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現代詩 - 武田 麟太郎 ( たけだ りんたろう )

  • 【中古】現代詩文庫149 『辻仁成詩集』 現代詩人篇
  • 現代詩手帖 「音そして音空間」 近藤譲 柴田南雄 ケージ
  • ◆現代詩手帖特集版 高橋源一郎◆
  • 生誕百年 北園克衛 現代詩手帖 2002年11月
  • ジェームズロクリン直筆サイン■アメリカ現代詩人●UACCRD,IADA
  • バロウズ ブック 現代詩手帖 特集版'82 難有 浅田彰 村上龍 
  • 雑誌『現代詩手帖1986年7月号●特集・ダンテ』
  • 国文学82年4月臨時増刊号★現代詩の110人を読む
  • 現代詩手帖82メディアのゆくえ寺山修司鈴木志郎松本俊夫多木浩二
  • 別冊現代詩手帖 第1巻1号『泉鏡花 妖美と幻想の魔術師』生田耕作
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 とにかく自分はひどく疲れてゐる。朝から数度にわたつて解熱剤を服(の)んで見るが、熱は少しも下らない。もつとも、この熱さましの頓服と云ふのは、銭惜しみする妻が近くの薬局調合させた得態(えたい)の知れぬ安物なので、効き目なぞ怪しいのだらう。よけい頭ががんがんと痛むし、咽喉(のど)がつまつたやうでいくら咳(せ)いても痰が容易に切れない。不愉快である。さきほど、やつとうとうとして眠りかけると母親部屋に入つて来て起されて了つた。彼女は気兼ねして足音忍ばせ階段を昇つて来たのだが、安普請では自分でもびつくりするほどぎしぎしと軋(きし)むのだ。隣家の階段歩く音さへ、こちらのことのやうに伝はるのだから仕方がない。物音を立てなくとも、極め神経過敏な自分は、誰か入つて来ればその気配(けはひ)ですぐに眼ざめて了ふ。眼をあけると、母親の小さな顔が恐しいばかりに真剣な表情で真近くのぞき込んでゐるのだ。自分はたちまち不機嫌さうに眉をしかめて、ぐつしよりと湯気を立ててゐる胸の汗を拭いた。
「――いけないか、どうだらう、お医者に診(み)て貰つたら」
 自分は黙つて首を振つた。
「――かつ子にお医者を呼ぶやうに云つたんだが、亭主が病気なのにいつもより早く出て了ふし、……」
 自分には老母の云はうとする意味は最初からよく分つてゐた。妻を悪く云ふために、自分病気利用してゐるまでだ。
「――出て行つて働いて貰はなくちや、家族一同が食ひあげる」
 云はなくていいことを自分は嘯(うそぶ)いた。
「――そりやさうだが、お前、肺病らしいと云ふぢやないか」
「――誰がそんなことを云つた」
「――彦造が心配してをつた、学生時代にはぶくぶく肥えてたのに毎年毎年痩せさらばへて行くばかりぢやと、きつう心配してゐた、肺病にちがひないし、手当をするのは今のうちぢやと騒いでをつたが、……」
「――さうかも知れん、どうせ遠からず死ぬ
 自分母親いやがらせ言葉を知つてゐたので、さう云つて脅して置いた。彼女も、あんな狂人兄貴の云ふことなぞ本気に信じてゐるわけではなく、自分が笑つて軽く一蹴するのを期待してゐたのだらう。だが、息子身体をこせこせと案じ暮すのも、用事がなくて退屈してゐる彼女にはちやうど気のまぎれることになつてよからう。
 自分年齢(とし)を取るたびに痩せて弱くなつて来たのは事実である。十八貫近くもあつたのが、近頃は十二貫五百も怪しい。
「――中学の時は柔道選手をしてをつたからの、天皇陛下御前試合したのをおぼえてるぢやろ」
 今朝がた兄は虫歯スイスイ云はせながら、さう云つてゐた。同じことを母親にも聞かせたものと見える。
「――かつ子さん、あんたは本当にせんかも知らんが、アルバム見りやちやんとお分りになるが、中学の頃はでぶでぶしてビール樽ちふ仇名(あだな)ぢやつたのが、高等学校へ入つてぐんと痩せる、大学でまたぐんと痩せる、市役所へつとめるやうになつてからは益々|蜻蛉(とんぼ)かきりぎりすみたいになつて了うたのです、顔色も真赤で艶があつたのに、気味が悪いほど土色になつて了うての」
 兄の彦造は、妻には叮嚀な言葉づかひになる習慣だ。彼女に少し参つてゐるらしい。長い膝を折つて、臆病さうに上眼越しにチラチラと彼女を見てはくどくどと云つてゐる。かつ子は出勤前なので、露骨にうるさいと云つた表情で、髪に鏝(こて)をかける手を休めない。その前に、アルバムを展(ひろ)げて、紫色に褪(あ)せた自分嬰児写真からいちいち説明するのだ。それは、彼女がこの家へ来てから幾度繰返されたか数へ切れまい。兄は序(ついで)に、我が小倉家が昔からこんな貧乏をしてゐたのではなく、兵庫県ではれつきとした家柄でその盛大な時代を想はせる写真の数々が残つてゐるのを指摘したかつたのである。そしてまた、彼も自分小学校以来どんなに好成績で通して来たかをつけ加へるのを忘れなかつた。その通り自分たちは首席が当然であるかのやうに、どの学校でも首席であつた。彦造にしたつて、今でこそ頭脳が狂つてゐるが、東大の法科在学中にちやんと文官高等試験をパスしてゐる。それが卒業後、大蔵省に入つて一ト月目に極度の神経衰弱から早発性痴呆症みたいになつて了つた。一生快癒する望みのない癈人としてぶらぶらしてゐるものの、どこかちよつとをかしいだけで、別に精神病者として警戒の必要もないし、放置してある。毎日どこへ出かけるのか、古い友だちのつとめてゐる官署を訪ねて、普通の調子で話をして来るらしい。政界勢力関係についての内幕を聞いて来たり、ファッシズムの進行状態戦争満洲問題ニュースを噛(かじ)つて来て、大声で自分たちに披露する。
「――そんなことあまりしやべりちらしてゐると引張られるよ」
 気の変な者に注意しても仕方がないのだが、つい自分が云ふと、さう云へば、角の交番巡査は確に自分を厳重に監視してゐる、きのふも前を歩いてゐるとじつと鋭い眼を離さなかつた、何故そんなに見つめる、と呶鳴(どな)つてやつたと述べる。気味が悪くてたまらん、どこかええとこへ宿がへして了はう、と云ひ出せばまた執拗(しつこ)くなつて困るのだ。同期連中が年月と共に次第に昇進した地位について行くのが、彼の最も不平とするところで、今に見い、頭さへ治(なほ)つたらと口癖になつてゐた。日本が俺のやうな人物を容(い)れなければ、満洲国が迎へてくれると、出入りに兵隊喇叭(らつぱ)を吹くやうな広大邸宅に住み、権勢の限りをつくすやうな要人生活を夢見てゐた。そんな大言壮語したあとではきつと、頭が痛いと苦しがつて両手で顳※(こめかみ)を揉むのが例になつてゐる。莫迦(ばか)なことである。
 彼がかつ子に惚れてゐるのを自分が知つたのは最近だ。彼女の働いてゐる店へ度々現れるらしい。
「――よく云つて頂戴、のつそり入つて来て、かつ子さんここへいらつしやいと、まるで自分のものみたいに呼びつけて離さないんでせう、あんたは、清治に本当に惚れてゐますか、つてあの腐つた魚みたいな眼でのぞいて、本心を云つて下さい、もしかして、と思ひ入れよろしくあつて、僕は悩んでる、と吐息をつくのよ、他のお客さまの手前もあるし、もう来ないやうに云つて頂戴、来ちやいけませんて、私がづけづけ云ふと、僕を避けようとするあんたのその苦しい気持はよく分る、つてわけなのよ、笑ひも出来ないぢやないの、誰が一体お小遣をあげるのか知らないけど、お店ぢやそりやとても豪遊よ、見栄を張つて、高いものばかり取つて飲んだり食つたりしてゐるわ、お金なんぞ渡さないでよ」
 兄貴には外出場合にもほんの煙草銭しか与へてゐなかつた。それも出来るだけ現品で渡すことにしてゐたのだが、彼は旧友たちの間を廻つて、そんな遊蕩費(いうたうひ)を捻出して来るのだらうと、自分はのんきな彼が羨しくなつた。かつ子のお店と云ふのは、珈琲(コーヒー)店でも酒場でもないその中途を行つた茶房と称するもので、銀座で盛大に経営してゐた。茶房なんていやな名前だ。高い店なので、自分なぞは余り行けない。
 兄は大体が身綺麗にしたがる性質で、用もないから朝から湯で時間をつぶしていつまでも洗つた上に、肌に直接つけるものと来ては、垢の跡ひとつも容赦(ようしや)しなかつた。


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