湯ヶ原より - 国木田 独歩 ( くにきだ どっぽ )
内山君(うちやまくん)足下(そくか)
何故(なぜ)そう急(きふ)に飛(と)び出(だ)したかとの君(きみ)の質問(しつもん)は御尤(ごもつとも)である。僕(ぼく)は不幸(ふかう)にして之(これ)を君(きみ)に白状(はくじやう)してしまはなければならぬことに立到(たちいた)つた。然(しか)し或(あるひ)はこれが僕(ぼく)の幸(さいはひ)であるかも知(し)れない、たゞ僕(ぼく)の今(いま)の心(こゝろ)は確(たし)かに不幸(ふかう)と感じて居(を)るのである、これを幸(さいはひ)であつたと知ることは今後(こんご)のことであらう。しかし將來(このさき)これを幸(さいはひ)であつたと知(し)る時(とき)と雖(いへど)も、たしかに不幸(ふかう)であると感(かん)ずるに違(ちが)いない。僕(ぼく)は知(し)らないで宜(よ)い、唯(た)だ感(かん)じたくないものだ。
『こゝに一人(ひとり)の少女(せうぢよ)あり。』小説(せうせつ)は何時(いつ)でもこんな風(ふう)に初(はじ)まるもので、批評家(ひゝやうか)は戀(こひ)の小説(せうせつ)にも飽(あ)き/\したとの御注文(ごちゆうもん)、然(しか)し年若(としわか)いお互(たがひ)の身(み)に取(と)つては、事(こと)の實際(じつさい)が矢張(やは)りこんな風(ふう)に初(はじま)るのだから致(いた)し方(かた)がない。僕(ぼく)は批評家(ひゝやうか)の御注文(ごちゆうもん)に應(おう)ずべく神樣(かみさま)が僕(ぼく)及(およ)び人類(じんるゐ)を造(つく)つて呉(く)れなかつたことを感謝(かんしや)する。
去(さる)十三|日(にち)の夜(よ)、僕(ぼく)は獨(ひと)り机(つくゑ)に倚掛(よりかゝ)つてぼんやり考(かんが)へて居(ゐ)た。十|時(じ)を過(す)ぎ家(いへ)の者(もの)は寢(ね)てしまひ、外(そと)は雨(あめ)がしと/\降(ふ)つて居(ゐ)る。親(おや)も兄弟(きやうだい)もない僕(ぼく)の身(み)には、こんな晩(ばん)は頗(すこぶ)る感心(かんしん)しないので、おまけに下宿住(げしゆくずまひ)、所謂(いはゆ)る半夜燈前十年事、一時和雨到心頭といふ一|件(けん)だから堪忍(たまつ)たものでない、まづ僕(ぼく)は泣(な)きだしさうな顏(かほ)をして凝然(じつ)と洋燈(ランプ)の傘(かさ)を見(み)つめて居(ゐ)たと想像(さう/″\)し給(たま)へ。
此時(このとき)フと思(おも)ひ出(だ)したのはお絹(きぬ)のことである、お絹(きぬ)、お絹(きぬ)、君(きみ)は未(ま)だ此名(このな)にはお知己(ちかづき)でないだらう。君(きみ)ばかりでない、僕(ぼく)の朋友(ほういう)の中(うち)、何人(なんぴと)も未(いま)だ此名(このな)が如何(いか)に僕(ぼく)の心(こゝろ)に深(ふか)い、優(やさ)しい、穩(おだや)かな響(ひゞき)を傳(つた)へるかの消息(せうそく)を知(し)らないのである。『こゝに一人(ひとり)の少女(せうぢよ)あり、其名(そのな)を絹(きぬ)といふ』と僕(ぼく)は小説批評家(せうせつひゝやうか)への面當(つらあて)に今(いま)一|度(ど)特筆(とくひつ)大書(たいしよ)する。
僕(ぼく)は此(この)少女(せうぢよ)を思(おも)ひ出(だ)すと共(とも)に『戀(こひ)しい』、『見(み)たい』、『逢(あ)ひたい』の情(じやう)がむら/\とこみ上(あ)げて來(き)た。君(きみ)が何(なん)と言(い)はうとも實際(じつさい)さうであつたから仕方(しかた)がない。此(この)天地間(てんちかん)、僕(ぼく)を愛(あい)し、又(また)僕(ぼく)が愛(あい)する者(もの)は唯(た)だ此(この)少女(せうぢよ)ばかりといふ風(ふう)な感情(こゝろもち)が爲(し)て來(き)た。あゝ是(こ)れ『浮(う)きたる心(こゝろ)』だらうか、何故(なにゆゑ)に自然(しぜん)を愛(あい)する心(こゝろ)は清(きよ)く高(たか)くして、少女(せうぢよ)(人間(にんげん))を戀(こ)ふる心(こゝろ)は『浮(う)きたる心(こゝろ)』、『いやらしい心(こゝろ)』、『不健全(ふけんぜん)なる心(こゝろ)』だらうか、僕(ぼく)は一|念(ねん)こゝに及(およ)べば世(よ)の倫理學者(りんりがくしや)、健全先生(けんぜんせんせい)、批評家(ひゝやうか)、なんといふ動物(どうぶつ)を地球外(ちきうぐわい)に放逐(はうちく)したくなる、西印度(にしいんど)の猛烈(まうれつ)なる火山(くわざん)よ、何故(なにゆゑ)に爾(なんぢ)の熱火(ねつくわ)を此種(このしゆ)の動物(どうぶつ)の頭上(づじやう)には注(そゝ)がざりしぞ!
僕(ぼく)はお絹(きぬ)が梨(なし)をむいて、僕(ぼく)が獨(ひとり)で入(は)いつてる浴室(よくしつ)に、そつと持(もつ)て來(き)て呉(く)れたことを思(おも)ひ、二人(ふたり)で溪流(けいりう)に沿(そ)ふて散歩(さんぽ)したことを思(おも)ひ、其(その)優(やさ)しい言葉(ことば)を思(おも)ひ、其(その)無邪氣(むじやき)な態度(たいど)を思(おも)ひ、其(その)笑顏(ゑがほ)を思(おも)ひ、思(おも)はず机(つくゑ)を打(う)つて、『明日(あす)の朝(あさ)に行(ゆ)く!』と叫(さ)けんだ。
お絹(きぬ)とは何人(なんぴと)ぞ、君(きみ)驚(おどろ)く勿(なか)れ、藝者(げいしや)でも女郎(ぢよらう)でもない、海老茶(えびちや)式部(しきぶ)でも島田(しまだ)の令孃(れいぢやう)でもない、美人(びじん)でもない、醜婦(しうふ)でもない、たゞの女(をんな)である、湯原(ゆがはら)の温泉宿(をんせんやど)中西屋(なかにしや)の女中(ぢよちゆう)である! 今(いま)僕(ぼく)の斯(か)う筆(ふで)を執(と)つて居(を)る家(うち)の女中(ぢよちゆう)である! 田舍(ゐなか)の百姓(ひやくしやう)の娘(むすめ)である! 小田原(をだはら)は大都會(だいとくわい)と心得(こゝろえ)て居(ゐ)る田舍娘(ゐなかむすめ)! この娘(むすめ)を僕(ぼく)が知(し)つたのは昨年(さくねん)の夏(なつ)、君(きみ)も御存知(ごぞんぢ)の如(ごと)く病後(びやうご)、赤(せき)十|字社(じしや)の醫者(いしや)に勸(すゝ)められて二ヶ|月間(げつかん)此(この)湯原(ゆがはら)に滯在(たいざい)して居(ゐ)た時(とき)である。
十四|日(か)の朝(あさ)僕(ぼく)は支度(したく)も匆々(そこ/\)に宿(やど)を飛(と)び出(だ)した。銀座(ぎんざ)で半襟(はんえり)、簪(かんざし)、其他(そのた)娘(むすめ)が喜(よろこ)びさうな品(しな)を買(か)ひ整(とゝの)へて汽車(きしや)に乘(の)つた。僕(ぼく)は今日(けふ)まで女(をんな)を喜(よろこ)ばすべく半襟(はんえり)を買(か)はなかつたが、若(も)し彼(あ)の娘(むすめ)に此等(これら)の品(しな)を與(やつ)たら如何(どんな)に喜(よろ)こぶだらうと思(おも)ふと、僕(ぼく)もうれしくつて堪(たま)らなかつた。見榮坊(みえばう)! 世(よ)には見榮(みえ)で女(をんな)に物(もの)を與(や)つたり、與(や)らなかつたりする者(もの)が澤山(たくさん)ある。僕(ぼく)は心(こゝろ)から此(この)貧(まづ)しい贈物(おくりもの)を我愛(わがあい)する田舍娘(ゐなかむすめ)に呈上(ていじやう)する!
夜來(やらい)の雨(あめ)はあがつたが、空氣(くうき)は濕(しめ)つて、空(そら)には雲(くも)が漂(たゞよ)ふて居(ゐ)た。夏(なつ)の初(はじめ)の旅(たび)、僕(ぼく)は何(なに)よりも是(これ)が好(すき)で、今日(こんにち)まで數々(しば/\)此(この)季節(きせつ)に旅行(りよかう)した、然(しか)しあゝ何等(なんら)の幸福(かうふく)ぞ、胸(むね)に樂(たの)しい、嬉(う)れしい空想(くうさう)を懷(いだ)きながら、今夜(こんや)は彼(あ)の娘(むすめ)に遇(あ)はれると思(おも)ひながら、今夜(こんや)は彼(あ)の清(きよ)く澄(す)んだ温泉(をんせん)に入(はひ)られると思(おも)ひながら、此(この)好時節(かうじせつ)に旅行(りよかう)せんとは。
國府津(こふづ)で下(お)りた時(とき)は日光(につくわう)雲間(くもま)を洩(も)れて、新緑(しんりよく)の山(やま)も、野(の)も、林(はやし)も、眼(め)さむるばかり輝(かゞや)いて來(き)た。愉快(ゆくわい)! 電車(でんしや)が景氣(けいき)よく走(はし)り出(だ)す、函嶺(はこね)諸峰(しよほう)は奧(おく)ゆかしく、嚴(おごそ)かに、面(おもて)を壓(あつ)して近(ちかづ)いて來(く)る! 輕(かる)い、淡々(あは/\)しい雲(くも)が沖(おき)なる海(うみ)の上(うへ)を漂(たゞよ)ふて居(を)る、鴎(かもめ)が飛(と)ぶ、浪(なみ)が碎(くだ)ける、そら雲(くも)が日(ひ)を隱(か)くした! 薄(うす)い影(かげ)が野(の)の上(うへ)を、海(うみ)の上(うへ)を這(は)う、忽(たちま)ち又(また)明(あか)るくなる、此時(このとき)僕(ぼく)は決(けつ)して自分(じぶん)を不幸(ふしあはせ)な男(をとこ)とは思(おも)はなかつた。又(また)決(けつ)して厭世家(えんせいか)たるの權利(けんり)は無(な)かつた。
小田原(をだはら)へ着(つ)いて何時(いつ)も感(かん)ずるのは、自分(じぶん)もどうせ地上(ちじやう)に住(す)むならば此處(こゝ)に住(す)みたいといふことである。古(ふる)い城(しろ)、高(たか)い山(やま)、天(てん)に連(つ)らなる大洋(たいやう)、且(か)つ樹木(じゆもく)が繁(しげ)つて居(を)る。洋畫(やうぐわ)に依(よ)つて身(み)を立(た)てやうといふ僕(ぼく)の空想(くうさう)としては此處(こゝ)に永住(えいぢゆう)の家(いへ)を持(も)ちたいといふのも無理(むり)ではなからう。
小田原(をだはら)から先(さき)は例(れい)の人車鐵道(じんしやてつだう)。僕(ぼく)は一|時(とき)も早(はや)く湯原(ゆがはら)へ着(つ)きたいので好(す)きな小田原(をだはら)に半日(はんにち)を送(おく)るほどの樂(たのしみ)も捨(すて)て、電車(でんしや)から下(お)りて晝飯(ちうじき)を終(をは)るや直(す)ぐ人車(じんしや)に乘(の)つた。人車(じんしや)へ乘(の)ると最早(もはや)半分(はんぶん)湯(ゆ)ヶ|原(はら)に着(つ)いた氣(き)になつた。此(この)人車鐵道(じんしやてつだう)の目的(もくてき)が熱海(あたみ)、伊豆山(いづさん)、湯(ゆ)ヶ|原(はら)の如(ごと)き温泉地(をんせんち)にあるので、これに乘(の)れば最早(もはや)大丈夫(だいぢやうぶ)といふ氣(き)になるのは温泉行(をんせんゆき)の人々(ひと/″\)皆(み)な同感(どうかん)であらう。
人車(じんしや)は徐々(じよ/\)として小田原(をだはら)の町(まち)を離(はな)れた。僕(ぼく)は窓(まど)から首(くび)を出(だ)して見(み)て居(ゐ)る。忽(たちま)ちラツパを勇(いさ)ましく吹(ふ)き立(た)てゝ車(くるま)は傾斜(けいしや)を飛(と)ぶやうに滑(すべ)る。空(そら)は名殘(なごり)なく晴(は)れた。海風(かいふう)は横(よこ)さまに窓(まど)を吹(ふ)きつける。顧(かへり)みると町(まち)の旅館(りよかん)の旗(はた)が竿頭(かんとう)に白(しろ)く動(うご)いて居(を)る。
僕(ぼく)は頭(かしら)を轉(てん)じて行手(ゆくて)を見(み)た。すると軌道(レール)に沿(そ)ふて三|人(にん)、田舍者(ゐなかもの)が小田原(をだはら)の城下(じやうか)へ出(で)るといふ旅裝(いでたち)、赤(あか)く見(み)えるのは娘(むすめ)の、白(しろ)く見(み)えるのは老母(らうぼ)の、からげた腰(こし)も頑丈(ぐわんぢやう)らしいのは老父(おやぢ)さんで、人車(じんしや)の過(す)ぎゆくのを避(さ)ける積(つも)りで立(た)つて此方(こつち)を向(む)いて居(ゐ)る。『オヤお絹(きぬ)!』と思(おも)ふ間(ま)もなく車(くるま)は飛(と)ぶ、三|人(にん)は忽(たちま)ち窓(まど)の下(した)に來(き)た。
『お絹(きぬ)さん!』と僕(ぼく)は思(おも)はず手(て)を擧(あ)げた。お絹(きぬ)はにつこり笑(わら)つて、さつと顏(かほ)を赤(あか)めて、禮(れい)をした。人(ひと)と車(くるま)との間(あひだ)は見(み)る/\遠(とほ)ざかつた。
若(も)し同車(どうしや)の人(ひと)が無(な)かつたら僕(ぼく)は地段駄(ぢだんだ)を踏(ふ)んだらう、帽子(ばうし)を投(な)げつけたゞらう。僕(ぼく)と向(む)き合(あ)つて、眞面目(まじめ)な顏(かほ)して居(ゐ)る役人(やくにん)らしい先生(せんせい)が居(ゐ)るではないか、僕(ぼく)は唯(た)だがつかりして手(て)を拱(こま)ぬいてしまつた。
言(い)はでも知(し)るお絹(きぬ)は最早(もはや)中西屋(なかにしや)に居(ゐ)ないのである、父母(ふぼ)の家(いへ)に歸(かへ)り、嫁入(よめいり)の仕度(したく)に取(と)りかゝつたのである。
『こゝに一人(ひとり)の少女(せうぢよ)あり。』小説(せうせつ)は何時(いつ)でもこんな風(ふう)に初(はじ)まるもので、批評家(ひゝやうか)は戀(こひ)の小説(せうせつ)にも飽(あ)き/\したとの御注文(ごちゆうもん)、然(しか)し年若(としわか)いお互(たがひ)の身(み)に取(と)つては、事(こと)の實際(じつさい)が矢張(やは)りこんな風(ふう)に初(はじま)るのだから致(いた)し方(かた)がない。僕(ぼく)は批評家(ひゝやうか)の御注文(ごちゆうもん)に應(おう)ずべく神樣(かみさま)が僕(ぼく)及(およ)び人類(じんるゐ)を造(つく)つて呉(く)れなかつたことを感謝(かんしや)する。
去(さる)十三|日(にち)の夜(よ)、僕(ぼく)は獨(ひと)り机(つくゑ)に倚掛(よりかゝ)つてぼんやり考(かんが)へて居(ゐ)た。十|時(じ)を過(す)ぎ家(いへ)の者(もの)は寢(ね)てしまひ、外(そと)は雨(あめ)がしと/\降(ふ)つて居(ゐ)る。親(おや)も兄弟(きやうだい)もない僕(ぼく)の身(み)には、こんな晩(ばん)は頗(すこぶ)る感心(かんしん)しないので、おまけに下宿住(げしゆくずまひ)、所謂(いはゆ)る半夜燈前十年事、一時和雨到心頭といふ一|件(けん)だから堪忍(たまつ)たものでない、まづ僕(ぼく)は泣(な)きだしさうな顏(かほ)をして凝然(じつ)と洋燈(ランプ)の傘(かさ)を見(み)つめて居(ゐ)たと想像(さう/″\)し給(たま)へ。
此時(このとき)フと思(おも)ひ出(だ)したのはお絹(きぬ)のことである、お絹(きぬ)、お絹(きぬ)、君(きみ)は未(ま)だ此名(このな)にはお知己(ちかづき)でないだらう。君(きみ)ばかりでない、僕(ぼく)の朋友(ほういう)の中(うち)、何人(なんぴと)も未(いま)だ此名(このな)が如何(いか)に僕(ぼく)の心(こゝろ)に深(ふか)い、優(やさ)しい、穩(おだや)かな響(ひゞき)を傳(つた)へるかの消息(せうそく)を知(し)らないのである。『こゝに一人(ひとり)の少女(せうぢよ)あり、其名(そのな)を絹(きぬ)といふ』と僕(ぼく)は小説批評家(せうせつひゝやうか)への面當(つらあて)に今(いま)一|度(ど)特筆(とくひつ)大書(たいしよ)する。
僕(ぼく)は此(この)少女(せうぢよ)を思(おも)ひ出(だ)すと共(とも)に『戀(こひ)しい』、『見(み)たい』、『逢(あ)ひたい』の情(じやう)がむら/\とこみ上(あ)げて來(き)た。君(きみ)が何(なん)と言(い)はうとも實際(じつさい)さうであつたから仕方(しかた)がない。此(この)天地間(てんちかん)、僕(ぼく)を愛(あい)し、又(また)僕(ぼく)が愛(あい)する者(もの)は唯(た)だ此(この)少女(せうぢよ)ばかりといふ風(ふう)な感情(こゝろもち)が爲(し)て來(き)た。あゝ是(こ)れ『浮(う)きたる心(こゝろ)』だらうか、何故(なにゆゑ)に自然(しぜん)を愛(あい)する心(こゝろ)は清(きよ)く高(たか)くして、少女(せうぢよ)(人間(にんげん))を戀(こ)ふる心(こゝろ)は『浮(う)きたる心(こゝろ)』、『いやらしい心(こゝろ)』、『不健全(ふけんぜん)なる心(こゝろ)』だらうか、僕(ぼく)は一|念(ねん)こゝに及(およ)べば世(よ)の倫理學者(りんりがくしや)、健全先生(けんぜんせんせい)、批評家(ひゝやうか)、なんといふ動物(どうぶつ)を地球外(ちきうぐわい)に放逐(はうちく)したくなる、西印度(にしいんど)の猛烈(まうれつ)なる火山(くわざん)よ、何故(なにゆゑ)に爾(なんぢ)の熱火(ねつくわ)を此種(このしゆ)の動物(どうぶつ)の頭上(づじやう)には注(そゝ)がざりしぞ!
僕(ぼく)はお絹(きぬ)が梨(なし)をむいて、僕(ぼく)が獨(ひとり)で入(は)いつてる浴室(よくしつ)に、そつと持(もつ)て來(き)て呉(く)れたことを思(おも)ひ、二人(ふたり)で溪流(けいりう)に沿(そ)ふて散歩(さんぽ)したことを思(おも)ひ、其(その)優(やさ)しい言葉(ことば)を思(おも)ひ、其(その)無邪氣(むじやき)な態度(たいど)を思(おも)ひ、其(その)笑顏(ゑがほ)を思(おも)ひ、思(おも)はず机(つくゑ)を打(う)つて、『明日(あす)の朝(あさ)に行(ゆ)く!』と叫(さ)けんだ。
お絹(きぬ)とは何人(なんぴと)ぞ、君(きみ)驚(おどろ)く勿(なか)れ、藝者(げいしや)でも女郎(ぢよらう)でもない、海老茶(えびちや)式部(しきぶ)でも島田(しまだ)の令孃(れいぢやう)でもない、美人(びじん)でもない、醜婦(しうふ)でもない、たゞの女(をんな)である、湯原(ゆがはら)の温泉宿(をんせんやど)中西屋(なかにしや)の女中(ぢよちゆう)である! 今(いま)僕(ぼく)の斯(か)う筆(ふで)を執(と)つて居(を)る家(うち)の女中(ぢよちゆう)である! 田舍(ゐなか)の百姓(ひやくしやう)の娘(むすめ)である! 小田原(をだはら)は大都會(だいとくわい)と心得(こゝろえ)て居(ゐ)る田舍娘(ゐなかむすめ)! この娘(むすめ)を僕(ぼく)が知(し)つたのは昨年(さくねん)の夏(なつ)、君(きみ)も御存知(ごぞんぢ)の如(ごと)く病後(びやうご)、赤(せき)十|字社(じしや)の醫者(いしや)に勸(すゝ)められて二ヶ|月間(げつかん)此(この)湯原(ゆがはら)に滯在(たいざい)して居(ゐ)た時(とき)である。
十四|日(か)の朝(あさ)僕(ぼく)は支度(したく)も匆々(そこ/\)に宿(やど)を飛(と)び出(だ)した。銀座(ぎんざ)で半襟(はんえり)、簪(かんざし)、其他(そのた)娘(むすめ)が喜(よろこ)びさうな品(しな)を買(か)ひ整(とゝの)へて汽車(きしや)に乘(の)つた。僕(ぼく)は今日(けふ)まで女(をんな)を喜(よろこ)ばすべく半襟(はんえり)を買(か)はなかつたが、若(も)し彼(あ)の娘(むすめ)に此等(これら)の品(しな)を與(やつ)たら如何(どんな)に喜(よろ)こぶだらうと思(おも)ふと、僕(ぼく)もうれしくつて堪(たま)らなかつた。見榮坊(みえばう)! 世(よ)には見榮(みえ)で女(をんな)に物(もの)を與(や)つたり、與(や)らなかつたりする者(もの)が澤山(たくさん)ある。僕(ぼく)は心(こゝろ)から此(この)貧(まづ)しい贈物(おくりもの)を我愛(わがあい)する田舍娘(ゐなかむすめ)に呈上(ていじやう)する!
夜來(やらい)の雨(あめ)はあがつたが、空氣(くうき)は濕(しめ)つて、空(そら)には雲(くも)が漂(たゞよ)ふて居(ゐ)た。夏(なつ)の初(はじめ)の旅(たび)、僕(ぼく)は何(なに)よりも是(これ)が好(すき)で、今日(こんにち)まで數々(しば/\)此(この)季節(きせつ)に旅行(りよかう)した、然(しか)しあゝ何等(なんら)の幸福(かうふく)ぞ、胸(むね)に樂(たの)しい、嬉(う)れしい空想(くうさう)を懷(いだ)きながら、今夜(こんや)は彼(あ)の娘(むすめ)に遇(あ)はれると思(おも)ひながら、今夜(こんや)は彼(あ)の清(きよ)く澄(す)んだ温泉(をんせん)に入(はひ)られると思(おも)ひながら、此(この)好時節(かうじせつ)に旅行(りよかう)せんとは。
國府津(こふづ)で下(お)りた時(とき)は日光(につくわう)雲間(くもま)を洩(も)れて、新緑(しんりよく)の山(やま)も、野(の)も、林(はやし)も、眼(め)さむるばかり輝(かゞや)いて來(き)た。愉快(ゆくわい)! 電車(でんしや)が景氣(けいき)よく走(はし)り出(だ)す、函嶺(はこね)諸峰(しよほう)は奧(おく)ゆかしく、嚴(おごそ)かに、面(おもて)を壓(あつ)して近(ちかづ)いて來(く)る! 輕(かる)い、淡々(あは/\)しい雲(くも)が沖(おき)なる海(うみ)の上(うへ)を漂(たゞよ)ふて居(を)る、鴎(かもめ)が飛(と)ぶ、浪(なみ)が碎(くだ)ける、そら雲(くも)が日(ひ)を隱(か)くした! 薄(うす)い影(かげ)が野(の)の上(うへ)を、海(うみ)の上(うへ)を這(は)う、忽(たちま)ち又(また)明(あか)るくなる、此時(このとき)僕(ぼく)は決(けつ)して自分(じぶん)を不幸(ふしあはせ)な男(をとこ)とは思(おも)はなかつた。又(また)決(けつ)して厭世家(えんせいか)たるの權利(けんり)は無(な)かつた。
小田原(をだはら)へ着(つ)いて何時(いつ)も感(かん)ずるのは、自分(じぶん)もどうせ地上(ちじやう)に住(す)むならば此處(こゝ)に住(す)みたいといふことである。古(ふる)い城(しろ)、高(たか)い山(やま)、天(てん)に連(つ)らなる大洋(たいやう)、且(か)つ樹木(じゆもく)が繁(しげ)つて居(を)る。洋畫(やうぐわ)に依(よ)つて身(み)を立(た)てやうといふ僕(ぼく)の空想(くうさう)としては此處(こゝ)に永住(えいぢゆう)の家(いへ)を持(も)ちたいといふのも無理(むり)ではなからう。
小田原(をだはら)から先(さき)は例(れい)の人車鐵道(じんしやてつだう)。僕(ぼく)は一|時(とき)も早(はや)く湯原(ゆがはら)へ着(つ)きたいので好(す)きな小田原(をだはら)に半日(はんにち)を送(おく)るほどの樂(たのしみ)も捨(すて)て、電車(でんしや)から下(お)りて晝飯(ちうじき)を終(をは)るや直(す)ぐ人車(じんしや)に乘(の)つた。人車(じんしや)へ乘(の)ると最早(もはや)半分(はんぶん)湯(ゆ)ヶ|原(はら)に着(つ)いた氣(き)になつた。此(この)人車鐵道(じんしやてつだう)の目的(もくてき)が熱海(あたみ)、伊豆山(いづさん)、湯(ゆ)ヶ|原(はら)の如(ごと)き温泉地(をんせんち)にあるので、これに乘(の)れば最早(もはや)大丈夫(だいぢやうぶ)といふ氣(き)になるのは温泉行(をんせんゆき)の人々(ひと/″\)皆(み)な同感(どうかん)であらう。
人車(じんしや)は徐々(じよ/\)として小田原(をだはら)の町(まち)を離(はな)れた。僕(ぼく)は窓(まど)から首(くび)を出(だ)して見(み)て居(ゐ)る。忽(たちま)ちラツパを勇(いさ)ましく吹(ふ)き立(た)てゝ車(くるま)は傾斜(けいしや)を飛(と)ぶやうに滑(すべ)る。空(そら)は名殘(なごり)なく晴(は)れた。海風(かいふう)は横(よこ)さまに窓(まど)を吹(ふ)きつける。顧(かへり)みると町(まち)の旅館(りよかん)の旗(はた)が竿頭(かんとう)に白(しろ)く動(うご)いて居(を)る。
僕(ぼく)は頭(かしら)を轉(てん)じて行手(ゆくて)を見(み)た。すると軌道(レール)に沿(そ)ふて三|人(にん)、田舍者(ゐなかもの)が小田原(をだはら)の城下(じやうか)へ出(で)るといふ旅裝(いでたち)、赤(あか)く見(み)えるのは娘(むすめ)の、白(しろ)く見(み)えるのは老母(らうぼ)の、からげた腰(こし)も頑丈(ぐわんぢやう)らしいのは老父(おやぢ)さんで、人車(じんしや)の過(す)ぎゆくのを避(さ)ける積(つも)りで立(た)つて此方(こつち)を向(む)いて居(ゐ)る。『オヤお絹(きぬ)!』と思(おも)ふ間(ま)もなく車(くるま)は飛(と)ぶ、三|人(にん)は忽(たちま)ち窓(まど)の下(した)に來(き)た。
『お絹(きぬ)さん!』と僕(ぼく)は思(おも)はず手(て)を擧(あ)げた。お絹(きぬ)はにつこり笑(わら)つて、さつと顏(かほ)を赤(あか)めて、禮(れい)をした。人(ひと)と車(くるま)との間(あひだ)は見(み)る/\遠(とほ)ざかつた。
若(も)し同車(どうしや)の人(ひと)が無(な)かつたら僕(ぼく)は地段駄(ぢだんだ)を踏(ふ)んだらう、帽子(ばうし)を投(な)げつけたゞらう。僕(ぼく)と向(む)き合(あ)つて、眞面目(まじめ)な顏(かほ)して居(ゐ)る役人(やくにん)らしい先生(せんせい)が居(ゐ)るではないか、僕(ぼく)は唯(た)だがつかりして手(て)を拱(こま)ぬいてしまつた。
言(い)はでも知(し)るお絹(きぬ)は最早(もはや)中西屋(なかにしや)に居(ゐ)ないのである、父母(ふぼ)の家(いへ)に歸(かへ)り、嫁入(よめいり)の仕度(したく)に取(と)りかゝつたのである。
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