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沢氏の二人娘 - 岸田 国士 ( きしだ くにお )

  • ◆本◇現代日本文学全集33 S30発行 豊島與志雄/岸田國士 q
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岸田國士 沢 一寿   悦子  その長女   愛子  その次女 奥井らく  家政婦   桃枝  その子 神谷則武  輸入商 田所理吉  船員、悦子等の亡兄の友人 東京――昭和年代      一 某カトリツク療養院の事務長、元副領事、沢一寿(五十五歳)の住居郊外の安手な木造洋館で、舞台は白ペンキ塗のバルコニイを前にした、八畳の応接間兼食堂
古ぼけた、しかし落つきのある家具。壁には風景画と、皿と、それらの中に、不調和にも一枚の女の写真が額にしてかけてある。三十五六の淋しい目立たない顔である。丸髷に結つてゐる。飾棚には、細々した洋風の置物。記念品らしい白大理石の置時計。バルコニイの手摺に色の褪せた副領事礼服が干してある。
十月午後
家政婦奥井らく(三十八歳)が、卓子の上で通帳を調べてゐる。



らく  (通帳から眼を離さずに)桃枝、桃枝……桃ちやん……。(返事がないので、起ち上つて扉の方へ行く。出会ひがしらに水兵服の少女が現はれる)さつきから呼んでるのに……何処へ行つてたの? ご不浄?
桃枝  (首をふりながら、なんとなくもぢもぢしてゐる)
らく  (嶮しく)二階へ上つたね。なぜ、黙つてそんなことをしますか? ここはお前の家ぢやないんだよ。
桃枝  …………。
らく  (なだめるやうに)今これがすんだら、お茶でもいれるから、あつちのお部屋雑誌でも読んでらつしやい。
桃枝  ひとりぢやつまんないわ。もうそんなもんのぞかないから、母さんあつちへ来てよ。
らく  駄目駄目、うるさくつて……。
桃枝  だつてあたし御手伝ひするつもりだつたのよ。(間)母さん月給いくら貰つてんの、あててみませうか?
らく  当てなくたつてようござんす。
桃枝  あたし学校を出たら、その月から三十円稼いでみせるわ。
らく  どうぞ御自由に……。
桃枝  さうさう、伯父さんてばね、あたしみたいな娘、女学校へ通はせとくのは勿体ないんですつて……。
らく  ほんとだよ。
桃枝  少女歌劇へ出たら、さぞ人気が出るだらうつて云ふの。
らく  馬鹿だ、あの伯父さんは……。さ、そいぢや、これは後のことにして……。お前、ちよつと火鉢のお火をみといておくれ。(干してある礼服の埃を払ひ、それを持つて奥にはいる)


桃枝も、一旦奥へはいるが、再び現はれて卓子の上の通帳をめくつてみる。眼を見張つたり、口を尖らしたり、笑ひを噛み殺したりする。やがて廊下に跫音。急いで、素知らぬ風を装ひ、バルコニイの方へ歩を運ぶ。
らくがコサツク帽を手にもつてはいつて来る。



桃枝  なあに、それ?
らく  トランクの底から出て来たの。
桃枝  これで帽子だわ。
らく  惜しいことに、こんなに虫がついて……。
桃枝  (独語のやうに)なんだか変ね、この家(うち)……。こんな帽子かぶる旦那さんがゐてさ、十年も前に死んだ奥さん写真が、あんなところに飾つてあつてさ……。
らく  (帽子をバルコニイの手摺にのせながら)それがどうして変だい。お前こそ、子供らしくないよ、余計な事にこせこせ気がついて……肝腎の勉強はお留守でせう。(間)今日はもう遅いから、お茶はこの次のことにして、その代り、ぽつちりだけど、お小遣をあげよう。(帯の間から蟇口を出し、五十銀貨を一つ渡す)
桃枝  いいの、貰つて?
らく  遠慮する柄かね。でも、一人活動なんかへはいるならあげませんよ。
桃枝  ふふ……ぢや、あたし……。
らく  あ、ちよつとお待ち……ことによつたら、今日は、お嬢さんたちお帰りがおそいかも知れないから、お前あたしと一緒にごはんたべてかない?
桃枝  ええ、ご馳走があれば……なんて……。


その時、扉の入口へ、沢一寿の姿が現はれる。



一寿  ほう、来とるな。
らく  おお、びつくりした。


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