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樹木とその葉 08 若葉の頃と旅 - 若山 牧水 ( わかやま ぼくすい )

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  • ◎切手◎国土緑化◎樹木◎1949◎
  • ■夢■y6121 佐伯守美作 象嵌樹木文陶筥
  • 樹木茂る山麓/Wooded Foothills 即決
  • 映画◆東京タワー宣伝ポスターオダギリジョー樹木希林
  • ◎切手◎①国土緑化◎樹木と陽光◎1965◎10×20◎1シート◎
  • 樹木茂る山麓/Wooded Foothills 2枚セット
  • MTG/樹木茂る山麗/英語/フェッチランド
  • テレカ☆香取慎吾・樹木希林/Big Small/三菱自動車☆
  • TeLePAL 西版1996 No.7/安達祐美、杉本清、郷ひろみ、樹木希林
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樹木とその葉 若葉の頃と旅  櫻の花がかすかなひかりを含んで散りそめる。風が輝く。その頃から私のこゝろは何となくおちつきを失つてゆく。毎年の癖で、その頃になると必ずの樣に旅に出たくなるのだ。また、大抵の年は何處かへ出かけてゐる。

 櫻の花の散りゆくころ、やはらかく萌えわたる若葉の頃、その頃の旅の好みを私は海よりもおほく山に向つて持つ。山と云つても、青やかな山と山との大きな傾斜落ち合ふ樣な、深い溪間が戀しくなる。
 上州吾妻川(あがつまがは)は澁川町で沼田の方から來た利根川落ち合つてゐるが、その澁川町から十里ほど溯つたあたりに普通に關東耶馬溪と呼びなされてゐる溪谷がある。兩岸は切り立つた樣な斷崖で、その斷崖には意外なほど多くの樹木が生えてゐる。その相迫つた斷崖の底に極めて細く深く青み湛へた淵は、時にまた雪白な飛沫をあげた奔湍となつて流れ下る。
 溪流そのものも矢張り他に見られぬ面白さを持つて居るが、私はことにその流を挾む兩岸の斷崖に茂つて居る木立を愛するものである。樹は多く年を經た老樹で、土氣とぼしい岩の間に、殆んど鑛物化した樣なその根を張り枝を伸ばして、形あやしく立つて居る。私が初め其處を見たのは秋の末、落葉の頃であつた。いはゆる寒巖枯木(かんがんこぼく)の風情(ふぜい)は充分に眺められたが、それを見るにつけても若葉の頃がなほ一層にしのばれた。で、その翌年の五月、はる/″\とまた其處へ出かけて、山櫻が咲き、山櫻が散り、とりどりの木の芽萌え躑躅が咲き、藤の花の咲き出すまで、二十日ほども其處に程近い川原湯温泉に泊つてゐて、毎日々々その溪間の眺めを樂しんだものであつた。川原湯温泉から直ぐその不思議な眺めを持つ峽谷に入つて出はづれるまで約一里、出はづれると遙かに大きな吾妻川流域が見渡された。野原とも云ひたいこの廣大な溪谷にももく/\とした若葉呼吸萌え立つてゐるのであつた。

朝づく日峯をはなれつわが歩む溪間のわか葉青みかがやく
朝づく日さしこもりたる溪の瀬のうづまく見つつ心しづけき
溪合にさしこもりつつ朝の日のけぶらふところ藤の花咲けり
荒き瀬のうへに垂りつつ風になびく山藤の花の房長からず

 溪間と云へばおほく其處に多い温泉を見逃がすわけにはゆかぬ。谷にそつた川原湯温泉吾妻川に臨んだ斷崖の上に在つて、非常に靜かな、景色もいゝ所である。其處から、少し下つて中之條町より左折した一支流の谷間には四萬(しま)温泉がある。また、澁川から利根川の方へ溯ればその本流に沿うて十幾個所かの温泉が出てゐるのだ。私の其處を※り歩いたは秋であつたが、若葉の頃、ことに細かな雨のそゝぐ曙(あけぼの)など、人知らぬそれら谷間の湯にひつそり浸つてゐるのは決して惡くあるまいと思ふ。
 東京近くの溪では秩父(ちちぶ)であらう。信越線熊谷驛から入つて三峰山に登る間の溪流、それから東京山手線池袋驛から武藏野を横切つて飯能(はんのう)に到り、其處から沿うて上つてゆく名栗川の溪流、共に秩父の山から出て、前のはやゝ大きく、後者極めて小さい流であるが、小さいなりにいかにも清らかなすが/\しい溪である。名栗川上流には名栗鑛泉がある。杉木立の青々した中に、ちよろ/\と流れる水を控へて二軒の湯宿があつた。

朝ばれのいつかくもりて眞白雲峰に垂りつつ蛙鳴くなり
下ばらひ清らになせし杉山の深きをゆけばうぐひすの啼く
つぎつぎに繼ぎて落ちたぎち杉山のながき峽間(はざま)を落つる溪見ゆ
しらじらとながれてとほき杉山の峽(かひ)の淺瀬に河鹿なくなり

 湖もいゝ。山の奧の靜かな湖、新樹がひそかに影をひたして、羽蟲の群がひくゝ水の上にまひ、小魚がをり/\跳ね、郭公が岸の木立の中で啼く。さうした景情を私は榛名山(はるなさん)の上の湖で心ゆくまで味つた事がある。
 その湖には伊香保温泉を經て登つてゆくのだ。伊香保若葉のよさは多くの人が知つて居ることゝおもふ。温泉町附近の木立の深いのもよく、其處から見渡した前面の廣々しい雜木原の新緑は全く心を躍らせた。人はよく伊香保紅葉といふが、紅葉は何と云つても感じが乾いてゐる。枯れてゐる。
 其處から湖までたしか二里か二里半の登りであつたと思ふ。その間、多くは松や落葉松植林地を行くのであるが、その林の中に郭公がよく啼いた。松林通り越すと、一里四方もありさうな廣い草原が見出された。其處の山窪の上の空には夏雲雀が無數に啼いてゐた。その草原通り過ぎると湖の輝きが岸の木立がくれに見えて來るのだ。
 湖岸に在る宿屋も氣持のいゝものであつた。宿の前の湖でとれた魚や蜆(しじみ)をいろいろに料理してたべさせてくれたのも嬉しかつた。私の行つた日の夕方からはら/\と雨が落ちて來て、翌朝はまたこの上ない晴であつた。

みづうみのかなたの原に啼きすます郭公の聲ゆふぐれ聞ゆ
湖(うみ)ぎはにゆふべ靄(もや)たち靄のかげに魚の飛びつつ郭公きこゆ
吹きあぐる溪間の風の底に居りて啼く郭公の煙らひきこゆ
となりあふ二つの溪に啼きかはしうらさびしかも郭公聞ゆ

 それは山上の湖、これは例の『あやめ咲くとはしほらしや』の唄で潮來(いたこ)あたりの水の上を船で※つたも同じく初夏の頃であつた。香取の宮から河とも湖ともつかぬ所を漕いで鹿島の宮へ渡り、更に浪逆(なさか)の浦を潮來へ横切る時には小雨が降つてゐた。『潮來出島の眞菰のなかで』といふ眞菰や蒲の青々した蔭にはあやめはやゝ時過ぎてゐたが、薊(あざみ)の花の濃紫が雨に濡れて咲き亂れてゐた。舟はあやめ踊を以て聞えて居る潮來の廓(くるわ)の或る引手茶屋の庭さきの石垣下に止つた。そして船頭の呼ぶ聲につれて茶屋の小女は傘を持つていそ/\舟まで迎ひに來たのであつた。

明日漕ぐと樂しみて見る沼の面の闇のふかみに行々子(よしきり)の啼く
わが宿の灯かげさしたる沼尻の葭(よし)のしげみに風さわぐなり
苫蔭にひそみつつ見る雨の日の浪逆(なさか)の浦はかきけぶらへり
雨けぶる浦をはるけみひとつ行くこれの小舟に寄る浪聞ゆ


 さきに私は若葉の頃になれば旅をおもふといふことを書いた。さういふ言葉の裏にはその季節に啼く鳥の聲、山ふかく棲むいろいろな鳥の啼聲をおもふ心がかなり多分に含まれてゐるのを自分では感じてゐる。
 先づ郭公である。


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