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現代小説展望 - 豊島 与志雄 ( とよしま よしお )

  • 絶版/大江健三郎【現代伝奇集】岩波現代選書/80年初版/中短編3篇
  • 古書!【現代日本文学史】吉田精一著 現代文学大系別冊昭和38年
  • 国語・現代文*新 精選現代文*明治書院
  • 大学受験必読の本 高田瑞穂 現代文読解の根底 新釈現代文 2冊
  • 現代ウィグル語辞典+現代ウィグル語四週間 2冊で!
  • 大学受験必読の本 高田瑞穂 現代文読解の根底 新釈現代文 2冊
  • ●600円 岩波現代選書【現代伝奇集】大江健三郎(プチソフト1)
  • 谷崎精二★放浪の作家・葛西善蔵評伝・現代社現代新書・潤一郎
  • @「新技法*現代木版画*伝統的制作から現代技法」1979年2刷@
  • ◆【 現代伝奇集 】大江健三郎◆岩波現代選書◆定価¥1200◆
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      小説本質  ある科学者がこういうことをいった――「科学に没頭していると人生の煩わしさを……人生そのものをも……忘れてしまう。科学人生なしに成立する。それが、初めは淋しい気もしたが、この頃では却って嬉しい。」
 淋しいか嬉しいか、それは別問題として、実際、科学人生なしに成立する。人生がなくても……人間がいなくても……二つの点を結びつける線のうちでは直線が一番短いだろうし、空気酸素窒素その他のものから出来てるだろうし、光は一秒間に約三十万キロ走るだろう。そういう事実見出したのは人間であるが、事実そのものは人間存在とは何の関係もない。
 右のことは、数学自然科学ばかりでなく、他の学問についてもいえる。肉体細胞が如何にして癌に変化するかを、医学説明する。夢の中で頭脳が如何に敏速な活動をなすかを、心理学証明する。資本主義が如何なる機構の上に立つかを、経済学解剖する。その他種々。然しながら、人間肉体現象が、或は精神現象が、或は社会現象が、如何に闡明されようとも、人間の「生きてるという感じ」は――生活感は――なおいえば、生活そのものは――視野の外に残されている。だから少々詭弁めいたいい方をすれば、人間生活がなくてもそれらの学問は成立する。恰度、芸術がなくても美学が成立するように。
 こういう分りきったことをいう所以は、芸術は直接に人間生活を内包するということを、ここに断っておきたいからである。直接に生活を内包するというのは、見方を変えれば、生活の直接の現われだといってもよい。
 人間生活なしには芸術は成立しない。人間生活のない音楽は単なる音響であり、人間生活のない絵画は単なる色彩である。

自然」は神の宮にして、生ある柱
時おりに捉えがたなき言葉を漏らす。
人、象徴の森を経て 此処を過ぎ行き
森、なつかしき眼差に 人を眺む。
長き反響(こだま)の、遙なる遠(おち)、奥深き暗き統一(ひとつ)の夜のごと光明のごと
広大の無辺の中に、混らうに似て、
聲と 色と 物の音(ね)と かたみに答う。

ボードレール鈴木信太郎訳)
 これは象徴派詩人自然観であるが、それは自然に対する単なる視察ではなく、自然に対する生活的味到である。そういうところから芸術が生れる。
 然しこれは詩であって小説ではない。
 トルストイに「三つの死」という短篇小説がある。その終りの方に、一本の木が切り倒されることが描いてある。朝早く、東がやっと白みかけたころ、森の中で、一本の木が斧で切られている。その斧の不思議な音が、森の中で繰返される。鶺鴒が別な木の枝に逃げる。

下では斧がますますこもった音をひびかせ、みずみずした真白な木屑が露を帯びた草の上へ飛んで、一撃ごとに軽い裂けるような音が聞えた。木は身体全体をびりびりふるわせて、その根の上で喫驚したように揺れながら、曲っては素早くもとへ返った。一瞬間すべてはひっそりと静まり返った。が、また木はぐっと曲って、その幹の中でめきめきと裂ける音が聞え、そして小枝を折ったり、大枝をへしまげたりしながら、しめった土の上へ横ざまにどっと倒れた。斧の音と人の足音とは静になった。鶺鴒は一声鳴いて高く舞い上った。彼がその翼でひっかけた枝は、暫く揺れていてから、他の枝と同じように、葉もろともに静まった。木々は新たに出来空間に、一層歓ばしげにその動かない枝を張った。
 太陽第一線が、透明な雲を貫いて空にその光を投げ、やがて大地と天空とを一さんに駆けぬけた。霧は浪をなして谷間に溢れ、露はきらきら光りながら緑葉の上で戯れ、透明白い雲は大急ぎで蒼穹の面を散っていった。小鳥どもは茂みのなかを飛び廻って、我を忘れたもののように、何やら幸福そうに啼き交わした。みずみずした葉は歓ばしげに、静かに梢の上で囁きかわし、生きた木々の枝々は、死んで倒れている木の上で、静か荘厳動き始めた。

中村白葉訳)
 精彩な新鮮な描写である。ところが、この木の死だけでは、小説にはならない。この一篇が小説になってるゆえんは、貧しい男の死と富裕な女の死とが、木の死と対照的に描かれてるからである。
 右に引用した部分だけでも、立派芸術的描写ではある。それには人間生活が裏づけられている。もし人間生活が――人生が――なかったならば、森の中の一本の木が切り倒されることを、こういう風に書けるものではない。然しここに裏づけられてるのは、単に生活的情感だけである。それが、他の二人の人間の死とつみ重ねられて、生活現実性にまで濃度をまして、はじめて小説となっている。もし木の死だけで一篇の小説を成そうとするならば、おのずから異なった手法が必要であろう。


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