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現代の詐術 - 坂口 安吾 ( さかぐち あんご )

  • 絶版/大江健三郎【現代伝奇集】岩波現代選書/80年初版/中短編3篇
  • 古書!【現代日本文学史】吉田精一著 現代文学大系別冊昭和38年
  • 国語・現代文*新 精選現代文*明治書院
  • 大学受験必読の本 高田瑞穂 現代文読解の根底 新釈現代文 2冊
  • 現代ウィグル語辞典+現代ウィグル語四週間 2冊で!
  • 大学受験必読の本 高田瑞穂 現代文読解の根底 新釈現代文 2冊
  • ●600円 岩波現代選書【現代伝奇集】大江健三郎(プチソフト1)
  • 谷崎精二★放浪の作家・葛西善蔵評伝・現代社現代新書・潤一郎
  • @「新技法*現代木版画*伝統的制作から現代技法」1979年2刷@
  • ◆【 現代伝奇集 】大江健三郎◆岩波現代選書◆定価¥1200◆
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 私は戦争まえまではヤミという言葉を知らなかった。知らないということは情ないことで、私の青年期ヨーロッパでは前大戦後の混乱をへて、どうやら立ち直りかけたころ、ニュース文学インフレ道徳の混乱はウンザリするほど扱われていたが、戦争と死、戦争陰謀、そんなことは考えてみても、インフレとヤミ、戦争になると百姓がもうかる、小説でよんでもピンとこない。全然読まないと同様、素通りしていたようなものだ。文学だの人間だの、人間探究のと云いながら、そして、戦争という大きないくつかの事件に就て史書をよんだりしながら、戦争の裏側の人間生活にヤミという奇怪な取引関係がつきまとっていることを想像すらもできなかった。
 大化の改新によって口分田という制度ができた。すると脱税使役をのがれるために戸籍をごまかしたり、逃亡をやり、税のかゝらぬ寺領や貴族領へのがれたり、または私田を寄進したりする。こうして荘園が栄え、貴族栄花の時代が起り、農民は又、さらに脱税のために管理者とケッタクして、武家時代をもたらしたという。
 そういう歴史読みながら、戦争まえの私には、やっぱり激しくひびかない。
 中世に座というものが起った。猿楽座とか銀座もたぶんもとはその意味であろうが、職業組合みたいなもので、つまり自分らの権利を他からまもる同業者の徒党的結成であり、この土地自分らの販売縄張りというものを一方的に勝手につくって、それを侵害する他の業者を迫害する。
 こう書くとまるで無頼漢の徒党と同じことで、あっちのマーケット、こっちのマーケット、みんな縄張りがある。パンパンガールにまで縄張りがある。こういう風に言うと、職業組合をヨタモノの縄張りとはと怒る人があるかも知れない。私も昔はこんな風に悪くは解釈しておらぬ。こういう中世組合マルクス先生資本論という本などにも頻りに現れる言葉であるから、私も襟を正して謹聴し、かりそめにもヨタモノ的結合などゝ邪推したためしはなかった。
 まったく戦争という奴は、人間ばかりじゃない、学問だの教養だの、一切合財、カミシモをぬがせてしまう。サムライ戦争になるとカミシモをぬぐけれども、サムライというヨタモノと違って、学問などゝいうものはヨタモノではない、生れながらの紳士だと考えていたから、カミシモをぬぐ筈はないと安直に思っていた。これが、つまり平時の心、昔の人はうまいことを言った。タタミ水錬というのである。私のようなのがタタミ水錬で、カミシモを疑うことを知らない、戦争を知らないからで、知らない、ということは、情けないことだ。
 私はオヤオヤこれはヒドイと思ったのは、国民酒場行列で、ヨタモノが前の方を占領し、タライ廻しにする。けれども、このときは、まだ気がつかず、これはヨタモノのやることだと軽く考えていた。そうじゃない。
 愈々タバコが少くなり、どこの店でも時間をきめて売るようになると、未明ら行列する。私など、七時に売るというのに、四時から行列して買えない。勇猛心をふるい起して三時に並ぶ。ようやく一つ買える。けれども二三日すると、もう二時に列(なら)ばないと買えなくなってしまう。
 なぜ私が買えなかったか。私はつまり隣組共同戦線に敗れたのである。朝の三時といえば全然まっくらで、列んでいても、私の前後人間のうごめきだけしか分らない。ともかく然し私は二十番目ぐらいにいる。みんな見たところヨタモノじゃなく、オジイサン、オバアサン、オカミサン、女学生、私をのぞくとヨタモノみたいなのは一人もいないから安心だと思っていると、そうじゃない。夜が明けると来るわ来るわ、後へ並ぶ人間より前へ割込む人間共がはるかに多い。
 オバサン、こっちよ、私たちの隣組、こゝよ、と言うと、アヽ、そうか、案外うしろの方だね、などゝ言いながら、前後左右から一人三人、たちまちにして私は百番目以下になってしまうのである。
 こゝに至って、私は座の起源というものに新認識を加え、これはヨタモノの縄張りと同じものである。もっとも、組合や座がヨタモノの集りだというのじゃなくて、人間窮すればみんなヨタモノである、ヨタモノの縄張り精神に帰する、要するに、然し、窮しているからだ。
 タバコが豊富にあれば、隣組座というようなものができて行列の座、まことにこれ座ではないか、文字通り座席である。座や権利を主張するには及ばない。
 昔も窮していたのだろう。徒党を組んで共同戦線をはらないと、やって行かれぬ境地にあったに相違なく、然しその結成の由来に於てはパンパンガールの縄張りと変りのある筈はない。
 だから読者諸君、銘記したまえ、戦争以来、日本は目下、中世なのである。つまり我々は父祖伝来ゆずり伝えたカミシモをつけ、もう電燈もガスも鉄道もある、道義も人情も仁愛もある、法律もあり統制された秩序もある、だから中世じゃない、こう考えて、そのカミシモを疑うことを知らなかった。
 このカミシモが今日まで伝承完成するに千年ほども時間がかゝっているのだから、これはもうカラダの一部分だというぐらいに誰しも考えていたのであったが、アニはからんや、戦争が二三年つゞくと、千年の時間がアッサリ消えてもとに戻り、我々はもうカミシモを身につけていないことに気がついたわけだ。
 カミシモは時間によって、はかるべからず。私が時間を疑うことを知ったのは、戦争のせいだ。私も青年時代はエチカだの中観論などを読んで、過去現在未来も疑うことができるが、疑うことのできないのはある一つの実在だけだというようなことを尤もらしく考えることを鵜のマネしたが、私は今はもう唯物論者であり、然し、唯物論者も、歴史時間唯物的に疑うことができる、イヤ、疑わねばならぬ、そんなことはテンデ考えてもみませんでした。まことに、どうも、知らないということは情けない。私はつまり戦争を知らなかったからである。
 目下の我々のモラルや秩序や理念だけでは、人間は窮すると中世になる。


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