五郎は早々支度をしまして根岸へやって参り、高根晋齋の勝手口から小腰をかゞめ、つッと這入ろうとしましたが、突掛草履(つッかけぞうり)でパタ/\と急いで参ったんですから、紺足袋股引の下の方もカラ真ッ白に塵埃(ほこり)がたかッております。


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