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棄てる金 - 若杉 鳥子 ( わかすぎ とりこ )

  • ★2枚★ 昭和23年 24年 昭和二十三年 二十四年 1円
  • 横田順弥 百年前の二十世紀―明治・大正の未来予測
  • 明治・大正の未来予測「百年前の二十世紀」横田順彌 筑摩書房
  • ★☆眉村卓『二十四時間の侵入者』☆★◎秋元文庫版◎
  • 中野重治全集 第二十一巻★藝術家の立場・近代日本文学史考・文
  • 素顔のカラヤン二十年後の再会 眞鍋圭子★小澤征爾ベルリン交響
  • 希少!石原さとみ写真集 二十歳、夏 初版 美品
  • ■中古 鳩5銭錫貨 昭和二十一年製
  • 少年探偵 怪人二十面相 江戸川乱歩 S48 ポプラ社D69
  • 一圓/1円【銀貨】大日本 明治二十四年 コイン卸価格コレクション
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 その日は暮の二十五日だった。  彼女省線牛込で降りると、早稲田行きの電車乗り換えた。車内は師走だというのにすいていた。僅かな乗客が牛の膀胱みたいに空虚な血の気のない顔を並べていた。
 彼女も吊皮にぶら垂ったまま、茫然(ぼうぜん)と江戸川の濁った水を見ていたが、時々懐中の金が気になった。
 彼女はこれから目的真宗の寺へ、その金を持ってゆかなければならなかった。
 その金というのは、この春死んだ彼女祖母が、貧しい晩年にやっと残しえた唯一の財産だったが、祖母の死後、親戚は大勢集まってその金の処分に就いて評議しあった。その結果、金は永代経料として、祖母の埋まった寺とは無関係な、ただ遠い祖先の墓があるというだけの目白の寺へ納める事に決められた。彼女はまだその寺へ一度もいった事がなかった。
 然しその金が彼女の手に渡るまでには、かなり永い時日が経った。それは親戚誰彼の手をカルタのように廻っていたからだ。そして皆が持ち扱った末、とうとう彼女の処へ廻り廻って来たのだった。
 その寺は、徳川代将軍とかの妾によって建立されたものとかで、楼門を入ると、青銅屋根を頂いた本堂の前には何百年かの年月を思わせるような大きい蘇鉄が、鳶色の夕陽を浴びている。
 彼女は暫く其処に佇んだ。物寂びた森閑とした境内に立っていると、失業飢餓住宅難だと渦巻いている世の中が段々遠くへ霞んでいってしまいそうな気がした。
 本堂の暗い仏殿の奥には、何やら黒い木像らしいものが安置されてあった。
 そして本堂の次の広間には、造花だの火鉢だの蒲団だのという死者土産物が並んでいた。その上の長押にはまた広告ビラのように無数の紙片が貼りつけてあった。各壇家が競争的に寄附したものと見えて、万にも千にも近い金額や姓名が記されていた。
 中には金でなく株券田畑寄附している者もあるが、それも金額の高低の順に貼り出されてあるらしかった。
 彼女其処から二三度案内を乞うたが、香の匂いが深くたちこめているだけで人影もなかったので、更に本堂右手に見える住職住宅であるらしい、大きい玄関の前に立った。其処ではラジオの拡声機が長唄何か放送していた。
「御めん下さい」
 彼女は三四度声をかけて見たが、奥迄はその声が徹らないらしかった。色々の調子を変えて呼んで見た。すると奥から衣摺れの音がして三十格好の梵妻らしい粋な女が出て来た。が、女は彼女服装を下から上へと逆に一瞥しただけで玄関の突き当り電話室の硝子戸の中に入ってしまった。
 此処典雅本堂を見た眼には、闇と光りのように趣きが異う。相場師住宅という感じがあった。
 彼女玄関に突っ立った儘、手持ち無沙汰に木の香の新しい周囲を見廻していた。その瞬間、ふと先刻の本堂で見た莫大な寄附金が何に使われたかに気附いた。勿論この住宅電話檀家寄附によって新造されたものだろうと思った。
 そして彼女無意識に、懐中の永代経料に手を宛てた。そこには、あの倹約な祖母が、一日に何遍も数えて溜め遺した、そして今この傲奢な宗教家生活の中に溶け込もうとする百円があった。
 その時、彼女の背後に、「お帰りいッ」と勢のいい車夫の声がして、一台の俥が梶棒を下ろした。すると先刻から何度呼んでも出て来なかった坊さん達が、ただ一声で三人許り出て来て玄関の敷台に膝を突いた。
 俥から現れたのは、酸漿(ほおずき)のように赤く肥った中年僧侶だった。法衣こそは纒っているが、金ぶちの眼鏡の下には慾望そのもののような脂肪(あぶら)ぎった贅肉が盛り上がっていた。
 用事は簡単なのだったから彼女はそれが住職だと知ると、早速来意を告げて、懐中から例の紙幣を取り出した。
 新しい五円紙幣二十枚、括った帯封には、親戚老人の手で、

金一百円也    永代経料

× × 寺 殿          × × 家

 と細字で書かれてあった。
 住職は気味の悪い程柔かい物馴れた態度でその金を受け取った。
 円い大きいスタンプのような寺の判を捺した領収書を貰うと彼女はすぐに其処を出た。不浄物を棄てたような身軽さと、親戚の環視の眼から逃れたような気易さとを感じながら、寺の石段下りたが、先刻から彼女の眼には、死んだ祖母が背を屈めて、物影へ入っては、チャリン、チャリンと音をさせながら、一日中屹度(きっと)一度、人に隠れて銭勘定をしている姿が泛んでいた。
 当時彼女はよく、祖母の銭勘定を嗤(わら)ったり罵ったりしたが、今はその姿を想い出すと眼頭へ涙が滲んで来た。
 然し先刻のあの僧侶が、祖母の為に永遠に経を読む等という真ッ赤な嘘を、公然とお互に通してゆく世の中を考えると、彼女は擽(くすぐ)られるような気持ちにもなった。
 寺の石段の上からは、直ぐ下に暮の街が展開された。薄い夕靄の中に電燈の火が鏤(ちりば)められていた。
 彼女石段下り切ると、一度寺の方を振り仰いで見た。厳めしい楼門は貧弱な寄進者なんか眼中にも置かないように、そそり立っていた。



底本:「日本プロレタリア文学全集・21『婦人作家集(一)』」新日本出版社
   1987(昭和62)年9月30日初版
   1989(平成元)年5月15日第3刷
底本の親本:「文芸戦線」1927年1月号
入力:林幸雄
校正大野
2001年2月2日公開
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