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渡り鳥 - 太宰 治 ( だざい おさむ )

  •  『渡り鳥から見た地球温暖化』 中西朗
  • 東映時代劇DVD37/草間の半次郎霧の中の渡り鳥大川橋蔵月形龍之介
  • 長谷川伸全集 16巻 戯曲1 一本刀土俵入,雪の渡り鳥暗,闇の丑松他
  • 「エア・ギア 渡り鳥のシムカ(レジン完成品)送料込み」
  • ▼▲やまと 1/6Creators'Labo CL#009 渡り鳥のシムカ エア・ギア
  • ポスターZA502/渡り鳥に宿り木を
  • 映画パンフ WATARIDORI 渡り鳥の物語 ジャック・ぺラン
  • ■■■DVD 小林旭 渡り鳥 シリーズ 他 大量 28本セット
  • ⑩ビデオ★雪の渡り鳥 長谷川一夫・山本富士子★監督・加戸敏
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おもてには快楽(けらく)をよそい、心には悩みわずらう。                    ――ダンテ・アリギエリ  晩秋の夜、音楽会もすみ、日比谷公会堂から、おびただしい数の烏(からす)が、さまざまの形をして、押し合い、もみ合いしながらぞろぞろ出て来て、やがておのおのの家路に向って、むらむらぱっと飛び立つ。
山名先生じゃ、ありませんか?」
 呼びかけた一羽の烏は、無帽|蓬髪(ほうはつ)の、ジャンパー姿で、痩(や)せて背の高い青年である。
「そうですが、……」
 呼びかけられた烏は中年の、太った紳士である。青年にかわまず、有楽町のほうに向ってどんどん歩きながら、
「あなたは?」
「僕ですか?」
 青年は蓬髪を掻(か)き上げて笑い
「まあ、一介(いっかい)のデリッタンティとでも、……」
何かご用ですか?」
「ファンなんです。先生音楽評論のファンなんです。このごろ、あまりお書きにならぬようですね。」
「書いていますよ。」
 しまった! と青年は、暗闇の中で口をゆがめる。この青年は、東京の或る大学に籍を有しているのだが、制帽制服も持っていない。そうして、ジャンパーと、それから間着(あいぎ)の背広服を一揃い持っている。肉親からの仕送りがまるで無い様子で、或(あ)る時は靴磨(くつみが)きをした事もあり、また或る時は宝くじ売りをした事もあって、この頃は、表看板は或る出版社編輯(へんしゅう)の手伝いという事にして、またそれも全くの出鱈目(でたらめ)では無いが、裏でちょいちょい闇商売などに参画しているらしいので、ふところは、割にあたたかの模様である。
音楽は、モオツアルトだけですね。」
 お世辞の失敗を取りかえそうとして、山名先生のモオツアルト礼讃(らいさん)の或る小論文思い出し、おそるおそるひとりごとみたいに呟(つぶや)いて先生におもねる。
「そうとばかりも言えないが、……」
 しめた! 少しご機嫌(きげん)が直って来たようだ。賭(か)けてもいい、この先生の、外套(がいとう)の襟(えり)の蔭の頬が、ゆるんだに違いない。
 青年は図に乗り、
近代音楽堕落は、僕は、ベートーヴェンあたりからはじまっていると思うのです。音楽人間生活に向き合って対決を迫るとは、邪道だと思うんです。音楽本質は、あくまでも生活伴奏であるべきだと思うんです。僕は今夜、久し振りにモオツアルトを聞き、音楽とは、こんなものだとつくづく、……」
「僕は、ここから乗るがね。」
 有楽町駅である。
「ああ、そうですか、失礼しました。今夜は、先生とお話が出来て、うれしかったです。」
 ズボンのポケット両手を突っ込んだまま、青年は、軽くお辞儀をして、先生と別れ、くるりと廻れ右をして銀座のほうに向う。
 ベートーヴェンを聞けば、ベートーヴェンさ。モオツアルトを聞けば、モオツアルトさ。どっちだっていいじゃないか。あの先生口髭(くちひげ)をはやしていやがるけど、あの口髭趣味は難解だ。うん、どだいあの野郎には、趣味が無いのかも知れん。うん、そうだ、評論家というものには、趣味が無い、したがって嫌悪(けんお)も無い。僕も、そうかも知れん。なさけなし。しかし、口髭……。口髭を生(は)やすと歯が丈夫になるそうだが、誰かに食らいつくため、まさか。宮さまがあったな。洋服下駄(げた)ばきで、そうしてお髭が見事だった。お可哀そうに。実に、おん心理を解するに苦しんだな。髭がその人の生活に対決を迫っている感じ、とでも言おうか。寝顔が、すごいだろう。僕も、生やして見ようかしら。すると何かまた、わかる事があるかも知れない。マルクス口髭は、ありゃ何だ。いったいあれは、どういう構造になっているのかな。トウモロコシを鼻の下にさしはさんでいる感じだ。不可解デカルト口髭は、牛のよだれのようで、あれがすなわち懐疑思想……。おや? あれは、誰だったかな? 田辺さんだ、間違い無し。四十歳、女もしかし、四十になると、……いつもお小遣(こづか)い銭(せん)を持っているから、たのもしい。どだい彼女は、小造りで若く見えるから、たすかる。


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