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生きるための協力者 その人々の人生にあるもの - 宮本 百合子 ( みやもと ゆりこ )

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生きるための協力者 ――その人々の人生にあるもの――  だいぶ古いことですが、イギリスの『タイムズ』という一流新聞文芸附録に『乞食から国王まで』という本の紹介がのっていました。著者は四〇歳を越した一人看護婦でした。二〇年余の看護婦としての経験彼女の優秀な資格は、ロンドン市病院一人看護婦である彼女を、人生のいろいろの場面に立ちあわせることになりました。行路病者として運びこまれた乞食臨終に立ちあった彼女は、その優れた資質によってイギリス国王病床にも侍しました。乞食であろうと国王であろうと、人間病気とその苦悩、治癒と死の過程は、ひとしく人類の通る道です。しかし、病気そのものは一つでも、それをとりまく人生道具だては、同じロンドンの空の下で、乞食国王とでは何たるちがいでしょう。『乞食から国王まで』の著者は、社会どん底から、てっぺんまでを看護婦として通ってみて、人間とその病気とが、人生の何を語るかということを書いた本でした。
 丁度日本中国への戦争を拡大していたころで、間もなくわたしはその新聞さえよむことができなくなりました。したがって、その本も輸入されませんでしたが、ロンドン一人看護婦のかいた『乞食から国王まで』という本の名とその内容は、忘られないで、記憶にとどまっています。
 看護婦という立場は、病気という人間の苦しみを通じて、ほんとうに、いろいろの人の生活にふれ、その運命を目撃します。内科家庭医となって、一つの家庭接触すると、病気そのものよりも、むしろ、病気をしている主人なり妻なり老人なりに対するその家族のひとたちの感情の複雑さにおどろく場合が少くないと云われています。看護婦立場も全くそのとおりと思われますが、わたしは、みなさんに一つの質問をしたい気がします。あなたがたは、病む人々が生命のためにたたかう事業をたすけて、けなげに努力していらっしゃる。そのような看護婦という職業をもつ一人女性人生として、きょうの生活をどう感じて働いておいででしょうか、と。
 生きるために病とたたかう人たちをたすける看護婦という職業において、日本看護婦は、どのように社会から評価されているでしょう。日本看護婦は、その人々の気立てによって、親切でやさしい人も少くないけれども、一般として、訓練が不足しているということは定評でした。ですから、昨今は、日本看護婦能力の水準を国際的な高さにまでひき上げるための規則もやかましくなったわけでしょう。
 日本看護婦欧米看護婦たちのようによく訓練されていず、しっかりしていないと、ひとくちに云っては、日本現実理解しないことだろうと思います。これまで、日本婦人は、子供のときからお嫁に行く仕度ばかりさせられて育って来て、自分職業を選び、その職業に対して社会的責任を感じながら自主的に成長してゆくというような生きかたは、例外でした。日本婦人の大多数が、まだ社会的に経済的独立して生活してゆく習慣をもっていないこと。この事実が、婦人職業の一つとして看護婦という立場をとった場合にでも、何となし先生に対して依頼心のつよい、命令従順でさえあれば、看護婦としての範囲とその責任において、臨機に病人を扶けてゆく積極性をかくわけでしょう。
 病気で苦しいとき、体さえ自分で動かせないとき、看護婦のまめまめしくて、統制のあるたすけの手は、たとえようのない慰安です。そのために、日本看護婦過労は、もっともっとどうにかされなければならないと思います。どこの病院でも、看護婦は不足です。結核療養所の看護婦が、過労していないという例は一つもありません。「病気と私」を読んだすべてのひとは、患者が床の上におとした物を自分で拾うことを禁じている。そのように十分の看護婦が配置されているサナトリアムの設備におどろくのです。
 看護婦というと、日本のこれまでの感情では何となしあらゆる困難に対して献身的で犠牲の精神にしたがっている人々であり、おとなしくやさしく患者のたのみをきく人ばかりを期待しているようです。しかし、看護婦は、どういう場合にも病人の犠牲となるものではありません。病人が癒ってゆくための力づよい指導者であり、平静で明るい協力者であり、つまり病人の支えです。それだけの人間的な内容がいります。ですから、そういう職業の性質として、社会は、看護婦経済的精神生活安定のために、はからなければいけないと思います。
 アメリカイギリスその他の国々で、看護婦の私的生活は、職務からすっかりきりはなされていて、例えば結婚して妊娠すれば、母となるという仕事は、看護婦という職業の面からきりはなされて、その人個人の処置にゆだねられます。モスクワ病院では、労働法によって妊娠五ヵ月以上の婦人労働者は馘首できません。その看護婦生理条件に応じて病室から医局勤務など、無理のない部署に配置されて八ヵ月までつとめます。産前二ヵ月、産後二ヵ月、有給休暇をとります。そして居住地域の産院、母子健康相談所が、若い母と子との健康のために助力します。これは、工場官庁働く婦人女教師などに大体同じ事情です。婦人職業結婚家庭生活問題は、いまの日本ですべての若いまじめな女性問題です。社会のために行われている男女勤労というものの価値時間と金にだけ換算される時代がすぎて、もっと人間社会生活組織という点から高く評価されるようになれば、婦人職業も、もっと人間生活統一したものとして改善されてゆくと信じます。
〔一九五一年二月



底本:「宮本百合子全集 第十五巻」新日本出版社
   1980(昭和55)年5月20日初版発行
   1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第十二巻」河出書房
   1952(昭和27)年1月発行
初出:「看護学雑誌
   1951(昭和26)年2月号
入力柴田卓治
校正:米田進
2003年6月4日作成
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