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片恋 - 芥川 竜之介 ( あくたがわ りゅうのすけ )

  • 朗読CD 朗読街道30「魔術・妙な話・春の夜」芥川龍之介
  • 「芥川龍之介」 関口安義   岩波新書
  • ◆◇ 芥川龍之介 著「羅生門・鼻」(新潮文庫) ◇◆
  • 朗読CD 朗読街道28「トロッコ・蜜柑・片恋・他」芥川龍之介
  • 【netJIKOH】★文藝臨時増刊 芥川龍之介読本 昭和29年★
  • ◆新品DVD★『NHK 名作の風景 6』芥川龍之介★1円
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  • 芥川龍之介◆侏儒の言葉・西方の人◆続西方の人収録
  • 別冊毎日グラフ 芥川龍之介 生誕百年、そして今
  • 絶版■芥川龍之介【邪宗門・杜子春】新潮文庫帯/昭和42年/葱.秋
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芥川龍之介 (一しょに大学を出た親しい友だち一人に、ある夏の午後京浜電車(けいひんでんしゃ)の中で遇(あ)ったら、こんな話を聞かせられた。)  この間、社の用でYへ行った時の話だ。向うで宴会を開いて、僕を招待(しょうだい)してくれた事がある。何しろYの事だから、床の間には石版摺(せきばんず)りの乃木(のぎ)大将掛物がかかっていて、その前に造花(ぞうか)の牡丹(ぼたん)が生けてあると云う体裁だがね。夕方から雨がふったのと、人数(にんず)も割に少かったのとで、思ったよりや感じがよかった。その上二階にも一組宴会があるらしかったが、これも幸いと土地がらに似ず騒がない。所が君、お酌人(しゃくにん)の中に――
 君も知っているだろう。僕らが昔よく飲みに行ったUの女中に、お徳(とく)って女がいた。鼻の低い、額のつまった、あすこ中(じゅう)での茶目だった奴さ。あいつが君、はいっているんだ。お座敷着で、お銚子を持って、ほかの朋輩(ほうばい)なみに乙につんとすましてさ。始(はじめ)は僕も人ちがいかと思ったが、側(そば)へ来たのを見ると、お徳にちがいない。もの云う度に、顋(あご)をしゃくる癖も、昔の通りだ。――僕は実際無常を感じてしまったね。あれでも君、元は志村(しむら)の岡惚(おかぼ)れだったんじゃないか。
 志村大将、その時分は大真面目(おおまじめ)で、青木堂へ行っちゃペパミントの小さな罎(びん)を買って来て、「甘いから飲んでごらん。」などと、やったものさ。酒も甘かったろうが、志村も甘かったよ。
 そのお徳が、今じゃこんな所で商売をしているんだ。シカゴにいる志村が聞いたら、どんな心もちがするだろう。そう思って、声をかけようとしたが、遠慮した。――お徳の事だ。前には日本橋に居りましたくらいな事は、云っていないものじゃない。
 すると、向うから声をかけた。「ずいぶんしばらくだわねえ。私(わたし)がUにいる時分にお眼にかかった切りなんだから。あなたはちっともお変りにならない。」なんて云う。――お徳の奴め、もう来た時から酔っていたんだ。
 が、いくら酔っていても、久しぶりじゃあるし、志村の一件があるもんだから、大(おおい)に話がもてたろう。すると君、ほかの連中が気を廻わすのを義理だと心得た顔色で、わいわい騒ぎ立てたんだ。何しろ主人役が音頭(おんどう)をとって、逐一白状に及ばない中は、席を立たせないと云うんだから、始末が悪い。そこで、僕は志村ペパミントの話をして、「これは私の親友に臂(ひじ)を食わせた女です。」――莫迦莫迦(ばかばか)しいが、そう云った。主人役がもう年配でね。僕は始から、叔父さんにつれられて、お茶屋へ上ったと云う格だったんだ。
 すると、その臂と云うんで、またどっと来たじゃないか。ほかの芸者まで一しょになって、お徳のやつをひやかしたんだ。
 ところが、お徳こと福竜のやつが、承知しない。――福竜がよかったろう。八犬伝の竜の講釈の中に、「優楽自在なるを福竜と名づけたり」と云う所がある。それがこの福竜は、大に優楽不自在なんだから可笑(おか)しい。もっともこれは余計な話だがね。――その承知しない云い草が、また大に論理的(ロジカル)なんだ。「志村さんが私にお惚れになったって、私の方でも惚れなければならないと云う義務はござんすまい。」さ。
 それから、まだあるんだ。「それがそうでなかったら、私だって、とうの昔にもっと好い月日があったんです。」
 それが、所謂片恋の悲しみなんだそうだ。そうしてその揚句に例(エキザンプル)でも挙げる気だったんだろう。


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