深見夫人の死 関連リンク

岡本 綺堂 のオススメ作品

作家別索引

作品別索引

深見夫人の死 - 岡本 綺堂 ( おかもと きどう )

  • 吉屋信子 徳川の夫人たち+続徳川の夫人たち 2冊 朝日新聞社
  • ♪即決エースをねらえお蝶夫人パロディお腸夫人ドリンク空ビン
  • 【文庫】 完訳チャタレイ夫人の恋人 ◆ ロレンス
  • ★新潮現代文学11船橋聖一「雪夫人絵図」「好きな女の胸飾り
  • M11☆未開封デアゴスティーニ オペラコレクション4 蝶々夫人
  • 【三島由紀夫】劇団浪漫劇場賛助会案内+チラシサド侯爵夫人他
  • 歴史読本(764)03年7月号★江戸300藩大名家の夫人たち
  • ●バーバラ・カートランド●よみがえる伯爵夫人 #179 メール便可
  • D・H・ロレンス「チャタレイ夫人の恋人」全2冊セット
  • 値下げ 世界文学全集第2集 16巻 チャタレイ夫人の恋人他 
次のページ
     一  実業家深見家の夫人多代子が一月下旬のある夜に、熱海海岸から投身自殺を遂げたという新聞記事世間を騒がした。  多代子はことし三十七歳であるが、実際の年よりも余ほど若くみえるといわれるほどの美しい婦人で、種々の婦人事業や貧民救済事業にもほとんど献身的に働いていることは何人(なんぴと)も知っている。その主人公の深見氏もまた実業界において稀に見るの人格者として知られていて、財産もあり、男女二人の子供もあり、家庭もきわめて円満である。彼女になんの不足があって、あるいは又なんの事情があって、突然にかかる横死(おうし)を遂げたのか、それが一種不可解の謎として世間をおどろかしたのであった。したがって、それに就いて種々の臆説が伝えられたが、いずれも文字通りの臆説であって、ほとんど信をおくに足るようなものはなかった。自殺と見せかけて、実は他殺ではないかという疑いもあったが、前後の状況に因(よ)って、それが他殺でないことだけは確かめられた。
 その新聞記事があらわれてから半月あまりの後に、わたしは某所で西島君に逢った。彼は若いときから某物産会社門司支店大連支店に勤めていて、震災以後東京へ帰って来たのである。その西島君が今度の深見夫人の一件について、こんな怪談めいたことを話した。

 あれは日露戦争の前年と覚えている。その頃わたしは門司支店に勤めていて、八月下旬暑い日の午前に、神戸行きの上り列車に乗っていた。社用でゆうべは広島に一泊して、きょうは早朝広島駅出発したのである。ことわって置くが、その頃のわたしはまだ学校を出たばかりの新参者で、二等のお客さまとして堂々と旅行する程の資格をあたえられず、三等列車に乗込んでいたのであった。
 鉄道がまだ国有にならない時代で、神戸下関間は山陽鉄道会社経営に属していた。この鉄道は乗客の待遇に最も注意を払っているというのをもって知られていたので、三等室でも決して乗り心(ごころ)は悪くない。殊に三十五銭の上等弁当のごときは、我れわれのような学生あがりの安月給取りには贅沢(ぜいたく)過ぎるほどの副食物をもって満たされているので、わたしはこの鉄道に乗って往来するごとに、上等弁当を買って食うのを一つの楽しみにしている位であった。そういうわけであるから、三等のお客さまたるをもって満足して、やがて旨(うま)い弁当が食えることを期待しながら揺られてゆくと、ゆうべ遅く寝たのと今日の暑さとで、なんだか薄ら眠くなって来た。
 わたしは我れ知らずに小(こ)一時間も眠ったらしい。なにか騒がしいような人声におどろかされて眼をさますと、わたしの車内には一つの事件出来(しゅったい)していた。車掌一人の乗客を捉えて何か談判しているのである。他の乗客もみな其の方に眼をあつめていた。中には起(た)ちあがって覗(のぞ)いているのもあった。女客などは蒼い顔をして身をすくめていた。
 唯ならぬ車内の様子にいよいよ驚かされて、だんだんその子細(しさい)を聞きただすと、列車はもうFの駅に近づいたので、三、四人の乗客はそろそろと下車の支度をはじめて、その一人が頭の上の網棚から自分の荷物をおろそうとする時に、汽車にゆられて手をはずして、半分おろしかけていた風呂敷包みをほうり出してしまった。幸いに他の乗客にはあたらなかったが、その風呂敷包みが床にどさりと投げ落されたはずみに、結び目がゆるんだとみえて、中の品物がころげ出した。それは何か缶詰が三つ四つと、大きい唐蜀黍(とうもろこし)五、六本であった。単にそれだけならば別に子細もないのであるが、その唐蜀黍のあいだから一匹の青い蛇が鎌首(かまくび)をもたげたので、他の乗客はおどろいて飛びあがった。女たち悲鳴をあげて騒いだ。
 その騒ぎに車掌もかけ付けて、汽車中へ生き物――殊に蛇などを持ち込んで来た、かの乗客に対して詮議(せんぎ)をはじめたのである。その乗客が農家の人であることは其の服装をみて大抵想像された。彼は四十五、六歳の、いかにも質朴らしい男で、日に焼けている頬をいよいよ赧(あか)らめながら、この不慮の出来事に就いて自分はまったくなんにも知らないと吶(ども)りながらに釈明した。
乗車券をみせて下さい。」と、車掌は奪うように彼の手から切符を受取って見た。「Kの駅から乗ったのですね。」
「はい。」と、男はひどく恐縮したような態度で答えた。
 彼はKの町の近在に住む者で、Fの町から一里ほど距(はな)れたところに親戚があるので、自分の畑から唐蜀黍を取り、Kの町へ出て来て蟹(かに)の缶詰を買い、それらを土産にしてこれから親戚をたずねようとするのであった。勿論、蛇などを持って来る筈(はず)がない。こんな小さな蛇は親戚の村にもたくさんに棲んでいると、彼は言った。
 農村の者が農村親戚訪問するのに、こんな蛇などをわざわざ手みやげに持って行く筈がない。一尺ぐらいに過ぎない蛇であるから、おそらくその唐蜀黍と一緒にまぎれ込んで来たものであろうとは、誰にも想像されるところである。殊に飛んでもない人騒がせをしたことを、非常に恐縮しているらしい彼のおとなしい態度が諸人の感情をやわらげた。
「そうすると、畑からまぎれ込んだのを、あなたも知らなかったのですね。では、まあ、仕方がない。早く外へ捨てて下さい。」
「はい、はい。」と、男はあやまるように頭を下げた。
「早くして下さい。もう直ぐに停車場へ着きますから。」と、車掌は催促した。


次のページ

岡本 綺堂 (おかもと きどう) 以外のオススメ作品

深見夫人の死 (ふかみふじんのし) のリンク元

「深見夫人の死-岡本 綺堂」の関連ページ


関連ページ
Web Services by Yahoo! JAPAN