生きつつある自意識 - 宮本 百合子 ( みやもと ゆりこ )
ロジェ・マルタン・デュガールの長篇小説「チボー家の人々」は太平洋戦争がはじまる前に、その第七巻までが訳された。山内義雄氏の翻訳で、どっさりの人に愛読されていたものであったが、ドイツのナチズムとイタリーのファシズムの真似一点ばりだった当時の日本の政府は、敵性の文学であるという理由で、それから益々興味ふかくなる第八巻からあとの出版をさせなかった。
「灰色のノート」からはじまるこの長篇小説の主人公はジャックという少年である。「灰色のノート」では、宗教学校の偽善的な教育にあき足りない激しい性質のジャックの苦悩と、彼に対する周囲の誤解のみにくさが描かれている。「一九一四年夏」は、一昨年「チボー家の人々」第八巻として幾年ぶりかで出版された。翻訳権の問題がきまれば、つづけて終りまで本になるであろう。「一九一四年夏」は、第一次ヨーロッパ大戦のはじまったときである。少年から青年になっているジャックは「灰色のノート」からのち幾多の人間形成の波瀾を経験して、いまジェネヴァに来ている。彼は国際革命家集団に属している。そして、ジェネヴァで、第一次ヨーロッパ大戦のはじまる前後のきわめて切迫した国際情勢にふれる。
やがて、第一次ヨーロッパ大戦にまきこまれたジャックが、どういう風に国際的な資本主義経済の自己撞着と戦争の矛盾を発見し、彼のヒューマニティーに立って社会歴史の発展に対する情熱に献身するか、それは、わたしたちの前にまだ日本訳としてあらわれていない後篇に語られている。
マルタン・デュガールのこの長篇がフランスで出版され全ヨーロッパの人々に深い感銘を与えたのは丁度、第二次ヨーロッパ大戦のはじまるすこし前のころであった。ドイツのナチズムの暴力があらわれ、イタリーのファシズムが芝居がかりの権力遊びからいよいよ非人道的な爪牙を示しはじめたころだった。第一次大戦の惨苦のあとをまだまざまざと感じているヨーロッパの人々、特に青年はジャックの上に、自分たちの物語のいくつかの断片を実感し、不安に空気をゆすぶっている嵐の前兆に対して自分の青春の価値と意義を最も自覚のある方法で堅持しようとしたのであった。
ヨーロッパ文学の有名な古典をよむと、わたしたちは、それらの作品の多くが、予想されるよりもはるかに多く、青年の人間形成の問題をテーマとしていることにびっくりすると思う。
だれでも思い出す「若きウェルテルの悩み」をはじめ、ヘッセの傑作も「轍の下」「青春彷徨」などは直接青年の自己確立の過程、人間の目ざめの若々しくゆたかな苦悩を描いている。ロマン・ローランの「ジャン・クリストフ」もそういう文学として世界にあまり類のない作品である。ルナールの「にんじん」の主人公は少年であるけれども、どうしてあの小説が既成の社会通念――大人の世界のものの考えかたの俗悪な形式主義への抗議でないといえよう。
デュガールの「チボー家の人々」が、一九三〇年代より四〇年代の若い人々にとって、特に意味をもっているわけは、この長篇小説の作者が、主人公ジャックの成長して行った当時のフランスの中流社会の生活ぶり、その気分を客観的にとらえていると同時に第一次大戦前後の社会的状勢も客観的な歴史の眼で描きだそうとしているところにある。デュガールよりも以前のヨーロッパの諸作家たちはそれぞれすぐれた才能を傾注しながらも、「轍の下」にしても「青春彷徨」にしても、主人公個人の内的経験だけを主として辿って人間形成を描いている。些細な個人的モメントによって展開されてゆく人格形成――自我の確立と拡大、完成への過程を描いている。デュガールは、第一次ヨーロッパ大戦を終ったあとのフランスで、ファシズムの文化侵略に対する広汎な人民戦線の結成されたフランスで、主人公ジャックの人間形成のモメントを以前の人々のようにただその人にとっては深い意味をもつ日々の身辺的小事件の累積にだけ見なかった。デュガールは、ジャックをとりかこむそれぞれの時期における社会的環境の特質とジャックの人間性の覚醒――自意識のめざめの段階とを対決させつつ、ジャックとその社会の動きを描いている。ジャックという一人の人間が、一定の社会史の期間をとおして、その矛盾、その悪、その痛苦につきころがされ、おき上り、また倒れつつ人間の理性を喪わず生きつつある姿として描かれている。ジャックとはちがった生きかたをする父や兄や他のチボー家の人々をも同時に描きつつ。
高等小学上級生、中学初級生が、予科練へ送りこまれて行ったあの列伍の姿を忘れることが出来ず、彼等をむざむざ殺した者たちのきょうの安泰について許すことが出来にくい。生命の否定・人格無視・人種間の偏見を根幹とした軍事権力の支配とその教育のもとで、どうして若い幾千・幾万のこころが、個々の人間の尊厳や自我と社会現実との関係をつかむことが出来よう。
そういう意味で、一九四五年以後日本の若い精神をとらえた自我自意識の問題は、日本の悲劇として独特のニュアンスをもった。「チボー家の人々」のジャックはそのときまでには次第に確立しかかっていた人間性、よりひろくより総合された社会的理解、理性に立って一大衝撃としての第一次大戦を経験した。悲惨事ながら、それは悲惨事として客観されるだけ成長したジャックの精神によって、経験された。したがって、ジャックその人の生死にかかわらず、人類の経験として、それは社会的に摂取された。
日本の戦時中に育った若い心は強いて無智に置かれた。非現実のヒロイズムで目のくらむような照明を日夜うけつづけて育った。自分としての判断。その人としての考えかた。社会生活におけるそのことの必然を認めることさえ罪悪とした軍部の圧力は、若い精神に、この苛烈な運命に面して自分としてのすべてに拘泥することをいさぎよしとせず、それをみにくいことと思わせるほどに成功していた。だから一九四五年以後にこれらの若い精神がにわかに自己の人間性・個性が社会的に復権することの当然さを発見したとき、さけがたい混乱を生じた。
日本では、一九四五年の八月からあとになって、やっと人間と社会の真実について話ができるようになった。民主的な日本への転換がいいはじめられ、ブルジョア民主主義という言葉が、半封建的日本という表現とともに、常用語のために生れた。軍国主義の餌じきとされて来ていた日本人民の人間性・知性が重圧をとりのぞかれてむら立つように声をあげはじめたとき、自我の確立とか自意識とかいうことが言われはじめたとき、そういう角度を手がかりとして自分の人生を見なおしはじめた若い人たちのうちで、何人が「チボー家の人々」をよんでいただろう。――言いかえれば、ヨーロッパにおける自我や自意識の課題が第一次第二次大戦を経た一九四五年までにはその社会的ファクターをどのようにまで発展させて来ているか、ということについて知る時間のあった人々が、どのくらいあっただろうという意味である。
日本の青春は云いようもなくむごたらしく扱われた、それこそ半封建社会の野蛮さそのものであった。今年二十歳をいくつか越したばかりの若い人々は、戦争末期には丁度中学上級生かそれより一つ二つ年かさであったにすぎない。それらの人々は云わばもう子供のころから軍歌をきかされて育った。常識的な大人を恐怖させるほど率直な真実探求の欲望にもえる十五六歳より以後の年代を、これらの有能な精神は、そのままの真率さで戦争のための生命否定、自我の放棄へ導きこまれた。専門学校では文科系統の学徒が容しゃなく前線へ送り出され、理科系統のものだけが戦力準備者としてのこされた。何年間も否定されつづけて来た若き生の、肯定と回復の一つの気の如く、不安なつつみどころのない表現として、自然と自意識の問題を語るとき大多数の人は十九世紀より現世代にこの人間課題がどう進展して来ているかさえ見おとした。こういう人間問題について特に敏感な文科系統の若い人々が、少年期と青年期の境に戦争にさらされたということにさらに大きい混乱の動機がかくされてもいた。自我と自意識の課題は、自我と社会的現実とのあるとおりの諸関係から切断して、どんな発展もない。インフレーションやアルバイトときりはなして、今日のわたしたちの学習生活が存在しないとおり、もし、今日の若い人々が経済事情をけとばしたような抽象的な学生生活を語るなら、その虚構の観念性を、誰よりも先ず若い人たち自身が軽蔑するであろう。
「灰色のノート」からはじまるこの長篇小説の主人公はジャックという少年である。「灰色のノート」では、宗教学校の偽善的な教育にあき足りない激しい性質のジャックの苦悩と、彼に対する周囲の誤解のみにくさが描かれている。「一九一四年夏」は、一昨年「チボー家の人々」第八巻として幾年ぶりかで出版された。翻訳権の問題がきまれば、つづけて終りまで本になるであろう。「一九一四年夏」は、第一次ヨーロッパ大戦のはじまったときである。少年から青年になっているジャックは「灰色のノート」からのち幾多の人間形成の波瀾を経験して、いまジェネヴァに来ている。彼は国際革命家集団に属している。そして、ジェネヴァで、第一次ヨーロッパ大戦のはじまる前後のきわめて切迫した国際情勢にふれる。
やがて、第一次ヨーロッパ大戦にまきこまれたジャックが、どういう風に国際的な資本主義経済の自己撞着と戦争の矛盾を発見し、彼のヒューマニティーに立って社会歴史の発展に対する情熱に献身するか、それは、わたしたちの前にまだ日本訳としてあらわれていない後篇に語られている。
マルタン・デュガールのこの長篇がフランスで出版され全ヨーロッパの人々に深い感銘を与えたのは丁度、第二次ヨーロッパ大戦のはじまるすこし前のころであった。ドイツのナチズムの暴力があらわれ、イタリーのファシズムが芝居がかりの権力遊びからいよいよ非人道的な爪牙を示しはじめたころだった。第一次大戦の惨苦のあとをまだまざまざと感じているヨーロッパの人々、特に青年はジャックの上に、自分たちの物語のいくつかの断片を実感し、不安に空気をゆすぶっている嵐の前兆に対して自分の青春の価値と意義を最も自覚のある方法で堅持しようとしたのであった。
ヨーロッパ文学の有名な古典をよむと、わたしたちは、それらの作品の多くが、予想されるよりもはるかに多く、青年の人間形成の問題をテーマとしていることにびっくりすると思う。
だれでも思い出す「若きウェルテルの悩み」をはじめ、ヘッセの傑作も「轍の下」「青春彷徨」などは直接青年の自己確立の過程、人間の目ざめの若々しくゆたかな苦悩を描いている。ロマン・ローランの「ジャン・クリストフ」もそういう文学として世界にあまり類のない作品である。ルナールの「にんじん」の主人公は少年であるけれども、どうしてあの小説が既成の社会通念――大人の世界のものの考えかたの俗悪な形式主義への抗議でないといえよう。
デュガールの「チボー家の人々」が、一九三〇年代より四〇年代の若い人々にとって、特に意味をもっているわけは、この長篇小説の作者が、主人公ジャックの成長して行った当時のフランスの中流社会の生活ぶり、その気分を客観的にとらえていると同時に第一次大戦前後の社会的状勢も客観的な歴史の眼で描きだそうとしているところにある。デュガールよりも以前のヨーロッパの諸作家たちはそれぞれすぐれた才能を傾注しながらも、「轍の下」にしても「青春彷徨」にしても、主人公個人の内的経験だけを主として辿って人間形成を描いている。些細な個人的モメントによって展開されてゆく人格形成――自我の確立と拡大、完成への過程を描いている。デュガールは、第一次ヨーロッパ大戦を終ったあとのフランスで、ファシズムの文化侵略に対する広汎な人民戦線の結成されたフランスで、主人公ジャックの人間形成のモメントを以前の人々のようにただその人にとっては深い意味をもつ日々の身辺的小事件の累積にだけ見なかった。デュガールは、ジャックをとりかこむそれぞれの時期における社会的環境の特質とジャックの人間性の覚醒――自意識のめざめの段階とを対決させつつ、ジャックとその社会の動きを描いている。ジャックという一人の人間が、一定の社会史の期間をとおして、その矛盾、その悪、その痛苦につきころがされ、おき上り、また倒れつつ人間の理性を喪わず生きつつある姿として描かれている。ジャックとはちがった生きかたをする父や兄や他のチボー家の人々をも同時に描きつつ。
高等小学上級生、中学初級生が、予科練へ送りこまれて行ったあの列伍の姿を忘れることが出来ず、彼等をむざむざ殺した者たちのきょうの安泰について許すことが出来にくい。生命の否定・人格無視・人種間の偏見を根幹とした軍事権力の支配とその教育のもとで、どうして若い幾千・幾万のこころが、個々の人間の尊厳や自我と社会現実との関係をつかむことが出来よう。
そういう意味で、一九四五年以後日本の若い精神をとらえた自我自意識の問題は、日本の悲劇として独特のニュアンスをもった。「チボー家の人々」のジャックはそのときまでには次第に確立しかかっていた人間性、よりひろくより総合された社会的理解、理性に立って一大衝撃としての第一次大戦を経験した。悲惨事ながら、それは悲惨事として客観されるだけ成長したジャックの精神によって、経験された。したがって、ジャックその人の生死にかかわらず、人類の経験として、それは社会的に摂取された。
日本の戦時中に育った若い心は強いて無智に置かれた。非現実のヒロイズムで目のくらむような照明を日夜うけつづけて育った。自分としての判断。その人としての考えかた。社会生活におけるそのことの必然を認めることさえ罪悪とした軍部の圧力は、若い精神に、この苛烈な運命に面して自分としてのすべてに拘泥することをいさぎよしとせず、それをみにくいことと思わせるほどに成功していた。だから一九四五年以後にこれらの若い精神がにわかに自己の人間性・個性が社会的に復権することの当然さを発見したとき、さけがたい混乱を生じた。
日本では、一九四五年の八月からあとになって、やっと人間と社会の真実について話ができるようになった。民主的な日本への転換がいいはじめられ、ブルジョア民主主義という言葉が、半封建的日本という表現とともに、常用語のために生れた。軍国主義の餌じきとされて来ていた日本人民の人間性・知性が重圧をとりのぞかれてむら立つように声をあげはじめたとき、自我の確立とか自意識とかいうことが言われはじめたとき、そういう角度を手がかりとして自分の人生を見なおしはじめた若い人たちのうちで、何人が「チボー家の人々」をよんでいただろう。――言いかえれば、ヨーロッパにおける自我や自意識の課題が第一次第二次大戦を経た一九四五年までにはその社会的ファクターをどのようにまで発展させて来ているか、ということについて知る時間のあった人々が、どのくらいあっただろうという意味である。
日本の青春は云いようもなくむごたらしく扱われた、それこそ半封建社会の野蛮さそのものであった。今年二十歳をいくつか越したばかりの若い人々は、戦争末期には丁度中学上級生かそれより一つ二つ年かさであったにすぎない。それらの人々は云わばもう子供のころから軍歌をきかされて育った。常識的な大人を恐怖させるほど率直な真実探求の欲望にもえる十五六歳より以後の年代を、これらの有能な精神は、そのままの真率さで戦争のための生命否定、自我の放棄へ導きこまれた。専門学校では文科系統の学徒が容しゃなく前線へ送り出され、理科系統のものだけが戦力準備者としてのこされた。何年間も否定されつづけて来た若き生の、肯定と回復の一つの気の如く、不安なつつみどころのない表現として、自然と自意識の問題を語るとき大多数の人は十九世紀より現世代にこの人間課題がどう進展して来ているかさえ見おとした。こういう人間問題について特に敏感な文科系統の若い人々が、少年期と青年期の境に戦争にさらされたということにさらに大きい混乱の動機がかくされてもいた。自我と自意識の課題は、自我と社会的現実とのあるとおりの諸関係から切断して、どんな発展もない。インフレーションやアルバイトときりはなして、今日のわたしたちの学習生活が存在しないとおり、もし、今日の若い人々が経済事情をけとばしたような抽象的な学生生活を語るなら、その虚構の観念性を、誰よりも先ず若い人たち自身が軽蔑するであろう。
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