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瑪瑙盤 - 林 芙美子 ( はやし ふみこ )

  • 【行運】L743スミレ色【龍紋瑪瑙】128面カットブレス10mm29g
  • 208-0944◎丸文♪【美品★18K他瑪瑙等トップ、ピアス3点約4.0g】
  • 208-1103◎丸文♪【美品★K18瑪瑙ふくろうモチーフトップ約6.7g
  • ★lucky365★赤瑪瑙(メノウ)ブレス【若さと美しさを保つ】1円
  • 208-1489◎丸文♪【中古K8白金、瑪瑙リング約5.2g】
  • 208-1542◎丸文♪【中古K18瑪瑙、ヘマタイトトップ2点約12.0g】
  • ★lucky365★赤瑪瑙(メノウ)ブレス【不純物がなく綺麗】1円
  • ●カット オニキス 瑪瑙 めのうリング メノウリング 指輪 9号
  • 天然石 赤縞瑪瑙 アゲード 勾玉型 ペンダントトップ 未使用
  • 天然赤縞瑪瑙 アゲード 貔貅 ヒキョウ 紐ブレスレット 未使用
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 1 ミツシヱルは魚ばかり食べたがる女であつた。  魚屋の前を通ると、牡蛎籠の上に一列に並んでゐるレモンの粒々に、鼻をクンクンさせたり鮫の白い切り口を、何時までも指で押してみたりしては買へもせぬ癖に、何か口の中でブツブツものをいひながら、立ちつくしてゐることがあつた。
 ミツシヱルは南フランスの生れで、髪は南国風に黒つぽい色をしてゐる。
「|小さい(プチット)|お嬢さん(マドモアゼル)! 私しのびなき」
 寒子のアパルトへ来ると、かうして泣いて見せるのが、ミツシヱルの得意である。
「又、しのび泣きなの、困るわね」
 ミツシヱルは、寒子の描きかけてゐる画架に凭れると、暫時は、しのびなきの話に耽ける。
「貴女はムッシュウ河下に手紙を出しますか、みつちやんしのびなきと云つて下さいね」
 ミツシヱルのいふしのびなきの唄は、さだめし、此の河下の残した憶ひ出なのであらう。時々思ひ出したやうに、ミツシヱルは、河下の話をしては唄をうたふ。

雨は降る降る
じやうが島の磯に
りきやう鼠の雨が降る
雨は真珠
夜明けの霧か
それとも妾のしのびなき

 片言混りな唄ひ振りではあつたが、切々たるミツシヱルの声は、どうかすると、寒子の郷愁をあふりたてた。
「もう止めてよ、仕事邪魔しちやア駄目ぢやないの‥‥」
 すると、唄を止めたミツシヱルは、部屋隅の寝台にひつくり返つて、
ムッシュウ河下は、そりやアとても魚をよく食べる男だつたんですよ、鯛を買つて来ると、波のやうな型に切つて生のまゝで食べたり、日本ソースで赤く煮たりして、私に御馳走してくれたのですよ」
 ミツシヱルが、真面目に、別れた東洋の男の話をすると、寒子もつひほろりとなつて問ひかけて行つた。
「その河下つて‥‥日本の何処のひとなのさ」
「河下さん、神戸でホテルをしてゐるんですつて、――もう大きい奥さんもあります。私大変悲しい」
 国情の違つたこの女の言葉が、何処まで本心なのか、まだ日の浅い巴里住ひの寒子にはよく呑み込めなかつたが、来る度に河下のしのびなきの話をするところを見ると、よほど心に残つた男であるらしかつた。

 2 窓を開けておく日が多くなつた。
 寒子は、夜の九時ごろまでも続くパリの長い白暮が好きで、モンパルナツスの墓場の間の小道をよく歩いた。
 割栗石の人道には、墓場の塀に沿つて、竜の髭に似た草が繁つてゐた。マロニヱの花は花でまるで白い蟻のやうに散つて、実に女性的なたそがれが続く。
 さうして、――並木の小道がやつと途切れて電車通りへ出ると、寒子はポケットの鍵をぢやらぢやらさせながら、ミツシヱルの唄ふ城ヶ島の唄を何時か思ひ浮かべてゐた。
「ミツシヱルの処へでも遊びに出かけてやらうかしら‥‥」
 パリへ来て、別に友達もない寒子は、長い白暮を一寸もてあましコツコツ自分の靴音を楽しみながら歩いた。
 灰色女学校がある、石塀の中からは、たそがれ色の往来へ若葉吹きこぼれて、サワサワと葉ずれの音をたてゝゐる。首に赤ハンカチを巻いたアパッシュの群が、気まぐれに寒子に眄をくれながら「|今晩は(ボンソアール)|お嬢さん(マドモアゼル)」と呼びかけて通つて行く。
 まるで、絵の具の滓ばかり食つて生きてゐるやうな寒子には、耳から来るパリのたそがれ風景はたまらなくせいせいと快適なものであつた。
 南画風なラブラードは、このパリのたそがれの音を、画面の中に出せたのであらうか、モジリアニの女の腰部は、パリのたそがれをよく知つてゐるのではないだらうか、――この白暮の聴覚意識した絵が描けたら、どんなに楽しく涼しい気持であらう。何かしら、長い夕暮といふものは、物思ひさせるにふさはしい不思議時間である。

 プラス・サン・ミツシヱルに近い裏町に、ミツシヱルの屋根裏部屋があつた。その町はもうかなり煤けて、物おじした建物が多かつた。
 ミツシヱルのアパルトは、この建物の中でも特に古ぼけた石造りで、門番(コンゼルジエ)の入口は、まるで肥料倉庫のやうな、ガラガラと鳴る大きな扉がしまつてゐた。寒子は痛いほど頭を上に向けてミツシヱルの硝子窓に口笛を吹くと、見えない屋根上の窓からも「ピュウピュピュウピュ」と口笛で答へる。
 石畳がひいやりとして気持がいゝのか、猫族の匂ひがして、何か黒い生物がモゴモゴと石道を這つてゐた。
「|今晩は(ボンソアール)!」
元気(サバ)なの?」
「ウイ、大元気(サバ・ビヤン)よ!」
 ミツシヱルは、スパニシオルの人形のやうに、頭に黒いレースをかけて、蜜柑色のやうなパンタロンをはいてゐた。
 彼女の腕はむき出しのまゝ汗ばんで、夜のせゐか、ひどくミツシヱルの身体がフクイクと匂つてゐる。

 3 部屋の中には、十八ばかりの女が寝台の上にひつくり返つて鼻唄をうたつてゐた。
 白い壁には、カサ/\した人形の首がいくつもさがつて、束子のやうに黒い影をつくつてゐる。
 その寝台の女は、空色のピジャマひとつで、脚はむき出しのまゝ床の上にずりおとしてゐた。
「|今晩わ(ボンソアール)!」
 そつけない声で、ピジャマの女は首をそつと持ちあげた。
 額の非常美しい娘で、スペイン式なミツシヱルの温かさにくらべて、これはまた北国風な空疎な冷たい声を持つてゐた。
「私、今朝から御飯食べてないのよ‥‥」
 寒子がまだ半ゴートも脱がない先に、ミツシヱルは、小さい寒子の肩に手を置いてかう云つた。
「ねえ、少し下さいな」
 毎度の事なので、寒子は要領よく十フラン札一枚ポケットから抜いて卓子の上におくと、まるで子供のやうにミツシヱルは寒子の頬に口づけて、トレ・ジャンテイを振りまはしてゐた。
 空気のせゐなのか、部屋の中が甘ずつぽく匂つて、天窓には月が射してゐた。
なゝめになつた白い壁には、男の写真がいくつも飾つてあつた。
 遠くから見ると、まるで動物写真のやうに見えて、寒子は心の中で一寸子供つぽく苦笑してしまつた。
 十フランの金を持つたミツシヱルはまるでゼンマイに弾ねられた仔犬のやうに、昇降機(アツサンスウル)のない石の段々を、木魚のやうな音をたてゝ降りて行つた。
 娘と寒子と二人きりになると、白々と体の中を風が吹き抜けるやうな静けさにもどる。――すると、娘は鼻唄を止めて、白い腕を伸ばすと、枕元のスウヰッチを捻つて電気をつけた。
 取りとめもなく呆やりとしてゐた寒子は、この小さい家根裏の部屋に、月の光が射してゐたので、灯火はとつくについてゐたのだらうとも思つてゐたに違ひない。
「オヤ、電気ついてゐなかつたの――随分いゝお月様だつたのねえ」
 灯火の流れは、暫時は女の顔果実のやうに美しく照らしてゐた。
「えゝ随分いゝお月様でしたわ、もう五時間もあの天窓にぶらさがつてゝくれるので、ミツシヱルと随分色んな空想したんですよ、ミツシヱルは長い事卵子を食べないので、卵子の事ばかり云つてゐるし、私はまるで、金貨のやうだつて思つたんです」
今日はミツシヱルはモデルにまはらないの‥‥」
「えゝ廻つたところで、一週間に五時間ぐらゐぢや、歩かないで寝てた方がいゝわ、とても、このパリもモデルが多くて、――今ぢや淫売とモデル兼業の女も多いし、とてもとても食つて行けさうもないの」
 女は退屈さうに長い十本の指を灰色に近い金髪の頭の中に入れてゴホンゴホン咳をしだした。
 体のどこかに病気の巣食つてゐるやうな透き通つた女だ。――寒子は沈黙つて立ち上ると、部屋の隅に、埃だらけになつてゐる蓄音機の蓋をあけて、キイコキイコ捻をまはした。

 4 「私、道で食べ食べ来ちやつたわ」
 ミツシヱルの手には半分になつた長いパンと、小さな包み紙があつた。
 包みの中からは、トマトの酢漬や鶏肉や、紅いうで卵子なぞが出た。
「随分御馳走でせう、――さあ、ロロおあがりよ」
 一|法(フラン)いくらのつり銭を卓子に置くと、ミツシヱルと、寝台のロロと云ふ女は、まるで水鳥のやうにせはし気にパンを頬ばつた。


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