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津田青楓君の画と南画の芸術的価値 - 寺田 寅彦 ( てらだ とらひこ )

  • 音鉄 中央総武緩行線 津田沼行(三鷹-浅草橋-津田沼)1986年8月8日
  • 1-j379 やまざき貴子 津田雅美 岡野玲子 成田美名子 テレカ
  • 三津田信三デビュー作!『忌館 ホラー作家の棲む家』
  • 三津田信三『首無の如き祟るもの 』
  • 三津田信三「作者不詳 ミステリ作家の読む本」(講談社NV)
  • ★彼氏彼女の事情 津田雅美 テレホンカード 第一回当選品★
  • ★レア 彼氏彼女の事情クリアスペシャルカード 津田雅美/白泉社
  • 三津田信三★禍家★光文社文庫
  • ★三津田信三「厭魅の如き憑くもの」★文庫
  • ★【角川ホラー文庫】十三の呪 三津田信三
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 私は永い前から科学芸術、あるいはむしろ科学者芸術家との素質や仕事方法相互共通な点の多い事に深い興味を感じている。それで嗜好趣味という事は別として、科学者として芸術論じるという事もそれほど不倫な事とは思われない。のみならず自身に取っては芸術上の問題を思索する事によって自分の専門の事柄に対して新しい見解や暗示を得る事も少なくないのである。それと同時に、科学者芸術論が専門の芸術評論家の眼から見て如何(いか)に平凡幼稚なものであっても、芸術家芸術論と多少でも異なるところがあらば、それは少なくも或(あ)る芸術家のために何らかの参考にならぬとも限らない。もしそうだとすれば自分がここにあえてこの一篇を公にするのも強(あなが)ち無意味ではないかもしれない。例えば山出しの批評も時には三越意匠部の人の参考になるかもしれず、生蕃人(せいばんじん)の東京観も取りようでは深刻な文明批評とも聞える事があるかもしれない。
 この稿を起したもう一つの理由は、友人としての津田君の隠れた芸術をいくぶんでも世間紹介したいという|私の動機(プライヴェートモーチヴ)からである。これも一応最初に断っておいた方がよいかと思う。
 津田君は先達て催し作画展覧会目録の序で自白しているように「技巧一点張主義を廃し新なる眼を開いて自然を見直し無技巧無細工の自然描写に還り」たいという考えをもっている人である。作画に対する根本出発点が既にこういうところにあるとすれば津田君の画を論ずるに伝説的の技巧や手法を盾に取ってするのはそもそも見当違いな事である。小笠原流の礼法を標準としてロシアの百姓(ムジーク)の動作批評するようなものかもしれない。あるいはむしろ自分のような純粋素人(しろうと)の評の方が却(かえ)って適切であり得るかもしれない。一体津田君の主張するように常に新たな眼で自然を見直すという事は科学者にとっても甚(はなは)だ重要な事である。科学進歩の行き止りにならないのは全くそういう態度の賜物である。科学は決して自然をありのままに記載するものではない。自然の顔には教科書の文句は書いてない。自然を如何に見て如何に表現すべきかという事は全く自由ではないがしかも必ずしも絶対に単義的(ユニーク)なものではない。例えば昼夜の交代太陽の運行を観測した時に地球が動いているとするか太陽が動いているとするかはただこれだけの現象説明をするにはいずれでも差しつかえはない。しかし太陽地球の周囲を動いているとすると外の遊星運動非常に複雑なものと考えなければならず、また重力の方則なども恐ろしく難儀なものになるに相違ない。科学場合には方則の普遍性とか思考節約とかいう事が標準となって科学者自然に対する見方を指導しその価値を定めて行くのである。これに比べて芸術家自然に対する見方は非常に多様であり得る事は勿論(もちろん)である。科学者はなるたけ自分というものを捨ててかかろうとする。一方で芸術家はもっぱら自己を主張しようとする。而(しか)してその区々(まちまち)な表現価値を定めるものも科学場合とは無論一様でない。しかしともかくも芸術家のうちで自然そのものを直接に見て何物かを見出そうという人があれば、その根本態度や採るべき方法には自(おの)ずから科学者と共通点を見出す事が出来てもよい訳である。
 新しい目で自然を見るという事は存外六(むつ)かしい事である。吾人(ごじん)は生れ落ちて以来馴れ切っている周囲に対して、ちゃんと定まった、しかも極(きわ)めて便宜的(コンヴェンショナル)な型や公式ばかりを当(あ)て嵌(は)めている。朝起きて顔を洗う金盥(かなだらい)の置き方から、夜寝る時の寝衣の袖の通し方まで、無意識定型を繰返している吾人の眼は、如何に或る意味で憐れな融通のきかきぬものであるかという事を知るための、一つの面白い、しかも極め簡単実験は、頭を倒(さかさ)にして股間(こかん)から見馴れた平凡景色を覗(のぞ)いて見る事である。たったそれだけの眼の向け方でも今まで見逃していた自然の美しさが今更(いまさら)のように目に立つのである。写真機のピントガラスに映った自然や、望遠鏡視野に現われた自然についても、時に意外な発見をして驚くのは何人(なんぴと)にも珍しくない経験である。
 芸術家としてどうすれば新しい見方をする事が出来るかという事は一概に云えない。それは人々の天性や傾向にもよる事であろうが、一つにはまた絶えざる努力と修練を要する事は勿論である。然(しか)るに現今幾百を数える知名の画家|殊(こと)に日本画家中で少なくも真剣にこういう努力をしている人が何人あるかという事は、考えてみると甚だ心細いような気がする。それで津田君のこの点に対する努力結果が既にどこまで進んでいるかは別問題としても、そういう態度とこれを実行する勇気とに対して先ず共鳴を感じないではいられないのである。
 尤(もっと)もどの画家でも相当な人ならばある程度まではそういう事を考えぬ人は無いかもしれないが、しかしそう考えるばかりで何時(いつ)までも同じ谷間の径路を往復しながら対岸の自然を眺めているのでは到底駄目であろう。一度も二度も馴れた道を捨てなければならない、時には頭を倒にして見るだけの手数もあえてしなければならない。時にはまた向うの峰へ上って見下す事もしなければならない。こういう事を現に少しでも実行しているらしい少数の画家作画に対して自分は常に同情と期待をもって注意していた。その作品がどれほど自分嗜好からは厭(いや)なと思うものでも、またあまりに生硬と思うものでも、それにかかわらず一種の愉快な心持をもって熟視する事が出来た。毎年の文展院展を見に行ってもこういう自分のいわゆる外道的鑑賞眼を喜ばすものは極めて稀(まれ)であった。多くの絵は自分の眼にはただ一種の空虚複製品としか思われなかった。少なくも画家頭脳の中にしまってある取って置きの粉本(ふんぼん)をそのまま紙布の上に投影してその上を機械的に筆で塗って行ったものとしか思われなかった。ペンキ屋が看板文字書くようにそれはどこから筆を起してどういう方向に運んで行っても没交渉なもののように見えた。たまには複製でない本当の原本(オリジナル)と思われる絵を見出し愉快を感じる事もあったが、ややもすればその独創的な点がもうそろそろ一種の安心したような、これでいいといったようなおさまり方に変化するのを認めて失望した。どうかしてもう少し迷っている画家のおさまらぬ作品に接したいと希望していた。そうして偶然に逢着したのが津田君であった。
 洋画家並びに図案家としての津田君は既に世間に知られている。しかし自分日本画家あるいは南画家としての津田君に接したのは比較的に新しい事である。そしてだんだんその作品に親しんで行くうちに、同君の天品が最もよく発揮し得られるのは正(まさ)しくこの方面であると信ずるようになったのである。
 津田君はかつて桃山に閑居していた事がある。


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