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死後の恋 - 夢野 久作 ( ゆめの きゅうさく )

  • 絶版教養文庫 夢野久作傑作選Ⅰ「死後の恋」 91年8月12刷
  • 夢野久作 文庫3冊 死後の恋 狂人は笑う ちくま日本文学全集
  • ビクター・サウンドノベルズ「死後の恋」夢野久作・竹中直人
  • 夢野久作★死後の恋★少女地獄★日本探偵小説全集夢野久作集
  • 夢野久作「死後の恋」怪奇ロマン幻想猟奇田村文雄社会思想社
  • 死後の恋☆少女地獄他☆夢野久作著3冊
  • 夢野久作ベストセレクション「死後の恋」
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       一  ハハハハハ。イヤ……失礼しました。嘸(さぞ)かしビックリなすったでしょう。ハハア。乞食かとお思いになった……アハアハアハ。イヤ大笑いです。
 あなたは近頃、この浦塩(うらじお)の町で評判になっている、風来坊キチガイ紳士が、私だという事をチットモ御存じなかったのですね。ハハア。ナルホド。それじゃそうお思いになるのも無理はありません。泥棒市に売れ残っていた旧式のボロ礼服を着ている男が、貴下(あなた)のような立派日本軍人さんを、スウェツランスカヤ(浦塩銀座通り)のまん中で捕まえて、こんなレストランへ引っぱり込んで、ダシヌケに、
私の運命決定(きめ)て下さい」
 などと、お願いするのですからね。キチガイだと思われても仕方がありませんね。ハハハハハ……しかし私が乞食キチガイでないことはおわかりになるでしょう。ネエ。おわかりになるでしょう。酔っ払いでないことも……さよう……。
 お笑いになると困りますが、私はこう見えても生(は)え抜きのモスコー育ちで、旧|露西亜(ロシア)の貴族の血を享(う)けている人間なのです。そうして現在では、ロマノフ王家の末路に関する「死後の恋」という極め不可思議神秘作用自分運命を押えつけられて、夜(よ)もオチオチ眠られぬくらい悩まされ続けておりますので……実は只今からそのお話をきいて頂いて、あなたの御判断を願おうと思っているのですが……勿論それは極めて真剣な、且つ歴史的に重大なお話なのですが……。
 ……ああ……御承知下さる……有り難う有り難う。ホントウに感謝します。……ところでウオツカを一杯いかがですか……ではウイスキーは……コニャックも……皆お嫌い……日本兵士はナゼそんなに、お酒を召し上らないのでしょう……では紅茶乾菓子(コンフェートム)。野菜……アッ。この店には自慢の腸詰(ソーセージ)がありますよ。召し上りますか……ハラショ……。
 オイオイ別嬪(べっぴん)さん。一寸(ちょっと)来てくれ。註文があるんだ。……私は失礼してお酒いただきます。……イヤ……全く、こんな贅沢な真似が出来るのも、日本軍が居て秩序を保って下さるお蔭です。室(へや)が小さいのでペーチカがよく利きますね……サ……帽子をお取り下さい。どうか御ゆっくり願います。
 実を申しますと私はツイ一週間ばかり前に、あの日本軍兵站(へいたん)部の門前で、あなたをお見かけした時から、ゼヒトモ一度ゆっくりとお話ししたいと思っておりましたのです。あなたがあの兵站部の門を出て、このスウェツランスカヤへ買い物にお出(い)でになるお姿を拝見するたんびに、これはきっと日本でも身分のあるお方が、軍人になっておられるのだな……と直感しましたのです。イヤイヤ決してオベッカを云うのではありませぬ……のみならず、失礼とは思いましたが、その後(のち)だんだんと気をつけておりますと、貴下(あなた)の露西亜(ロシア)語が外国人とは思われぬ位お上手なことと、露西亜(ロシア)人に対して特別に御親切なことがわかりましたので……しかもそれは、貴下(あなた)が吾々同胞(わたくしたち)の気風(きもち)に対して特別に深い、行き届いた理解力を持っておいでになるのに原因していることが、ハッキリと私に首肯(うなず)かれましたので、是非ともこの話を聞いて頂く事に決心してしまったのです。否、あなたよりほかにこのお話を理解して、私の運命決定して下さるお方は無いと思い込んでしまったのです。
 さよう……只きいて下されば、いいのです。そうして私がこれからお話しする恐しい「死後の恋」というものが、実際にあり得ることを認めて下されば宜しいのです。そうすればそのお礼として、失礼で御座いますが、私の全財産を捧げさして頂きたいと考えておるのです。それは大抵の貴族が眼を眩(ま)わすくらいのお金に価するもので、私の生命にも換えられぬ貴重なのですが、このお話の真実性を認めて、私の運命決定して下さるお礼のためには、決して多過ぎると思いません。惜しいとも思いませぬ。それほどに私を支配している「死後の恋」の運命崇高と、深刻と、奇怪とを極めているのです。
 少々前置が長くなりますが、註文が参ります間、御辛棒(ごしんぼう)下さいませんか……ハラショ……。
 私がこの話をして聞かせた人はかなりの多数に上っております。同胞露西亜(ロシア)人には無論のこと、チェックにも、猶太(ユダヤ)人にも、支那人にも、米国人にも……けれども一人として信じてくれるものがいないのです。そればかりか、私が、あまり熱心になって、相手構わずにこの話をして聞かせるために、だんだんと評判が高くなって来ました。しまいには戦争が生んだ一種の精神病患者と認められて、白軍(はくぐん)の隊から逐(お)い出されてしまったのです。
 そこでいよいよ私は、この浦塩(うらじお)の名物男となってしまいました。この話をしようとすると、みんなゲラゲラ笑って逃げて行くのです。稀(たま)に聞いてくれる者があっても、人を馬鹿にするなと云って憤(おこ)り出したり……ニヤニヤ冷笑しながら手を振って立ち去ったり……胸が悪くなったと云って、私の足下に唾を吐いて行ったり……それが私にとって死ぬ程悲しいのです。


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