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獄中への手紙 12 一九四五年(昭和二十年) - 宮本 百合子 ( みやもと ゆりこ )

  • 【手紙文】◆◆若い人の手紙文◆◆淡路まもる◆◆文進堂◇◆◆
  • ◎R-23751 ふみの日切手帳 ぞうと手紙 花と手紙 ゆうペーン1点
  • ◎R-23750 ふみの日切手帳 ぞうと手紙 花と手紙 ゆうペーン1点
  • ◎R-23748 ふみの日切手帳 ぞうと手紙 花と手紙 ゆうペーン1点
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  • ふみの日シール式切手帳 (ネコと手紙・妖精と手紙) 未使用1
  • 絵手紙☆たのしい絵手紙・年賀状 谷口眞仙編☆
  • No.4211 十二人の手紙…手紙だけが物語る迫真の人間喜劇
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獄中への手紙 一九四五年(昭和二十年)  一月二日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕  一九四五年一月二日  明けましておめでとう。爆竹入りの越年でしたが、余り近い所へ落ちもせず、しずかな元日でした。その上昨晩は思いのほか通して眠れたのでけさは特別よい二日です。寿江子が帰って来ていて、大晦日は、わたしが床に入ってしまってからブーの間にすっかりテーブルに白布をかけ、飾り、お正月にしてくれました。三十一日によそから届いたリンゴもあり。いまは、おそい御雑煮をたべて、炬燵のところに小机をもちこみ、足先を温くしてこれを書いて居ります。書いている紙の右端に風にゆれる陽かげがおどって居ります。


この春はよき春なりとのらすれば妻も勇み若水を汲む

このなますたうべさせたき人ぞあり俎の音冴ゆる厨べ


 三十一日の五時に壕に入ったとき、暁方の風情大変面白く思いました。月がまだ西空に高くて、空気は澄み、しかしもうどこやらに朝の気配があって、暁の月と昔の人が風流を感じた気分がよく分りました。この節は何年ぶりかで早朝景気のいい冬靄と、草履の下にくだける霜と朝日に光る小石の粒などを眺めて歩きますが、こういう冬の刻限の戸外の景色などというものは滅多に見ません。自然の景物の観賞というのも様々時代特色があることね。この頃のわたし達は壕に入るとこの風流で。それにしても三十一日の暁の景色優美でした。
 そちらはいかがな元日でしたろうか。大局的嘉日でしたというわけでもありましょうか。それが窮極のおめでたさね。
 今年はわたしも今月中に家に来る人のしまつをつけて仕事にとりかかります。セバストーポリ塹壕の中でトルストイは幼年時代を書いたし、カロッサにしろアランにしろ塹壕生活の時期を泥にまびれただけではすごして居りません。わたしも、わたしたちの壕生活期に収穫あらしめようと思ってね。それにはどうしても今までの生活ではやれません。チジョサン[自注1]によび立てられてかけ出していたのでは、ね。サイレン丈で結構です。一日に一貫した心もちで過せる時間がなくては何をかくどころではないわ。あんなに手紙さえおちおち書く間がなかったりして、ねえ。四月から去年一杯相当骨を折ってわたしの手は勲章ものにひどくなったのだから、今年はもう本職に戻ってもよろしいでしょう。
 留守に来て貰う人のことはなかなかむずかしゅうございます。この前の手紙で申しあげた伝八さんなる夫婦は、二人の生活費をこちらもちという条件なら承知するのです。しかし生活費は刻々上騰ですし、わたしはそれこそ大局的に可及的営養をとらなくてはならないしすると、生活費の負担は案外でしょうと思われます。ここの生活はどうやるにしろ、国府津の 280 の内からですから、雑支出を加えて容易でないでしょう。机に向っている時間何か彼か考えを辿っていられる時間をとろうという計画なのです。国がハガキよこしてね、僕があっちへ行ったら敵機追っかけてきて初空襲ありとありました。こっちへ暮す期間は益※少いでしょう。あちらはもう雪だそうです。壕が庭でさむいし、子供づれだし、大変でしょう。手伝いがみんないなくなるらしいし。国も良人、父として苦労しているのも薬です。あの健康であの年であの知慧で、ひとからサービスだけされて暮すというのは法外ですものね。おのずから成立いたしません、今の時代には。
 きのうの元日はうれしい元日友達が三人来ました。一組の夫妻、この人は旦那さんが青森へ行くために。もう一人は先日山西省の学術探検から戻った人。いろいろの経験をして来たのですが、一米の間に二発ずつという風な機銃の集注をうけない限り、なかなかゆとりなきゆとりというものもあるものなのね。人間が、そんな風な危険善処して、勉強もするだけして来ると、颯爽としたところが出来て、こころよいものですね。人は、その人なりの道によって、何か鍛えられる道を通ることが大切ね。そして、鍛えられるということを招く先ず第一生活態度のまともさが大切ね。まともに生きない人には、天は決して人間鍛錬というような貴重な門を開きません。
 年末に、おせいぼ、お年玉として書いて下すったお手紙。さっきお正月らしく元禄袖を胸の前にかき合わせて、もんぺの足どりも可愛ゆく門まで見に行きましたが、まだ来ていなかったわ。
 この間の晩、一時間半おきには起されて、外へ出たとき、床に入っていてすぐ眠れず、うっとりしていて、昔の人の素朴さということを思いました。昔の人は、一筋のえにしの糸、と云いならわしました。


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