深川女房 - 小栗 風葉 ( おぐり ふうよう )
一
深川八幡前の小奇麗な鳥屋の二階に、間鴨(あいがも)か何かをジワジワ言わせながら、水昆炉(みずこんろ)を真中に男女の差向い。男は色の黒い苦み走った、骨組の岩畳(がんじょう)な二十七八の若者で、花色裏の盲縞(めくらじま)の着物に、同じ盲縞の羽織の襟(えり)を洩(も)れて、印譜散らしの渋い緞子(どんす)の裏、一本筋の幅の詰まった紺博多の帯に鉄鎖を絡(から)ませて、胡座(あぐら)を掻(か)いた虚脛(からすね)の溢(は)み出るのを気にしては、着物の裾(すそ)でくるみくるみ喋(しゃべ)っている。
女は二十二三でもあろうか、目鼻立ちのパラリとした、色の白い愛嬌(あいきょう)のある円顔(まるがお)、髪を太輪(ふとわ)の銀杏(いちょう)返しに結って、伊勢崎の襟のかかった着物に、黒繻子(くろじゅす)と変り八反の昼夜帯、米琉(よねりゅう)の羽織を少し抜(ぬ)き衣紋(えもん)に被(はお)っている。
男はキュウと盃(さかずき)を干して、「さあお光さん、一つ上げよう」
「まあ私は……それよりもお酌(しゃく)しましょう」
「おっと、零(こぼ)れる零れる。何(なん)しろこうしてお光さんのお酌で飲むのも三年振りだからな。あれはいつだったっけ、何でも俺(おれ)が船へ乗り込む二三日前だった、お前(めえ)のところへ暇乞(いとまご)いに行ったら、お前の父(ちゃん)が恐ろしく景気つけてくれて、そら、白痘痕(しろあばた)のある何とかいう清元の師匠が来るやら、夜一夜(よッぴて)大騒ぎをやらかしたあげく、父がしまいにステテコを踊り出した。ね、酔ってるものだからヒョロヒョロして、あの大きな体(からだ)を三味線の上へ尻餅(しりもち)突いて、三味線の棹(さお)は折れる、清元の師匠はいい年して泣き出す、あの時の様子ったらなかったぜ、俺(おら)は今だに目に残ってる……だが、あんな元気のよかった父が死んだとは、何だか夢のようで本当にゃならねえ、一体何病気で死んだんだい?」
「病気も何もありゃしないのさ。いつもの通り晩に一口飲んで、いい機嫌(きげん)になって鼻唄(はなうた)か何かで湯へ出かけると、じき湯屋の上(かみ)さんが飛んで来て、お前さんとこの阿父(おとっ)さんがこれこれだと言うから、びっくらして行って見ると、阿父さんは湯槽(ゆぶね)に捉まったままもう冷たくなってたのさ。やっぱり卒中で……お酒を飲んで湯へ入るのはごくいけないんだってね」
「そうかなあ、酒呑(さけの)みは気をつけることだ。そのくせ俺は湯が好きでね」
「そうね。金さんは元から熱湯好(あつゆず)きだったね。だけど、酔ってる時だけは気をおつけよ、人事(ひとごと)じゃないんだよ」
「大きに! まだどうも死ぬにゃ早いからな」
「当り前さ、今から死んでたまるものかね。そう言えば、お前さん今年|幾歳(いくつ)になったんだっけね?」
「九さ、たまらねえじゃねえか、来年はもう三十|面(つら)下げるんだ。お光さんは今年三だね?」
「ええ、よく覚えててね」と女はニッコリする。
「そりゃ覚えてなくって!」と男もニッコリしたが、「何(なん)しろまあいいとこで出逢(であ)ったよ、やっぱり八幡様のお引合せとでも言うんだろう。実はね、横浜(はま)からこちらへ来るとすぐ佃(つくだ)へ行って、お光さんの元の家を訪ねたんだ。すると、とうにもうどこへか行ってしまって、隣近所でも分らないと言うものだから、俺はどんなにガッカリしたか知れやしねえ」
「私ゃまた、鳥居のところでお光さんお光さんて呼ぶから、誰かと思ってヒョイと振り返って見ると、金さんだもの、本当にびっくらしたわ。一体まあ東京を経(た)ってから今日までどうしておいでだったの?」
「さあ、いろいろ談(はな)せば長いけれど……あれからすぐ船へ乗り込んで横浜を出て、翌年(あくるとし)の春から夏へ、主に朝鮮の周囲(いまわり)で膃肭獣(おっとせい)を逐(お)っていたのさ。ところが、あの年は馬鹿にまた猟がなくて、これじゃとてもしようがないからというので、船長始め皆が相談の上、一番度胸を据(す)えて露西亜(ろしや)の方へ密猟と出かけたんだ。すると、運の悪い時は悪いもので、コマンドルスキーというとこでバッタリ出合(でッくわ)したのが向うの軍艦! こっちはただの帆前船で、逃げも手向いも出来たものじゃねえ、いきなり船は抑えられてしまうし、乗ってる者は残らず珠数繋(じゅずつな)ぎにされて、向うの政府の猟船が出張って来るまで、そこの土人へ一同お預けさ」
「まあ! さぞねえ。それじゃ便りのなかったのも無理はないね」
「便りがしたくたって、便りのしようがねえんだもの」
女は頷(うなず)いて、「それからどうしたの?」
「それから、間もなく露西亜の猟船というのがやって来たんだ。ところが、向うの船は積荷が一杯で、今度は載(の)ッけて行くわけに行かねえからこの次まで待てと言うんで、俺たちはそのまま島へ残されたんだ。今になると残されてよかったので、あの時連れて行かれようものなら、浦塩(うらじお)かどこかの牢(ろう)で今ごろはこッぴどい目に遭(あ)ってる奴さ。すると、そのうちに今度の戦争が押(お)ッ始(ぱじ)まったものだから、もう露西亜も糞もあったものじゃねえ、日本の猟船はドシドシコマンドルスキー辺へもやって来るという始末で、島から救い出されると、俺(おら)はすぐその船で今日まで稼(かせ)いで来たんだが……考えて見りゃ運がよかったんだ。辞(ことば)も何にも分らねえ髭(ひげ)ムクチャの土人の中で、食物もろくろく与(あてが)われなかった時にゃ、こうして日本へ帰って無事にお光さんに逢おうとは、全く夢にも思わなかったよ」
「そうだろうともねえ、察しるよ! 私も――縁起でもないけど――何(なん)しろお前さんの便りはなし、それにあちこち聞き合わして見ると、てんで船の行方(ゆくえ)からして分らないというんだもの。ああ気の毒に! 金さんはそれじゃ船ぐるみ吹き流されるか、それとも沖中で沈んでしまって、今ごろは魚の餌食(えじき)になっておいでだろうとそう思ってね、私ゃ弔供養(といくよう)をしないばかりでいたんだよ。本当にまあ、それでもよく無事で帰っておいでだったね」
男はこの時気のついたように徳利を揮(ふ)って見て、「ははは、とんだ滅入(めい)った話になって、酒も何も冷たくなってしまった。お光さん、ちっともお前やらねえじゃねえか、遠慮をしてねえでセッセと馬食(ぱく)ついてくれねえじゃいけねえ」と言いながら、手を叩いて女中を呼び、「おい姐(ねえ)さん、銚子(ちょうし)の代りを……熱く頼むよ。それから間鴨(あい)をもう二人前、雑物(ぞうもつ)を交ぜてね」
で、間もなくお誂(あつら)えが来る。男は徳利を取り揚げて、「さあ、熱いのが来たから、一つ注(つ)ごう」
女も今度は素直に盃を受けて、「そうですか、じゃ一つ頂戴しましょう。チョンボリ、ほんの真似(まね)だけにしといておくんなさいよ」
「何だい卑怯なことを、お前も父(ちゃん)の子じゃねえか」
「だって、女の飲んだくれはあんまりドッとしないからね」
「なあに、人はドッとしなくっても、俺はちょいとこう、目の縁を赤くして端唄(はうた)でも転(ころ)がすようなのが好きだ」
「おや、御馳走様! どこかのお惚気(のろけ)なんだね」
「そうおい、逸(はぐ)らかしちゃいけねえ。俺は真剣事(しんけんこ)でお光さんに言ってるんだぜ」
「私に言ってるのならお生憎様(あいにくさま)。そりゃお酒を飲んだら赤くはなろうけど、端唄を転がすなんて、そんな意気な真似はお光さんの格(がら)にないんだから」
「あんまりそうでもなかろうぜ。忘れもしねえが、何でもあれは清元の師匠の花見の時だっけ、飛鳥山(あすかやま)の茶店で多勢(おおぜい)芸者や落語家(はなしか)を連れた一巻(いちまき)と落ち合って、向うがからかい半分に無理|強(じ)いした酒に、お前は恐ろしく酔ってしまって、それでも負けん気で『江戸桜』か何か唄って皆をアッと言わせた、ね、覚えてるだろう」
「そうそう、そんなことがあったっけね。あれはこうと、私が十九の春だっけ。あのころは随分私もお転婆だったが……ああ、もうあのころのような面白いことは二度とないねえ!」としみじみ言って、女はそぞろに過ぎ去った自分の春を懐(なつ)かしむよう。
「ははは、何だか馬鹿に年寄り染(じ)みたことを言うじゃねえか。お光さんなんざまだ女の盛りなんだもの、本当の面白いことはこれからさ」
「いいえ、もうこんな年になっちゃだめだよ。そりゃ男はね、三十が四十でも気の持ちよう一つで、いつまでも若くていられるけど、女は全く意気地がありませんよ。第一、傍(はた)がそういつまでも若い気じゃ置かせないからね。だから意気地がないというより、女はつまり男に比べて割が悪いのさね」
「いけねえいけねえ、じきどうも話が理に落ちて……」と男は手酌でグッと一つ干して、「時に、聞くのを忘れてたが、お光さんはそれで、今はどこにいるの、家は?」
「私?」女はちょっと言い渋ったが、「今いるとこはやっぱり深川なの」
「深川は分ってるが、町は?」
「町は清住町、永代(えいたい)のじき傍(そば)さ」
「そうか、永代の傍で清住町というんだね、遊びに行くよ。番地は何番地だい?」
「清住町の二十四番地。吉田って聞きゃじき分るわ」
「吉田? 何だい、その吉田てえのは?」
「私の亭主の苗字(みょうじ)さ」と言って、女は無理に笑顔を作る。
「え※」と男は思わず目を見張って顔を見つめたが、苦笑いをして、「笑談(じょうだん)だろう?」
「あら、本当だよ。去年の秋|嫁(かたづ)いて……金さんも知っておいでだろう、以前やっぱり佃(つくだ)にいた魚屋の吉新、吉田新造って……」
「吉田新造! 知ってるとも。じゃお光さん、本当かい?」
「はあ」と術なげに頷(うなず)く。
「ふむ!」とばかり、男は酔(え)いも何も醒(さ)め果ててしまったような顔をして、両手を組んで差し俯(うつむ)いたまま辞(ことば)もない。
女もしばらくは言い出づる辞もなく、ただ愁(つら)そうに首をば垂(た)れて、自分の膝(ひざ)の吹綿(ふきわた)を弄(いじ)っていたが、「ねえ金さん、お前さんもこれを聞いたら、さぞ気貧(きまず)い女だとお思いだろうが……何しろ阿父さんには死なれてしまうし、便りにしていたお前さんはさっき言う通りで、どうも十中八九はこの世においでじゃなさそうに思われるし、と言ってほかに力になるような親内(みうち)らしい親内もないものだから、私一人ぼっちで本当に困ってしまったんだよ。そこへちょうど吉新の方から話があって、私も最初は煮えきらない返事をしていたんだけど、もう年が年だからって、傍(はた)でヤイヤイ言うものだから、私もとうとうその気になってしまったようなわけでね……金さん、お前さんも何だわ――今さらそう言ったってしようがないけど――せめて無事だというだけでも便りをしておくれだったら……もっとも話のようじゃそれもできなかったか知らないが……」
「そうさ、それが出来るようなら文句はねえんだが……」と遣瀬(やるせ)なさそうに面を挙げて、「そりゃね、お光さんが亭主を持とうとどうしようと、俺がかれこれ言う筋はねえ。ねえけれど……お光さん、お前も俺の胸の内は察してくれるだろう」
「ええ、そりゃもうね」
「せめて何か、口約束でもした中と言うならだが、元々そんなことのあったわけじゃなし、それにお前の話を聞いて見りゃ一々もっともで、どうもこれ、怨(うら)みたくも怨みようがねえ……けれど、俺は理屈はなしに怨めしいんで……」
「…………」
「何もお光さんで見りゃそんな気があって言ったんじゃあるめえが、俺がいよいよ横浜(はま)へ立つという朝、出がけにお前の家へ寄ったら、お前が繰り返し待ってるからと言ってくれた、それを俺はどんなに胸に刻んで出かけたろう! けれど、考えて見りゃ誰だってそのくらいのことはお世辞に言うことで……」
「金さん!」と女は引手繰(ひったく)るように言って、「お世辞なんてあんまりだよ! 私ゃそんなつもりじゃない。
女は二十二三でもあろうか、目鼻立ちのパラリとした、色の白い愛嬌(あいきょう)のある円顔(まるがお)、髪を太輪(ふとわ)の銀杏(いちょう)返しに結って、伊勢崎の襟のかかった着物に、黒繻子(くろじゅす)と変り八反の昼夜帯、米琉(よねりゅう)の羽織を少し抜(ぬ)き衣紋(えもん)に被(はお)っている。
男はキュウと盃(さかずき)を干して、「さあお光さん、一つ上げよう」
「まあ私は……それよりもお酌(しゃく)しましょう」
「おっと、零(こぼ)れる零れる。何(なん)しろこうしてお光さんのお酌で飲むのも三年振りだからな。あれはいつだったっけ、何でも俺(おれ)が船へ乗り込む二三日前だった、お前(めえ)のところへ暇乞(いとまご)いに行ったら、お前の父(ちゃん)が恐ろしく景気つけてくれて、そら、白痘痕(しろあばた)のある何とかいう清元の師匠が来るやら、夜一夜(よッぴて)大騒ぎをやらかしたあげく、父がしまいにステテコを踊り出した。ね、酔ってるものだからヒョロヒョロして、あの大きな体(からだ)を三味線の上へ尻餅(しりもち)突いて、三味線の棹(さお)は折れる、清元の師匠はいい年して泣き出す、あの時の様子ったらなかったぜ、俺(おら)は今だに目に残ってる……だが、あんな元気のよかった父が死んだとは、何だか夢のようで本当にゃならねえ、一体何病気で死んだんだい?」
「病気も何もありゃしないのさ。いつもの通り晩に一口飲んで、いい機嫌(きげん)になって鼻唄(はなうた)か何かで湯へ出かけると、じき湯屋の上(かみ)さんが飛んで来て、お前さんとこの阿父(おとっ)さんがこれこれだと言うから、びっくらして行って見ると、阿父さんは湯槽(ゆぶね)に捉まったままもう冷たくなってたのさ。やっぱり卒中で……お酒を飲んで湯へ入るのはごくいけないんだってね」
「そうかなあ、酒呑(さけの)みは気をつけることだ。そのくせ俺は湯が好きでね」
「そうね。金さんは元から熱湯好(あつゆず)きだったね。だけど、酔ってる時だけは気をおつけよ、人事(ひとごと)じゃないんだよ」
「大きに! まだどうも死ぬにゃ早いからな」
「当り前さ、今から死んでたまるものかね。そう言えば、お前さん今年|幾歳(いくつ)になったんだっけね?」
「九さ、たまらねえじゃねえか、来年はもう三十|面(つら)下げるんだ。お光さんは今年三だね?」
「ええ、よく覚えててね」と女はニッコリする。
「そりゃ覚えてなくって!」と男もニッコリしたが、「何(なん)しろまあいいとこで出逢(であ)ったよ、やっぱり八幡様のお引合せとでも言うんだろう。実はね、横浜(はま)からこちらへ来るとすぐ佃(つくだ)へ行って、お光さんの元の家を訪ねたんだ。すると、とうにもうどこへか行ってしまって、隣近所でも分らないと言うものだから、俺はどんなにガッカリしたか知れやしねえ」
「私ゃまた、鳥居のところでお光さんお光さんて呼ぶから、誰かと思ってヒョイと振り返って見ると、金さんだもの、本当にびっくらしたわ。一体まあ東京を経(た)ってから今日までどうしておいでだったの?」
「さあ、いろいろ談(はな)せば長いけれど……あれからすぐ船へ乗り込んで横浜を出て、翌年(あくるとし)の春から夏へ、主に朝鮮の周囲(いまわり)で膃肭獣(おっとせい)を逐(お)っていたのさ。ところが、あの年は馬鹿にまた猟がなくて、これじゃとてもしようがないからというので、船長始め皆が相談の上、一番度胸を据(す)えて露西亜(ろしや)の方へ密猟と出かけたんだ。すると、運の悪い時は悪いもので、コマンドルスキーというとこでバッタリ出合(でッくわ)したのが向うの軍艦! こっちはただの帆前船で、逃げも手向いも出来たものじゃねえ、いきなり船は抑えられてしまうし、乗ってる者は残らず珠数繋(じゅずつな)ぎにされて、向うの政府の猟船が出張って来るまで、そこの土人へ一同お預けさ」
「まあ! さぞねえ。それじゃ便りのなかったのも無理はないね」
「便りがしたくたって、便りのしようがねえんだもの」
女は頷(うなず)いて、「それからどうしたの?」
「それから、間もなく露西亜の猟船というのがやって来たんだ。ところが、向うの船は積荷が一杯で、今度は載(の)ッけて行くわけに行かねえからこの次まで待てと言うんで、俺たちはそのまま島へ残されたんだ。今になると残されてよかったので、あの時連れて行かれようものなら、浦塩(うらじお)かどこかの牢(ろう)で今ごろはこッぴどい目に遭(あ)ってる奴さ。すると、そのうちに今度の戦争が押(お)ッ始(ぱじ)まったものだから、もう露西亜も糞もあったものじゃねえ、日本の猟船はドシドシコマンドルスキー辺へもやって来るという始末で、島から救い出されると、俺(おら)はすぐその船で今日まで稼(かせ)いで来たんだが……考えて見りゃ運がよかったんだ。辞(ことば)も何にも分らねえ髭(ひげ)ムクチャの土人の中で、食物もろくろく与(あてが)われなかった時にゃ、こうして日本へ帰って無事にお光さんに逢おうとは、全く夢にも思わなかったよ」
「そうだろうともねえ、察しるよ! 私も――縁起でもないけど――何(なん)しろお前さんの便りはなし、それにあちこち聞き合わして見ると、てんで船の行方(ゆくえ)からして分らないというんだもの。ああ気の毒に! 金さんはそれじゃ船ぐるみ吹き流されるか、それとも沖中で沈んでしまって、今ごろは魚の餌食(えじき)になっておいでだろうとそう思ってね、私ゃ弔供養(といくよう)をしないばかりでいたんだよ。本当にまあ、それでもよく無事で帰っておいでだったね」
男はこの時気のついたように徳利を揮(ふ)って見て、「ははは、とんだ滅入(めい)った話になって、酒も何も冷たくなってしまった。お光さん、ちっともお前やらねえじゃねえか、遠慮をしてねえでセッセと馬食(ぱく)ついてくれねえじゃいけねえ」と言いながら、手を叩いて女中を呼び、「おい姐(ねえ)さん、銚子(ちょうし)の代りを……熱く頼むよ。それから間鴨(あい)をもう二人前、雑物(ぞうもつ)を交ぜてね」
で、間もなくお誂(あつら)えが来る。男は徳利を取り揚げて、「さあ、熱いのが来たから、一つ注(つ)ごう」
女も今度は素直に盃を受けて、「そうですか、じゃ一つ頂戴しましょう。チョンボリ、ほんの真似(まね)だけにしといておくんなさいよ」
「何だい卑怯なことを、お前も父(ちゃん)の子じゃねえか」
「だって、女の飲んだくれはあんまりドッとしないからね」
「なあに、人はドッとしなくっても、俺はちょいとこう、目の縁を赤くして端唄(はうた)でも転(ころ)がすようなのが好きだ」
「おや、御馳走様! どこかのお惚気(のろけ)なんだね」
「そうおい、逸(はぐ)らかしちゃいけねえ。俺は真剣事(しんけんこ)でお光さんに言ってるんだぜ」
「私に言ってるのならお生憎様(あいにくさま)。そりゃお酒を飲んだら赤くはなろうけど、端唄を転がすなんて、そんな意気な真似はお光さんの格(がら)にないんだから」
「あんまりそうでもなかろうぜ。忘れもしねえが、何でもあれは清元の師匠の花見の時だっけ、飛鳥山(あすかやま)の茶店で多勢(おおぜい)芸者や落語家(はなしか)を連れた一巻(いちまき)と落ち合って、向うがからかい半分に無理|強(じ)いした酒に、お前は恐ろしく酔ってしまって、それでも負けん気で『江戸桜』か何か唄って皆をアッと言わせた、ね、覚えてるだろう」
「そうそう、そんなことがあったっけね。あれはこうと、私が十九の春だっけ。あのころは随分私もお転婆だったが……ああ、もうあのころのような面白いことは二度とないねえ!」としみじみ言って、女はそぞろに過ぎ去った自分の春を懐(なつ)かしむよう。
「ははは、何だか馬鹿に年寄り染(じ)みたことを言うじゃねえか。お光さんなんざまだ女の盛りなんだもの、本当の面白いことはこれからさ」
「いいえ、もうこんな年になっちゃだめだよ。そりゃ男はね、三十が四十でも気の持ちよう一つで、いつまでも若くていられるけど、女は全く意気地がありませんよ。第一、傍(はた)がそういつまでも若い気じゃ置かせないからね。だから意気地がないというより、女はつまり男に比べて割が悪いのさね」
「いけねえいけねえ、じきどうも話が理に落ちて……」と男は手酌でグッと一つ干して、「時に、聞くのを忘れてたが、お光さんはそれで、今はどこにいるの、家は?」
「私?」女はちょっと言い渋ったが、「今いるとこはやっぱり深川なの」
「深川は分ってるが、町は?」
「町は清住町、永代(えいたい)のじき傍(そば)さ」
「そうか、永代の傍で清住町というんだね、遊びに行くよ。番地は何番地だい?」
「清住町の二十四番地。吉田って聞きゃじき分るわ」
「吉田? 何だい、その吉田てえのは?」
「私の亭主の苗字(みょうじ)さ」と言って、女は無理に笑顔を作る。
「え※」と男は思わず目を見張って顔を見つめたが、苦笑いをして、「笑談(じょうだん)だろう?」
「あら、本当だよ。去年の秋|嫁(かたづ)いて……金さんも知っておいでだろう、以前やっぱり佃(つくだ)にいた魚屋の吉新、吉田新造って……」
「吉田新造! 知ってるとも。じゃお光さん、本当かい?」
「はあ」と術なげに頷(うなず)く。
「ふむ!」とばかり、男は酔(え)いも何も醒(さ)め果ててしまったような顔をして、両手を組んで差し俯(うつむ)いたまま辞(ことば)もない。
女もしばらくは言い出づる辞もなく、ただ愁(つら)そうに首をば垂(た)れて、自分の膝(ひざ)の吹綿(ふきわた)を弄(いじ)っていたが、「ねえ金さん、お前さんもこれを聞いたら、さぞ気貧(きまず)い女だとお思いだろうが……何しろ阿父さんには死なれてしまうし、便りにしていたお前さんはさっき言う通りで、どうも十中八九はこの世においでじゃなさそうに思われるし、と言ってほかに力になるような親内(みうち)らしい親内もないものだから、私一人ぼっちで本当に困ってしまったんだよ。そこへちょうど吉新の方から話があって、私も最初は煮えきらない返事をしていたんだけど、もう年が年だからって、傍(はた)でヤイヤイ言うものだから、私もとうとうその気になってしまったようなわけでね……金さん、お前さんも何だわ――今さらそう言ったってしようがないけど――せめて無事だというだけでも便りをしておくれだったら……もっとも話のようじゃそれもできなかったか知らないが……」
「そうさ、それが出来るようなら文句はねえんだが……」と遣瀬(やるせ)なさそうに面を挙げて、「そりゃね、お光さんが亭主を持とうとどうしようと、俺がかれこれ言う筋はねえ。ねえけれど……お光さん、お前も俺の胸の内は察してくれるだろう」
「ええ、そりゃもうね」
「せめて何か、口約束でもした中と言うならだが、元々そんなことのあったわけじゃなし、それにお前の話を聞いて見りゃ一々もっともで、どうもこれ、怨(うら)みたくも怨みようがねえ……けれど、俺は理屈はなしに怨めしいんで……」
「…………」
「何もお光さんで見りゃそんな気があって言ったんじゃあるめえが、俺がいよいよ横浜(はま)へ立つという朝、出がけにお前の家へ寄ったら、お前が繰り返し待ってるからと言ってくれた、それを俺はどんなに胸に刻んで出かけたろう! けれど、考えて見りゃ誰だってそのくらいのことはお世辞に言うことで……」
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