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演劇より文学を排除すべきか - 岸田 国士 ( きしだ くにお )

  • 『小学校演劇脚本集』日本演劇教育連盟★演劇と教育 晩成書房☆
  • 毛皮族/町田マリー他直筆サイン入り!演劇誌【演劇ぶっく】03/2
  • ■中古雑誌■演劇ぶっく社『演劇ぶっく』1993年4月号(No.42)
  • 学校演劇脚本集’81 編集:日本演劇教育連盟
  • 演劇台本☆エチュード☆文学座付属演劇研究所テキスト
  • 演劇ぶっく99.4/えんぶチャートいのうえ西遊記G2片桐楳図かずお
  • 演劇ぶっく 2005.2 113●三谷幸喜 深津絵里 上川隆也 阿部サダヲ
  • 石原さとみ/主演・出演劇場映画チラシ8種類セット 美品
  • 尾上菊五郎 演劇界臨時増刊 昭和48年 古い歌舞伎資料
  • [演劇] 同時代人としての唐十郎 山口猛 (著)
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岸田國士  かういふ標題で、最近のヌウヴェル・リテレエルは、リュシアン・デカアヴの興味ある調査を掲げてゐる。別に結論らしい結論もないから、面白い事実」だけを拾つてみる。

 モオリス・バレスは一八八四年、「墨痕(タアシュ・ダンクル)」といふ文芸雑誌を出したが、その創刊号に次の如き宣言を書いた。
「この雑誌文芸雑誌であるから、滅多に演劇に関する記事は載せないつもりだ」
 十年後、彼は、「議会の一日」といふ一幕物を書いてアントワアヌの自由劇場に持ち込んだ。ところで、この戯曲単行本にして出す時、その序文で、彼は、再び戯曲に筆を染めるかどうかわからぬと告白し、ヴィニイが「舞台芸術くらゐ狭い芸術はない。しかもあらゆる拘束受けなければならぬ」と云つた言葉を引いて、それとなく芝居は苦手だといふ顔をして見せた。

 シャトオブリヤンには、「モイズ」といふ詩劇があるが、一度も上演されなかつた。

 バルベエ・ドオルヴィリイは、芝居に縁のない作家一人であるが、戯曲のことをかう書いてゐる。
乞食芸術である。誰彼となく手を差し出す――劇場主に、背景画家に、衣裳係に、俳優に……。そして、何れ時代に於ても、大衆の頭と同じ水準に自分をおくことにのみ汲々としてゐる。それは、大衆に支へられて生き、大衆に向つて呼びかけるものだからである」。彼はなほ云ふ。「人類総ての愚劣さのなかにあつて、劇文学のみは最も結構な愚劣さなのだらうか」

 大作家と呼ばれる人々のうちで、芝居に手をつけない人は少い。ラマルチィヌ、ミシュレ、テエヌ、などは芝居関係がないらしい。

 アミアン図書館に保管されてあるボオドレエルの遺稿の中から、韻文劇「イデオルス或はマノエル」の草案発見された。これは、プラロンといふ無名の協力者と合作をする筈だつたらしい。

 三年前に、エドガア・ポオの未完成のドラマが、出版された。モルガン図書館発見されたものである。断片的な草稿であるが、ポオの劇作家的天分を知らしめるといふほどのものではない。

 ルナンも一時芝居食指を動かしたことがある。一八八六年、ヴィクトオル・ユゴオの誕生日に、「千八百〇二年」と題する対話劇をコメディイ・フランセエズで上演させてゐる。
 これは、死者対話であつて、死者とは即ち、コルネイユ、ラシイヌ、ボアロオ、ヴォルテエル、ディドロの面々である。
 それからまた、「哲学劇」数篇を物してゐるが、ルナン自ら、「上演の意図毛頭これなし」と云つてゐるにも拘はらず、ラ・デュウゼが、そのうちの一篇「ジュアアルの尼院長」を伊太利舞台にかけた。
 アントワアヌも、自由劇場の上演目録中にこれを加へようと思つて、ルナンに許を乞ふた。ところが、ルナンの返事は「ユゴオの誕生日一寸した思ひつきをやつてみたのだが、その経験によると、自分書くやうな仏蘭西語は、どうも役者が覚えにくいらしいから」といふのであつた。でも、兎に角といふ話になると、ルナンは、アントワアヌに、それでは、主人公ジュリイの役を誰がやる。心当りがあるかと問ふた。アントワアヌは早速サラ・ベルナアルのところへ駈けつけた。そして、ラ・デュウゼが演つた役だと話すと、サラは傍らの侍女を顧みて、「お前、ラ・デュウゼつて女を知つてるかい」と尋ねたものである。侍女の答はかうであつた。「はい、存じをります。でも、いい加減なもんでございますよ」
 そこで、「ジュアアルの尼院長」は自由劇場の上演目録から消え失せた次第である。

 一八〇四年頃はスタンダアルにとつて、芝居でなければ夜が明けぬ時代だつた。彼は、いろいろな脚本のプランを樹てた。悲劇二つ、浪漫劇一つ、オペラ一つ、喜劇数種、そのなかで、韻文喜劇一つは書きかけて完成しなかつたが、標題を初め「ルテリエ家の人々」とし、次に「二人の男」と変へ、更に「果報」と改めた。彼は金のいる時代だつた。二十一歳の遊蕩児である。国立劇場脚本を売り込む算段をしてゐたのである。彼は後年、その天職を他の形式に見出した。損はしてゐない筈だ。

 フロオベエルの劇文学侵入が、無残な結果を生んだことは周知の事実である。喜劇候補者」、夢幻劇「心の城」は「ボ※リイ夫人」の足もとにも及ばない。

 ヴェルレエヌも、リラダン舞台では失敗である。ヴェルレエヌの韻文狂言「お互に」は、ポオル・フォオルの肝入りでゴオギャン後援のために催された慈善興行の上演目録に加へられた。それからオオバン夫人」といふ戯曲の草稿が遺つてゐることも附け加へよう。
 リラダン戯曲新世界」は、一八七五年、亜米利加独立記念賞金受けたことで有名になつた。アントワアヌが、自由劇場で「脱走」一幕を上演したことも記録に遺つてゐる。ゴンクウルの「教姉フィロメエヌ」と同時である。それから、「反逆」といふのはデュマ・フィスにデディケエトされた脚本で、これもデュマの骨折りで脚光を見た筈である。


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