点頭録 関連リンク

夏目 漱石 のオススメ作品

作家別索引

作品別索引

点頭録 - 夏目 漱石 ( なつめ そうせき )

  • 古書「名著複刻全集 鶉籠 夏目漱石」
  • 朗読CD 朗読街道38「文鳥」夏目漱石 試聴あり
  • 朗読CD 朗読街道2「夢十夜」夏目漱石 試聴あり
  • 漱石全集 夏目漱石 岩波書店 新書版 全35冊揃
  • ◆新品DVD★『NHK 名作の風景 8』森鴎外 正岡子規 夏目漱石1円
  • ★夏目漱石「草枕」「三四郎」「門」「行人」昭和33年・初版
  • 夏目漱石・坊ちゃん〈上下巻〉◇新潮カセットブック
  • 夏目漱石☆大型本上下巻セット!「ザ・漱石」大活字版(眼鏡無用)
  • ☆社長としての夏目漱石 (単行本) 富永 直久☆切手O
  • 本◎夏目漱石 著【硝子戸の中 他一編】外函付(旺文社)/JJ
次のページ
       一  また正月が来た。振り返ると過去が丸で夢のやうに見える。何時の間(ま)に斯(か)う年齢(とし)を取つたものか不思議な位である。
 此(この)感じをもう少し強めると、過去は夢としてさへ存在しなくなる。全くの無になつてしまふ。実際近頃の私(わたくし)は時々たゞの無として自分過去を観(くわん)ずる事がしば/\ある。いつぞや上野展覧会を見に行つた時、公園の森の下を歩きながら、自分は或(ある)目的をもつて先刻(さつき)から足を運ばせてゐるにも拘(かゝ)はらず、未(いま)だ曾(かつ)て一|寸(すん)も動いてゐないのだと考へたりした。是(これ)は耄碌(もうろく)の結果ではない。宅(うち)を出て、電車に乗つて、山下で降りて、それから靴で大地の上をしかと踏んだといふ記憶を慥(たし)かに有(も)つた上の感じなのである。自分は其時(そのとき)終日|行(ゆ)いて未(いま)だ曾(かつ)て行(ゆ)かずといふ句が何処(どこ)かにあるやうな気がした。さうして其(その)句の意味は斯(か)ういふ心持を表現したものではなからうかとさへ思つた。
 これをもつと六(む)づかしい哲学的な言葉で云(い)ふと、畢竟(ひつきやう)ずるに過去は一の仮象(かしやう)に過ぎないといふ事にもなる。金剛経にある過去|心(しん)は不可得(ふかとく)なりといふ意義にも通ずるかも知れない。さうして当来(たうらい)の念々(ねん/\)は悉(こと/″\)く刹那(せつな)の現在からすぐ過去流れ込むものであるから、又瞬刻の現在から何等の段落なしに未来を生み出すものであるから、過去に就(つい)て云ひ得(う)べき事は現在に就ても言ひ得(う)べき道理であり、また未来に就(つ)いても下し得(う)べき理窟であるとすると、一生は終(つひ)に夢よりも不確実なものになつてしまはなければならない。
 斯(か)ういふ見地から我(われ)といふものを解釈したら、いくら正月が来ても、自分は決して年齢(とし)を取る筈(はず)がないのである。年齢(とし)を取るやうに見えるのは、全く暦と鏡の仕業(しわざ)で、其(その)暦も鏡も実は無に等しいのである。
 驚くべき事は、これと同時に、現在の我が天地を蔽(おほ)ひ尽して儼存(げんそん)してゐるといふ確実な事実である。一挙手一投足の末に至る迄(まで)此(この)「我(われ)」が認識しつゝ絶えず過去へ繰越(くりこ)してゐるといふ動かしがたい真境(しんきやう)である。だから其処(そこ)に眼を付けて自分の後(うしろ)を振り返ると、過去は夢|所(どころ)ではない。炳乎(へいこ)として明らかに刻下(こくか)の我を照(てら)しつゝある探照燈のやうなものである。従つて正月が来るたびに、自分は矢張り世間|並(なみ)に年齢(とし)を取つて老い朽ちて行かなければならなくなる。
 生活に対する此(この)二つの見方が、同時にしかも矛盾なしに両存して、普通にいふ所の論理を超越してゐる異様な現象に就(つ)いて、自分は今何も説明する積(つもり)はない。又解剖する手腕も有(も)たない。たゞ年頭に際して、自分は此(この)一体二様の見解を抱いて、わが全生活を、大正五年の潮流に任(まか)せる覚悟をした迄である。
 若(も)し無に即して云(い)へば、自分は今度の春を迎へる必要も何もない。否(いな)明治の始めから生れないのと同じやうなものである。然(しか)し有(う)になづんで云へば、多病な身体(からだ)が又一年|生(い)き延びるにつれて、自分の為(な)すべき事はそれ丈(だけ)量に於(おい)て増すのみならず、質に於(おい)ても幾分(いくぶん)か改良されないとも限らない。従つて天が自分に又一年寿命を借(か)して呉(く)れた事は、平常から時間の欠乏を感じてゐる自分に取つては、何(ど)の位の幸福になるか分らない。自分出来る丈(だけ)余命のあらん限りを最善に利用したいと心掛けてゐる。
 趙州(でうしう)和尚といふ有名な唐の坊さんは、趙州古仏晩年発心(ほつしん)と人に云(い)はれた丈(だけ)あつて、六十一になつてから初めて道に志(こゝろざ)した奇特(きどく)な心懸の人である。七歳の童児なりとも、我に勝(まさ)るものには我れ即(すなは)ち彼に問はん、百歳の老翁(らうをう)なりとも我に及ばざる者には我れ即ち侘(た)を教へんと云つて、南泉(なんせん)といふ禅坊さんの所へ行つて二十年間|倦(う)まずに修業を継続したのだから、卒業した時にはもう八十になつてしまつたのである。夫(それ)から趙州の観音院に移つて、始めて人を得度(とくど)し出した。さうして百二十高齢に至る迄|化導(けだう)を専(もつぱ)らにした。
 寿命自分極めるものでないから、固(もと)より予測出来ない。自分は多病だけれども、趙州の初発心(しよほつしん)の時よりもまだ十年も若い。たとひ百二十|迄(まで)生きないにしても、力の続く間、努力すればまだ少しは何か出来る様に思ふ。それで私は天寿の許す限り趙州の顰(ひそみ)にならつて奮励する心組(こゝろくみ)でゐる。古仏と云(い)はれた人の真似(まね)も長命も、無論自分の分(ぶん)でないかも知れないけれども、羸弱(るゐじやく)なら羸弱(るゐじやく)なりに、現にわが眼前に開展する月日に対して、あらゆる意味に於(おい)ての感謝の意を致して、自己の天分の有(あ)り丈(たけ)を尽さうと思ふのである。
 自分は点頭録(てんとうろく)の最初に是丈(これだけ)の事を云つて置かないと気が済まなくなつた。

       二 軍国主義(一)

 今度の欧洲(おうしう)戦争爆発した当時、自分は或人(あるひと)から突然質問を掛けられた。
「何(ど)んな影響が出て来るでせう」
「左様(さやう)」
 自分は実際考へる暇(ひま)を有(も)たなかつた。けれども答へなければならなかつた。
「何(ど)んな影響が出て来るか、来て見なければ無論解りませんけれども、何しろ吾々が是(これ)はと驚ろくやうな目覚(めざ)ましい結果は予期しにくいやうに思ひます。元来|事(こと)の起りが宗教にも道義にも乃至(ないし)一般人類に共通な深い根柢を有した思想なり感情なり欲求なりに動かされたものでない以上、何方(どつち)が勝つた所で、善が栄えるといふ訳(わけ)でもなし、又|何方(どつち)が負けたにした所で、真(しん)が勢(いきほひ)を失ふといふ事にもならず、美が輝(かゞやき)を減ずるといふ羽目(はめ)にも陥る危険はないぢやありませんか」
 自分はさう云(い)ひ切つて仕舞(しま)つた。さうして戦争の展開する場面非常に広い割に、又それに要する破壊動力が凄(すさま)じい位(くらゐ)猛烈な割に、案外落付いてゐられるのは、全く此(この)見解が知らず/\胸の裡(うち)にあるからだらうと、私(ひそ)かに自分自分判断した。
 実際|此(この)戦争から人間信仰革命を引き起すやうな結果は出て来やうとも思はれない。又従来の倫理観を一変するやうな段落が生じやうとも考へられない。これが為(ため)に美醜(びしう)の標準に狂(くる)ひが出やうとは猶更(なほさら)懸念できない。何(ど)の方面から見ても、吾々の精神生活が急劇な変化受けて、所謂(いはゆる)文明なるものゝ本流に、強い角度の方向転換が行はれる虞(おそれ)はないのである。
 戦争と名のつくものゝ多くは古来から大抵|斯(こ)んなものかも知れないが、ことに今度の戦争は、其(その)仕懸(しかけ)の空前に大袈裟(おほげさ)な丈(だけ)に、やゝともすると深みの足りない裏面を対照として却(かへつ)て思ひ出させる丈(だけ)である。


次のページ

夏目 漱石 (なつめ そうせき) 以外のオススメ作品

点頭録 (てんとうろく) のリンク元

「点頭録-夏目 漱石」の関連ページ

  • 先生 - Quizwiki - Quizwiki
    せんせい自作夏目漱石の小説『こヽろ』の書き出しは、「私はその人を常に(何)と呼んでいた。」でしょう?(2009年8月18日 『さいあんせいあん』「ウラジーミル・ナボコフ」)タグ
  • 愛媛県 - 東方ご当地wiki@ふたば - 東方ご当地wiki@ふたば
    愛媛県のページ(暫定)ここは愛媛県のページですwikipedia愛媛県有名・特徴的な所(暫定)松山城、宇和山城(どちらも天守が現存しており貴重)道後温泉夏目漱石「坊ちゃん」農業…みかん、いよ
  • 夏目 貴志 - 同期同盟 wiki - 同期同盟 wiki
    夏目 貴志 名前 コメント
  • センセイ - いまこそP4考察 @ Wiki - いまこそP4考察 @ Wiki
    せんせい公式クマが主人公を呼ぶときの愛称。不気味な商店街で主人公がペルソナを始めて召喚し、シャドウを葬ったのをみたクマが呼び始めた。非公式ネット上で主人公を呼ぶときの愛称のひとつ。→番長センセイと見ると夏目漱石のココロのセンセイが人によっては浮かぶかも知れない
  • 夏目漱石 - Quizwiki - Quizwiki
    なつめそうせき自作そのペンネームは中国の書『晋書』にある故事から名づけられた、2004年まで発行されていた1000円紙幣にその肖像が描かれていた人物で、『我輩は猫である』『坊っちゃん』などの名作で有名な文豪といえば誰でしょう?タグ:作家 学問・その他 先生 Quizwiki索引 あ~の 小川 鈴木三重吉 画像参照:http//www.jti.co.jp/Culture/museum/tokubetu/eventSep04/09.html
  • トップページ - 雑駁メモ - 雑駁メモ
    書きたいときに書いたメモの倉庫。いろいろな「死」松任谷由実オリジナルアルバム一覧 11/28夏目漱石に関しての豆知識 11/27三毛猫ホームズ全作品リスト 11/27世界最大のデータベーストップ10
  • メニュー - 雑駁メモ - 雑駁メモ
    検索 トップページ更新履歴2009-12-05メニュー2009-12-04トップページ松任谷由実オリジナルアルバム一覧いろいろな「死」2009-11-27夏目漱石
  • 夏目漱石に関しての豆知識 - 雑駁メモ - 雑駁メモ
    うに一般的な用法として定着したものもあるといわれている。「新陳代謝」、「反射」、「無意識」、「価値」、「電力」、「肩が凝る」等は夏目漱石の造語であるとも言われている。漱石が「肩が凝る」という言葉を作ったがために、多く
  • 単行本:え行-2 - 古書 吉祥寺書店 - 古書 吉祥寺書店
    遠藤 徹 姉飼角川書店 2003.11.30     Ae0071江藤 淳 夏目漱石勁草書房 1965.06.101刷1,200   Ae0072江藤 淳 夏目漱石勁草書房 1965.06.101刷1
  • 小説(日本)ナ行(中学高校) - wikiwiki2 @ ウィキ - wikiwiki2 @ ウィキ
    市(中学)第95番 夏目漱石 『坊ちゃん』 久我中第62番、椙山(中学)第62番、富山県(中学)第68番、岩国(中学)第41番、埼玉県(高校)第91番 夏目漱石 『我輩は猫である』 久我中第63番、市川

関連ページ
Web Services by Yahoo! JAPAN