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死者の書 続編(草稿) - 折口 信夫 ( おりくち しのぶ )

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死者の書 續篇(草稿) 山々の櫻の散り盡した後に、大塔中堂の造立供養は行はれたのであつた。 それでも、春の旅と言へば、まづ櫻を思ふ習(ナラ)はしから、大臣薄い望みを懸けてゐた。若し高野や、吉野の奧の花見られることのありさうな、靜かな心踊りを感じて居たのであつた。
廿七日――。山に著いて、まづ問うたのも、花のうへであつた。ことしはとり別け、早く過ぎて、もう十日前に、開山大師の御廟(ミメウ)から先にも、咲き殘つた梢はなかつた。
かう言ふ、僅かなことの答へにも、極度に遜(ヘ)り降つた語つきに、固い表情を、びくともさせる房主ではなかつた。卑下慢(ヒゲマン)とは、之を言ふのか、顏を見るから、相手を呑んでかゝる工夫をしてゐる。凡高い身分人間と言ふのは、かう言ふものだと、たかをくゝつて居る。其にしても、語の洗煉せられて、謙遜で、清潔なことは、どうだ。これで、發音に濁(タ)みた所さへなかつたら、都の公家詞(クゲコトバ)などは、とても及ばないだらう。この短い逗留の中に、謁見(エツケン)した一山房主と言ふ房主は、皆この美しい詞(コトバ)で、大臣を驚した。其だけに、面從で、口煩い京(キヤウ)の實務官たちと、おなじで何處か違つた所のある、――氣の緩(ユル)せない氣持ちがした。

風流なことだ。櫻を惜しむの、春のなごりのと、文學にばかり凝つて、天下のことは、思つて見もしないのだらう。この大臣は――。

さう言ふ語を飜譯しながら、あの流暢な詞を、山鴉が囀つてゐるのである。

自然の移りかはりを見ても、心を動してゐる暇(ヒマ)もございません。そんな明け暮れに、――世間を救ふ經文(キヤウモン)の學問すら出來んで暮して居ります。

こんなもの言ひが、人に恥ぢをかゝせる、と言ふことも考へないで言うてゐる。さうではなからう――。恥ぢをかゝせて――、恥しめられた者の持つ後味(アトアヂ)のわるさを思ひもしないで、言ふいたはりのなさが、やはり房主生活のあさましさなのだ。
――大臣は、瞬間公家|繪(ヱ)かきの此頃かく、肖像畫を思ひ浮べてゐた。その繪の人物になつたやうなおほどかな氣分で、ものを言ひ出した。

其でも、卿(ソコ)たちは羨しい暇を持つておいでだ。美しい稚兒法師に學問を爲込まれる。それから、一かどの學生(ガクシヤウ)に育てゝ、一生は手もとで見て行かれる。羨しいものだと、高野に來た誰も彼もが言ふが、――内典を研究する人たちには、さう言ふゆとりがあるから羨しいよ。博士進士(シンジ)よと言つても、皆|陋(サモ)しい者ばかりでね――。

大臣は、いやな下※(ゲラフ)たちを、二重に叩きつけるやうなもの(言ひ)をした。物體(モツタイ)らしくものを言ふ人たちを見ると、自分より教養の低いものたちから、無理やりに教育を強ひられてゐるやうな氣がして、堪(タマ)らなかつた。房主もいやだが、博士たちも小半刻も話してゐる間に、世の中があさましいものになつたやうな、どんよりとしたものにしか感じられなくなるのだつた。房主たちをおし臥せるやうな氣持ちで、二重底のある語を語つてゐると思うてゐると、驅り立てられた情熱が、當代の學者たちを打ち臥せるやうな語氣を烈しく持つて來てゐた。
現に今度の高野參詣も、出掛けの前夜になつて、もの/\しく、異見を言つて來た俊西入道があつた。儀禮にかうある、帝堯篇には、あゝ書かれてゐる、――そんなことが、天文の急變ではあるまいし、出立ちを三刻後(ミトキアト)に控へて、言ふやうでは、手ぬかりも甚しい。其も易や、陰陽の方で、言ひ出すのなら、まだしも意味がある。たゞ其が禮法でないの、先例がどうのと言ひ出すのでは、話にもならぬ。

やまには宿曜(シユクエウ)經を見る大徳(ダイトク)が居るだらうな。
お見せになりますか。當山では、經の片端でも讀みはじめたものは、なぐさみ半分に、あれは致します。御座興にならば、私でも見てさしあげます。
ほう――。そこがね。
宿曜師など言ふほどのことも御座いませんので――。本道(ホンタウ)を申せば、いろ/\な術を傳へて居ります山で、――
開山が、易の八卦をはじめて傳へられたとも聞いてゐるが、其はどうなつて居る――。

この時、相手に出てゐた※惠律師といふのが、不用意に動した表情を忘れない。「此は、山の人々が考へてゐるやうな、公家衆ではないかも知れぬ。」さう謂つた警戒の樣子を、ちらとほのめかした。

大師唐土から將來せられたといふのは、易の八卦ばかりでは御座いません。もつと、西域の方から長安の都に傳つて居ました日京卜といふ、物の枝を探つて、虚空へ投げて卜ふ術まで傳へて還られました。


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