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母子叙情 - 岡本 かの子 ( おかもと かのこ )

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 かの女は、一足さきに玄関まえの庭に出て、主人逸作の出て来るのを待ち受けていた。  夕食ごろから静まりかけていた春のならいの激しい風は、もうぴったり納まって、ところどころ屑(くず)や葉を吹き溜(た)めた箇所だけに、狼藉(ろうぜき)の痕(あと)を残している。十坪程の表庭の草木は、硝子箱(ガラスばこ)の中の標本のように、くっきり茎目(くきめ)立って、一きわ明るい日暮れ前の光線に、形を截(き)り出されている。
「まるで真空のような夕方だ」
 それは夜の九時過ぎまでも明るい欧州の夏の夕暮に似ていると、かの女はあたりを珍しがりながら、見廻(みまわ)している。
 逸作は、なかなか出て来ない。外套(がいとう)を着て、帽子を冠(かぶ)ってから、あらためて厠(かわや)へ行き直したり、忘れた持物を探しはじめたりするのが、彼の癖である。
 洋行中でも変りはなかった。また例のが始まったと、彼女は苦笑しながら、靴の踵(かかと)の踏み加減を試すために、御影石(みかげいし)の敷石の上に踵を立てて、こちこち表門の方へ、五六歩あゆみ寄った。
 門扉は、閂(かんぬき)がかけてある。そして、その閂の上までも一面に、蜘蛛手形(くもでがた)に蔦(つた)の枝が匍(は)っている。扉は全面に陰っているので、今までは判(わか)らなかったが、今かの女が近寄ってみると、ぽちぽちと紅色(べにいろ)の新芽が、無数に蔦の蔓(つる)から生えていた。それは爬虫類(はちゅうるい)の掌のようでもあれば、吹きつけた火の粉のようでもある。
 かの女は「まあ!」といって、身体は臆(おく)してうしろへ退いたが、眼は鋭く見詰め寄った。微妙なもの等の野性的集団を見ることは、女の感覚には、気味の悪いところもあったが、しかし、芽というものが持つ小さい逞(たくま)しいいのちは、かの女の愛感を牽(ひ)いた。
「こんな腐った髪の毛のような蔓からも、やっぱり春になると、ちゃんと芽を出すのね」
 かの女は、こんな当りまえのことを考えながら、思い切って指を出し、蔦の小さい芽の一つに触れると、どういうものか、すぐ、むす子のことを連想して、胸にくっくと込み上げる感情が、意識された。
 かの女は、潜(くぐ)り門に近い洋館のポーチに片肘(かたひじ)を凭(もた)せて、そのままむす子にかかわる問題反芻(はんすう)する切ない楽しみに浸り込んだ。
 洋画家志望のかの女のむす子は、もう、五年も巴里(パリ)に行っている。五年前かの女が、主人逸作と洋行するとき、一緒に連れて行って、帰国の時そのまま残して来たものだ。
 今日の昼も、かの女は、賢夫人で評判のある社交家の訪問受け、話の序(ついで)に、いろいろむす子の、巴里滞在について質問をうけた。「おちいさいのに一人巴里へおのこしになって……厳し立派おしこみですねえ。それに、為替がたいへん廉(やす)いというではありませんか。大概な金持の子も引き上げさしてしまうというのに、よくもねえ、さぞ、お骨が折れましょう。その代り、いまに大した御出世をなさいましょう。おたのしみで御座いますねえ」
 その中年夫人は黙っているかの女に、なおも子供の事業のため犠牲になって貢ぐ賢母である、というふうな讃辞(さんじ)をしきりに投げかけた。
 事実、かの女自身も、むす子に送る学資のため、そうとう自身を切り詰めている。また、甘い家庭長女として育てられて来たかの女は、人に褒められることその事自体に就(つ)いては、決して嫌いではない。で、面会中はかなり好い気持にもなって、讃(ほ)めそやされていた。
 だが、その賢夫人が帰って、独りになってみると、反対に、にがにがしさを持て剰(あま)した。つまり夫人がかの女を、世間普通の賢母と同列に置いた見当違いが、かの女を焦立(いらだ)たせた。それは遠い昔、たった一つしたかの女のいのちがけの、辛(つら)い悲しい恋物語を、ふざけた浮気筋や、出世近道の男釣り経歴と一緒に噂(うわさ)される心外な不愉快さに同じだった。
 なるほど、かの女とても、むす子が偉くなるに越した事はないと思う。偉くなればそれだけ、世の中から便利を授かって暮して行ける。この意味からなら願っても、むす子に偉くなって貰いたい。しかし、親の身の誇りや満足のためなら、決してむす子はその道具になるには及ばない。実をいうとかの女も主人逸作と共に、時代の運に乗せられて、多少、知名の紳士淑女仲間入りをしている。そして、自身|嘗(な)めた経験からみたそういう世の中というものに、親身(しんみ)のむす子をあてはめるため、叱(しか)ったり、気苦労さすのは引合わないような気がする。
「では、なぜ?」とかの女はその夫人には明さなかったむす子を巴里(パリ)へ留学させて置く気持の真実を久し振りに、自問自答してみた。まえにはいろいろと、その理由立派趣意書のように、心に泛(うか)んだものだが、もうそんな理屈臭いことは考えたくなかった。かの女は悩ましそうに、帽子の鍔(つば)の反りを直して、吐き出すように自分に云った。
「つまりむす子も親もあの都会に取り憑(つか)れているのだ」
 やっと、逸作が玄関から出てきた。画描きらしく、眼を細めて空の色調を眺め取りながら、
「見ろ、夕月。いい宵だな」
といって、かの女を急(せ)き立てるように、先へ潜(くぐ)り門を出た。


 かの女と逸作は、バスに乗った。以前からかの女は、ずっと外出自動車を用いつけていたのだが、洋行後は時々バスに乗るようになった。窓から比較的ゆっくり街の門並の景色も見渡して行けるし、三四年間居ない留守中に、がらりと変った日本男女風俗も、乗合い客によって、手近かに観察出来るし、一ばん嬉(うれ)しいのは、何と云っても、黒い瞳(ひとみ)の人々と膝(ひざ)を並べて一車に乗り合わすことだった。永らく外国人の中に、ぽつんと挟って暮した女の身には、緊張し続けていた気持がこうしていると、湯に入ってほごれるようだった。右を見ても左を見ても、日本人の顔を眺められるのは、帰朝者だけが持つ特別の悦(よろこ)びだった。
 わけてかの女のように、一人むす子と離れて来た母親に取って、バスは、寂寥(せきりょう)を護(まも)って呉(く)れる団欒的(だんらんてき)な乗りものだった。この点では、電車は、まだ広漠とした感じを与えた。
 バスは、ときどき揺れて、呟(つぶや)き声や、笑い声を乗客に立てさせながら、停留場毎に几帳面(きちょうめん)に、客を乗り降りさせて行く。


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