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- 太宰 治 ( だざい おさむ )

  • ●太宰治【文豪ナビ 太宰治 ナイフを持つ前にダザイを読め!!】
  • 太宰治 『太宰治全集 3』 (ちくま文庫)
  • 太宰治をおもしろく読む方法 (単行本) 山口 俊雄 (編集)
  • 太宰治 人間失格 ヴィヨンの妻 お伽草子 惜別 津軽 5冊
  • 古書「太宰治全集 第2巻」筑摩書房、昭和46年発行
  • ◎◎ 太宰治集/人間失格 斜陽 走れメロス ヴィヨンの妻◎◎
  • 定本 太宰治全集 初版 筑摩書房 中古
  • 太宰治本「太宰萌え 入門者のための文学ガイドブック」岡崎武志
  • ◆◇ 太宰治著「女生徒」(角川文庫)
  • 朗読CD 朗読街道22「富嶽百景」太宰治 試聴あり
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イサク、(ちち)アブラハムに語(かた)りて、 (ちち)よ、と曰(い)ふ。 彼(かれ)、答(こた)へて、 子(こ)よ、われ此(ここ)にあり、 といひければ、             ――創世記二十二ノ七  義のために、わが子を犠牲にするという事は、人類がはじまって、すぐその直後に起った。信仰の祖といわれているアブラハムが、その信仰の義のために、わが子を殺そうとした事は、旧約の創世記に録されていて有名である。
 ヱホバ、アブラハムを試みんとて、
 アブラハムよ、
 と呼びたまふ。
 アブラハム答へていふ、
 われここにあり。
 ヱホバ言ひたまひけるは、
 汝(なんじ)の愛する独子(ひとりご)、すなはちイサクを携(たずさ)へ行き、かしこの山の頂きに於(おい)て、イサクを燔祭(はんさい)として献(ささ)ぐべし。
 アブラハム、朝つとに起きて、その驢馬(ろば)に鞍(くら)を置き、愛するひとりごイサクを乗せ、神のおのれに示したまへる山の麓(ふもと)にいたり、イサクを驢馬よりおろし、すなはち燔祭の柴薪(たきぎ)をイサクに背負はせ、われはその手に火と刀を執(と)りて、二人ともに山をのぼれり。
 イサク、父アブラハムに語りて、
 父よ、
 と言ふ。
 彼、こたへて、
 子よ、われここにあり、
 といひければ、
 イサクすなはち父に言ふ、
 火と柴薪(たきぎ)は有り、されど、いけにへの小羊は何処(いずこ)にあるや。
 アブラハム、言ひけるは、
 子よ、神みづから、いけにへの小羊を備へたまはん。
 斯(か)くして二人ともに進みゆきて、遂(つい)に山のいただきに到れり。
 アブラハム、壇を築き、柴薪をならべ、その子イサクを縛りて、之(これ)を壇の柴薪の上に置(の)せたり。
 すなはち、アブラハム、手を伸べ、刀を執りて、その子を殺さんとす。
 時に、ヱホバの使者、天より彼を呼びて、
 アブラハムよ、
 アブラハムよ、
 と言へり。
 彼言ふ、
 われ、ここにあり。
 使者の言ひけるは、
 汝の手を童子(わらべ)より放て、
 何をも彼に為すべからず、
 汝はそのひとりごをも、わがために惜まざれば、われいま汝が神を畏(おそ)るるを知る。
 云々(うんぬん)というような事で、イサクはどうやら父に殺されずにすんだのであるが、しかし、アブラハムは、信仰の義者(ただしきもの)たる事を示さんとして躊躇(ちゅうちょ)せず、愛する一人息子を殺そうとしたのである。
 洋の東西を問わず、また信仰の対象の何たるかを問わず、義の世界は、哀(かな)しいものである。
 佐倉宗吾郎一代記という活動写真を見たのは、私の七つか八つの頃の事であったが、私はその活動写真のうちの、宗吾郎幽霊悪代官をくるしめる場面と、それからもう一つ、雪の日の子わかれの場を、いまでも忘れずにいる。
 宗吾郎が、いよいよ直訴(じきそ)を決意して、雪の日に旅立つ。わが家の格子窓(こうしまど)から、子供らが顔を出して、別れを惜しむ。ととさまえのう、と口々に泣いて父を呼ぶ。宗吾郎は、笠(かさ)で自分の顔を覆うて、渡し舟に乗る。降りしきる雪は、吹雪(ふぶき)のようである。
 七つ八つの私は、それを見て涙を流したのであるが、しかし、それは泣き叫ぶ子供同情したからではなかった。義のために子供を捨てる宗吾郎のつらさを思って、たまらなくなったからであった。
 そうして、それ以来、私には、宗吾郎が忘れられなくなったのである。自分がこれから生き伸びて行くうちに、必ずあの宗吾郎の子別れの場のような、つらくてかなわない思いをする事が、二度か三度あるに違いないという予感がした。
 私のこれまでの四十年ちかい生涯に於いて、幸福の予感は、たいていはずれるのが仕来(しきた)りになっているけれども、不吉の予感はことごとく当った。子わかれの場も、二度か三度、どころではなく、この数年間に、ほとんど一日置きくらいに、実にひんぱんに演ぜられて来ているのである。
 私さえいなかったら、すくなくとも私の周囲の者たちが、平安に、落ちつくようになるのではあるまいか。私はことし既に三十九歳になるのであるが、私のこれまでの文筆に依(よ)って得た収入の全部は、私ひとりの遊びのために浪費して来たと言っても、敢(あ)えて過言ではないのである。しかも、その遊びというのは、自分にとって、地獄の痛苦のヤケ酒と、いやなおそろしい鬼女とのつかみ合いの形に似たる浮気であって、私自身、何のたのしいところも無いのである。また、そのような私の遊びの相手になって、私の饗応(きょうおう)を受ける知人たちも、ただはらはらするばかりで、少しも楽しくない様子である。結局、私は私の全収入を浪費して、ひとりの人間をも楽しませる事が出来ず、しかも女房七輪(しちりん)一つ買っても、これはいくらだ、ぜいたくだ、とこごとを言う自分勝手の亭主なのである。よろしくないのは、百も承知である。しかし私は、その癖を直す事が出来なかった。戦争前もそうであった。戦争中もそうであった。戦争の後も、そうである。私は生れた時から今まで、実にやっかいな大病にかかっているのかも知れない。生れてすぐにサナトリアムみたいなところに入院して、そうして今日まで充分の療養の生活をして来たとしても、その費用は、私のこれまでの酒煙草費用十分の一くらいのものかも知れない。実に、べらぼうにお金のかかる大病人である。一族から、このような大病人がひとり出たばかりに、私の身内の者たちは、皆|痩(や)せて、一様に少しずつ寿命をちぢめたようだ。死にやいいんだ。つまらんものを書いて、佳作だの何だのと、軽薄におだてられたいばかりに、身内の者の寿命をちぢめるとは、憎みても余りある極悪人ではないか。死ね!
 親が無くても子は育つ、という。私の場合、親が有るから子は育たぬのだ。親が、子供貯金をさえ使い果している始末なのだ。
 炉辺の幸福


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