橇 関連リンク

黒島 伝治 のオススメ作品

作家別索引

作品別索引

- 黒島 伝治 ( くろしま でんじ )

  • 古書≪森鴎外集≫7 青年、舞姫他 【 森鴎外】河出書房 貴重 初版
  • 「森鴎外私論」吉野俊彦 森鴎外評論-批評-書籍・10冊 N21681
  • 岩波文庫1675昭和41年/阿部一族他二編森鴎外 岩波書店
  • 600円~ 岩波文庫【青年】森鴎外 (プチソフト1)
  • ◆◇森鴎外著「舞姫・山椒大夫  他四篇」(旺文社文庫)◇◆
  • ◆◇ 森鴎外著「青年」(新潮文庫) ◇◆  名著! 
  • ◆◇森鴎外著「舞姫・うたかたの記  他三篇」(岩波文庫)◇◆
  • ◆新品DVD★『NHK 名作の風景 8』森鴎外 正岡子規 夏目漱石1円
  • 森鴎外 高瀬舟・高瀬舟縁起・寒山捨得・寒山捨得縁起 CD 未開封
  • 森鴎外 舞姫 雁 井上靖 訳編 明治の古典8 初版
次のページ
       一  鼻が凍(い)てつくような寒い風が吹きぬけて行った。  村は、すっかり雪に蔽(おお)われていた。街路樹も、丘も、家も。そこは、白く、まぶしく光る雪ばかりであった。
 丘の中ほどのある農家の前に、一台の橇(そり)が乗り捨てられていた。客間と食堂とを兼ねている部屋からは、いかにも下手(へた)でぞんざい日本人ロシア語がもれて来た。
寒いね、……お前さん、這入(はい)ってらっしゃい。」
 入口の扉が開(あ)いて、踵(かがと)の低い靴をはいた主婦が顔を出した。
 馭者(ぎょしゃ)は橇の中で腰まで乾草(ほしくさ)に埋め、頸(くび)をすくめていた。若い、小柄な男だった。頬と鼻の先が霜で赭(あか)くなっていた。
「有がとう。」
「ほんとに這入ってらっしゃい。」
「有がとう。」
 けれども、若い馭者は、乾草をなお身体(からだ)のまわりに集めかけて、なるだけ風が衣服を吹き通さないようにするばかりで橇からは立上ろうとはしなかった。
 目かくしをされた馬は、鼻から蒸気を吐き出しながら、おとなしく、御用商人が出てくるのを待っていた。
 蒸気は鼻から出ると、すぐそこで凍てついて、霜になった。そして馬の顔の毛や、革具や、目かくしに白砂糖を振りまいたようにまぶれついた。

       二

 親爺(おやじ)のペーターは、御用商人の話に容易に応じようとはしなかった。
 御用商人は頬から顎(あご)にかけて、一面に髯(ひげ)を持っていた。そして、自分では高く止っているような四角ばった声を出した。彼は婦人に向っても、それから、そう使ってはならない時にでも、常に「|お前(テイ)」とロシア人を呼びすてにした。彼は、耳ばかりで、曲りなりにロシア語を覚えたのであった。
戦争だよ、多分。」
 父親商人との話を聞いていたイワンが、弟の方に向いて云った。
「いいや!」商人の眼は捷(すばや)くかがやいた。「糧秣(りょうまつ)や被服を運ぶんだ。」
糧秣被服を運ぶのに、なぜそんなに沢山橇がいるんかね。」
 イワンが云った。
「それゃいるとも。――兵たいはみんな一人一人服も着るし、飯も食うしさ……。」
 商人は、ペーターが持っている二台の橇を聯隊の用に使おうとしているのであった。金はいくらでも出す、そう彼は持ちかけた。
 ペーターは、日本軍に好意を持っていなかった。のみならず、憎悪と反感とを抱いていた。彼は、日本人のために理由なしに家宅捜索をせられたことがあった。また、金は払うと云いつつ、当然のように、仔をはらんでいる豚を徴発して行かれたことがあった。畑は荒された。いつ自分達の傍(そば)で戦争をして、流れだまがとんで来るかしれなかった。彼は用事もないのに、わざわざシベリアへやって来た日本人を呪(のろ)っていた。
 商人は、聯隊からの命令で、百姓の家へ用たしに行くたびに、彼等が抱いている日本人への反感を、些細(ささい)な行為の上にも見てとった。ある者は露骨にそれを現わした。しかし、それは極く少数だった。たいていは、反感らしい反感を口に表わさず、別の理由で金を出してもこちらの要求に応じようとはしなかった。蹄鉄の釘がゆるんでいるとか、馬が風邪を引いているとか。けれども、相手の心根を読んで掛引をすることばかりを考えている商人は、すぐ、その胸の中を見ぬいた。そしてそれに応じるような段取りで話をすすめた。彼は戦争をすることなどは全然秘密にしていた。
 十五分ばかりして、彼は、二人の息子を馭者にして、ペーターが、二台の橇を聯隊へやることを承諾さした。
「よし、それじゃ、すぐ支度(したく)をして聯隊へ行ってくれ。


次のページ

黒島 伝治 (くろしま でんじ) 以外のオススメ作品

橇 (そり) のリンク元

「橇-黒島 伝治」の関連ページ


関連ページ
Web Services by Yahoo! JAPAN