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煙草と悪魔 - 芥川 竜之介 ( あくたがわ りゅうのすけ )

  • 煙草入れ ●キセル 煙草キセル ミニキセルおまけ
  • 皮製 煙草ケース 煙管 煙草入れ 鶴 彫刻彫金金具 緒締玉 キセル
  • ●●●a723【左園】藍九谷幾何文火入付き煙草盆一双●●●
  • 線香立て 香炉 灰皿 煙草盆 茶道具 仏具 仏教美術 お焼香
  • くわえ煙草で死にたい 都筑道夫 初版 集英社文庫H84
  • 山口瞳 『男性自身 暗がりの煙草』文庫 切手可
  • 【淡黄磁 火入れ一対 煙草盆】愛媛・砥部
  • ◆11-78840◆手造り煙草・ジグザグホワイトダブル◆
  • 【鷹】j009 木彫 煙草入  人魚   提げ物/根付/印籠
  • ★巴家紋入印籠 煙草入時代劇着物和風飾山伏僧土方歳三虚無僧★
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芥川龍之介  煙草(たばこ)は、本来、日本になかつた植物である。では、何時(いつ)頃、舶載されたかと云ふと、記録によつて、年代が一致しない。或は、慶長年間と書いてあつたり、或は天文年間と書いてあつたりする。が、慶長十年頃には、既に栽培が、諸方に行はれてゐたらしい。それが文禄年間になると、「きかぬものたばこの法度(はつと)銭法度(ぜにはつと)、玉のみこゑにげんたくの医者」と云ふ落首(らくしゆ)が出来た程、一般喫煙流行するやうになつた。――
 そこで、この煙草は、誰の手で舶載されたかと云ふと、歴史家なら誰でも、葡萄牙(ポルトガル)人とか、西班牙(スペイン)人とか答へる。が、それは必ずしも唯一の答ではない。その外にまだ、もう一つ、伝説としての答が残つてゐる。それによると、煙草は、悪魔がどこからか持つて来たのださうである。さうして、その悪魔なるものは、天主教伴天連(ばてれん)か(恐らくは、フランシス上人(しやうにん))がはるばる日本へつれて来たのださうである。
 かう云ふと、切支丹(きりしたん)宗門の信者は、彼等のパアテルを誣(し)ひるものとして、自分を咎(とが)めようとするかも知れない。が、自分に云はせると、これはどうも、事実らしく思はれる。何故と云へば、南蛮の神が渡来すると同時に、南蛮悪魔が渡来すると云ふ事は――西洋の善が輸入されると同時に、西洋の悪が輸入されると云ふ事は、至極、当然な事だからである。
 しかし、その悪魔が実際、煙草を持つて来たかどうか、それは、自分にも、保証する事が出来ない。尤(もつと)もアナトオル・フランスの書いた物によると、悪魔木犀草(もくせいさう)の花で、或坊さん誘惑しようとした事があるさうである。して見ると、煙草を、日本へ持つて来たと云ふ事も、満更嘘だとばかりは、云へないであらう。よし又それが嘘にしても、その嘘は又、或意味で、存外、ほんとうに近い事があるかも知れない。――自分は、かう云ふ考へで、煙草の渡来に関する伝説を、ここに書いて見る事にした。

        *      *      *

 天文十八年、悪魔は、フランシス・ザヴイエルに伴(つ)いてゐる伊留満(いるまん)の一人に化けて、長い海路を恙(つつが)なく、日本へやつて来た。この伊留満一人に化けられたと云ふのは、正物(しやうぶつ)のその男が、阿媽港(あまかは)か何処(どこ)かへ上陸してゐる中に、一行をのせた黒船が、それとも知らずに出帆をしてしまつたからである。そこで、それまで、帆桁(ほげた)へ尻尾をまきつけて、倒(さかさま)にぶら下りながら、私(ひそか)に船中の容子(ようす)を窺つてゐた悪魔は、早速姿をその男に変へて、朝夕フランシス上人に、給仕する事になつた。勿論、ドクトル・フアウストを尋ねる時には、赤い外套(ぐわいたう)を着た立派騎士に化ける位な先生の事だから、こんな芸当なぞは、何でもない。
 所が、日本へ来て見ると、西洋にゐた時に、マルコ・ポオロの旅行記で読んだのとは、大分、容子がちがふ。第一、あの旅行記によると、国中至る処、黄金がみちみちてゐるやうであるが、どこを見廻しても、そんな景色はない。これなら、ちよいと磔(くるす)を爪でこすつて、金(きん)にすれば、それでも可成(かなり)、誘惑出来さうである。それから日本人は、真珠何かの力で、起死回生の法を、心得てゐるさうであるが、それもマルコ・ポオロの嘘らしい。嘘なら、方々の井戸へ唾を吐いて、悪い病さへ流行(はや)らせれば、大抵の人間は、苦しまぎれに当来の波羅葦僧(はらいそ)なぞは、忘れてしまふ。――フランシス上人の後へついて、殊勝らしく、そこいらを見物して歩きながら、悪魔は、私(ひそか)にこんな事を考へて、独り会心の微笑をもらしてゐた。
 が、たつた一つ、ここに困つた事がある。こればかりは、流石(さすが)の悪魔が、どうする訳にも行かない。と云ふのは、まだフランシス・ザヴイエルが、日本へ来たばかりで、伝道も盛にならなければ、切支丹信者出来ないので、肝腎(かんじん)の誘惑する相手が、一人もゐないと云ふ事である。これには、いくら悪魔でも、少からず、当惑した。第一、さしあたり退屈時間を、どうして暮していいか、わからない。――
 そこで、悪魔は、いろいろ思案した末に、先(まづ)園芸でもやつて、暇をつぶさうと考へた。それには、西洋を出る時から、種々雑多な植物の種を、耳の穴の中へ入れて持つてゐる。地面は、近所の畠でも借りれば、造作はない。その上、フランシス上人さへ、それは至極よからうと、賛成した。勿論、上人は、自分についてゐる伊留満(いるまん)の一人が、西洋薬用植物何かを、日本移植しようとしてゐるのだと、思つたのである。
 悪魔は、早速、鋤(すき)鍬(くは)を借りて来て、路ばたの畠を、根気よく、耕しはじめた。
 丁度水蒸気の多い春の始で、たなびいた霞(かすみ)の底からは、遠くの寺の鐘が、ぼうんと、眠むさうに、響いて来る、その鐘の音が、如何にも又のどかで、聞きなれた西洋の寺の鐘のやうに、いやに冴えて、かんと脳天へひびく所がない。――が、かう云ふ太平な風物の中にゐたのでは、さぞ悪魔も、気が楽だらうと思ふと、決してさうではない。
 彼は、一度この梵鐘(ぼんしよう)の音を聞くと、聖保羅(さんぽおろ)の寺の鐘を聞いたよりも、一層、不快さうに、顔をしかめて、むしやうに畑を打ち始めた。何故かと云ふと、こののんびりした鐘の音を聞いて、この曖々(あいあい)たる日光に浴してゐると、不思議に、心がゆるんで来る。善をしようと云ふ気にもならないと同時に、悪を行はうと云ふ気にもならずにしまふ。これでは、折角、海を渡つて、日本人誘惑に来た甲斐(かひ)がない。――掌(てのひら)に肉豆(まめ)がないので、イワンの妹に叱られた程、労働の嫌な悪魔が、こんなに精を出して、鍬を使ふ気になつたのは、全く、このややもすれば、体にはひかかる道徳的の眠けを払はうとして、一生懸命になつたせゐである。
 悪魔は、とうとう、数日の中に、畑打ちを完(をは)つて、耳の中の種を、その畦(うね)に播(ま)いた。

        *      *      *

 それから、幾月かたつ中に、悪魔の播いた種は、芽を出し、茎をのばして、その年の夏の末には、幅の広い緑の葉が、もう残りなく、畑の土を隠してしまつた。が、その植物の名を知つてゐる者は、一人もない。フランシス上人が、尋ねてさへ、悪魔は、にやにや笑ふばかりで、何とも答へずに、黙つてゐる。


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