神道の新しい方向 - 折口 信夫 ( おりくち しのぶ )
昭和二十年の夏のことでした。
まさか、終戦のみじめな事実が、日々刻々に近寄つてゐようとは考へもつきませんでしたが、その或日、ふつと或啓示が胸に浮んで来るやうな気持ちがして、愕然と致しました。それは、あめりかの青年たちがひよつとすると、あのえるされむを回復するためにあれだけの努力を費した、十字軍における彼らの祖先の情熱をもつて、この戦争に努力してゐるのではなからうか、もしさうだつたら、われ/\は、この戦争に勝ち目があるだらうかといふ、静かな反省が起つて来ました。
けれども、静かだとはいふものゝ、われ/\の情熱は、まさにその時烈しく沸つてをりました。しかしわれ/\は、どうしても不安で/\なりませんでした。それは、日本の国に、果してそれだけの宗教的な情熱を持つた若者がゐるだらうかといふ考へでした。
日本の若者たちは、道徳的に優れてゐる生活をしてゐるかも知れないけれども、宗教的の情熱においては、遥かに劣つた生活をしてをりました。それは歯に衣を着せず、自分を庇はなければ、まさにさう言へることです。われ/\の国は、社会的の礼譲などゝいふことは、何よりも欠けてをりました。
それが幾層倍かに拡張せられて現れた、この終戦以後のことで御覧になりましても訣りますやうに、世の中に、礼儀が失はれてゐるとか、礼が欠けてゐるところから起る不規律だとかいふやうなことが、われ/\の身に迫つて来て、われ/\を苦痛にしてゐるのですが、それがみんな宗教的情熱を欠いてゐるところから出てゐる。宗教的な、秩序ある生活をしてゐないから来るのだといふ心持ちがします。心持ちだけではありません。事実それが原因で、かういふ礼譲のない生活を続けてゐる訣です。これはどうしても宗教でなければ、救へません。仏教徒であつたわれ/\の家では、時を定めて寺へ詣る――さういふ生活を繰り返してをりますけれども、もうそれにはすつかり情熱がなくなつてをります。それからその慣例について、謙譲な内容がなくなつてをります。
ところが、たゞ一ついゝことは、われ/\に非常に幸福な救ひの時が来た、といふことです。われ/\にとつては、今の状態は決して幸福な状態だとは言へませんが、その中の万分の一の幸福を求めれば、かういふところから立ち直つてこそ、本当の宗教的な礼譲のある生活に入ることが出来る。義人のゐる、よい社会生活をすることが出来るといふことです。
しかし時々ふつと考へますのに、日本は一体宗教的の生活をする土台を持つてをるか、日本人自身は宗教的な情熱を持つてゐるか、果して日本的な宗教をこれから築いてゆくだけの事情が現れて来るか、といふことです。
事実、仏教徒の行動などを見ますと、実際宗教的な慣例に従つて宗教的な行動をして、宗教的な情熱を持つて来たやうにも見えますけれども、それは多くやはり、慣例に過ぎなかつたり、または啓蒙的な哲学を好む人たちが、享楽的に仏教思想を考へ、行動してゐるにすぎないといふやうな感じのすることもございます。殊に、神道の方になりますと、土台から、宗教的な点において欠けてゐるといふことが出来ます。
神道では、これまで宗教化するといふことをば、大変いけないことのやうに考へる癖がついてをりました。つまり宗教として取り扱ふことは、神道の道徳的な要素を失つて行くことになる。神道をあまり道徳化して考へてをります為に、それから一歩でも出ることは道徳外れしたものゝやうにしてしまふ。神道は宗教ぢやない。宗教的に考へるのは、あの教派神道といはれるもの同様になるのと同じだといふ、不思議な潔癖から神道の道徳観を立てゝ、宗教に赴くことを、極力防ぎ拒みして来てゐました。
われ/\の近い経験では――勿論われ/\は生れてをらぬ時代ですが――明治維新前後に、日本の教派神道といふものは、雲のごとく興つて参りました。どうしてあの時代に、教派神道が盛んに興つて来たかと申しますと、これは先に申しました潔癖なる道徳観が、邪魔をすることが出来なかつた。一旦誤られた潔癖な神道観が、地を払うた為に、そこにむら/\と自由な神道の芽生えが現れて来たのです。
たゞ此時に、本当の指導者と申しますか、本当の自覚者と申しますか、正しい教養を持つて、正しい立場を持つた祖述者が出て来て、その宗教化を進めて行つたら、どんなにいゝ幾流かの神道教が現れたかも知れないのです。たゞ残念なことに、さういふ事情に行かないうちに、ばた/\と維新の事業は解決ついてしまひました。それから幸福な、仮りに幸福な状態が続いて参りました。その為にまた再び神道を宗教化するといふことが、道徳的にいけない、道徳的に潔癖に障るやうな心持ちが、再び盛んに起つて参りました。さうして日本の神道といふものは、宗教以外に出て行かうとしました。
只今におきましても、神道の根源は神社にあり、神社以外に神道はない、と思つてゐられる方が、随分世の中にあるだらうと思ひます。それについて、なほ反省して戴かなければならない。相変らずさうして行けば、われ/\は遂に、西洋の青年たちにも及ばない、宗教的情熱のこれつぱかりもないやうな生活を、続けて行かなければならないのです。思うて見れば、日本の神々は、曾ては仏教家の手によつて、仏教化されて、神の性格を発揚した時代もあります。仏教々理の上に、日本の神々を活かしたこともあつた訣です。
さういふ意味において、従来の日本の神と、其上に、仏教的な日本の神といふものが現れて参りました。しかし同時に、さういふ二通りの神をば信じてゐたのです。しかもその仏教化せられた日本の神々は、これは宗教の神として信じられてゐたのではないのです。たとへば法華経では、これに附属した経典擁護の神として、わが国の神を考へ、崇拝せられて来たにすぎません。日本の神として、独立した信仰の対象になつてゐた訣ではありません。だから日本の神が本当に宗教的に独立した、宗教的な渇仰の的になつて来たといふ事実は、今までの間になかつたと申してよいと思ひます。
一体、日本の神々の性質から申しますと、多神教的なものだといふ風に考へられて来てをりますが、事実においては日本の神を考へます時には、みな一神的な考へ方になるのです。
たとへば、沢山神々があつても、日本の神を考へる時には、天照大神を感じる。或は高皇産霊神を感じる、或は天御中主神を感じるといふやうに、一個の神だけをば感じる考へ癖といふものがあります。その間にいろ/\な神々、最も卑劣な考へ方では、いはゆる八百万の神といふやうな神観は、低い知識の上でこそ考へてゐますが、われ/\の宗教的或は信仰的な考へ方の上には、本当は現れては参りません。
けれども、静かだとはいふものゝ、われ/\の情熱は、まさにその時烈しく沸つてをりました。しかしわれ/\は、どうしても不安で/\なりませんでした。それは、日本の国に、果してそれだけの宗教的な情熱を持つた若者がゐるだらうかといふ考へでした。
日本の若者たちは、道徳的に優れてゐる生活をしてゐるかも知れないけれども、宗教的の情熱においては、遥かに劣つた生活をしてをりました。それは歯に衣を着せず、自分を庇はなければ、まさにさう言へることです。われ/\の国は、社会的の礼譲などゝいふことは、何よりも欠けてをりました。
それが幾層倍かに拡張せられて現れた、この終戦以後のことで御覧になりましても訣りますやうに、世の中に、礼儀が失はれてゐるとか、礼が欠けてゐるところから起る不規律だとかいふやうなことが、われ/\の身に迫つて来て、われ/\を苦痛にしてゐるのですが、それがみんな宗教的情熱を欠いてゐるところから出てゐる。宗教的な、秩序ある生活をしてゐないから来るのだといふ心持ちがします。心持ちだけではありません。事実それが原因で、かういふ礼譲のない生活を続けてゐる訣です。これはどうしても宗教でなければ、救へません。仏教徒であつたわれ/\の家では、時を定めて寺へ詣る――さういふ生活を繰り返してをりますけれども、もうそれにはすつかり情熱がなくなつてをります。それからその慣例について、謙譲な内容がなくなつてをります。
ところが、たゞ一ついゝことは、われ/\に非常に幸福な救ひの時が来た、といふことです。われ/\にとつては、今の状態は決して幸福な状態だとは言へませんが、その中の万分の一の幸福を求めれば、かういふところから立ち直つてこそ、本当の宗教的な礼譲のある生活に入ることが出来る。義人のゐる、よい社会生活をすることが出来るといふことです。
しかし時々ふつと考へますのに、日本は一体宗教的の生活をする土台を持つてをるか、日本人自身は宗教的な情熱を持つてゐるか、果して日本的な宗教をこれから築いてゆくだけの事情が現れて来るか、といふことです。
事実、仏教徒の行動などを見ますと、実際宗教的な慣例に従つて宗教的な行動をして、宗教的な情熱を持つて来たやうにも見えますけれども、それは多くやはり、慣例に過ぎなかつたり、または啓蒙的な哲学を好む人たちが、享楽的に仏教思想を考へ、行動してゐるにすぎないといふやうな感じのすることもございます。殊に、神道の方になりますと、土台から、宗教的な点において欠けてゐるといふことが出来ます。
神道では、これまで宗教化するといふことをば、大変いけないことのやうに考へる癖がついてをりました。つまり宗教として取り扱ふことは、神道の道徳的な要素を失つて行くことになる。神道をあまり道徳化して考へてをります為に、それから一歩でも出ることは道徳外れしたものゝやうにしてしまふ。神道は宗教ぢやない。宗教的に考へるのは、あの教派神道といはれるもの同様になるのと同じだといふ、不思議な潔癖から神道の道徳観を立てゝ、宗教に赴くことを、極力防ぎ拒みして来てゐました。
われ/\の近い経験では――勿論われ/\は生れてをらぬ時代ですが――明治維新前後に、日本の教派神道といふものは、雲のごとく興つて参りました。どうしてあの時代に、教派神道が盛んに興つて来たかと申しますと、これは先に申しました潔癖なる道徳観が、邪魔をすることが出来なかつた。一旦誤られた潔癖な神道観が、地を払うた為に、そこにむら/\と自由な神道の芽生えが現れて来たのです。
たゞ此時に、本当の指導者と申しますか、本当の自覚者と申しますか、正しい教養を持つて、正しい立場を持つた祖述者が出て来て、その宗教化を進めて行つたら、どんなにいゝ幾流かの神道教が現れたかも知れないのです。たゞ残念なことに、さういふ事情に行かないうちに、ばた/\と維新の事業は解決ついてしまひました。それから幸福な、仮りに幸福な状態が続いて参りました。その為にまた再び神道を宗教化するといふことが、道徳的にいけない、道徳的に潔癖に障るやうな心持ちが、再び盛んに起つて参りました。さうして日本の神道といふものは、宗教以外に出て行かうとしました。
只今におきましても、神道の根源は神社にあり、神社以外に神道はない、と思つてゐられる方が、随分世の中にあるだらうと思ひます。それについて、なほ反省して戴かなければならない。相変らずさうして行けば、われ/\は遂に、西洋の青年たちにも及ばない、宗教的情熱のこれつぱかりもないやうな生活を、続けて行かなければならないのです。思うて見れば、日本の神々は、曾ては仏教家の手によつて、仏教化されて、神の性格を発揚した時代もあります。仏教々理の上に、日本の神々を活かしたこともあつた訣です。
さういふ意味において、従来の日本の神と、其上に、仏教的な日本の神といふものが現れて参りました。しかし同時に、さういふ二通りの神をば信じてゐたのです。しかもその仏教化せられた日本の神々は、これは宗教の神として信じられてゐたのではないのです。たとへば法華経では、これに附属した経典擁護の神として、わが国の神を考へ、崇拝せられて来たにすぎません。日本の神として、独立した信仰の対象になつてゐた訣ではありません。だから日本の神が本当に宗教的に独立した、宗教的な渇仰の的になつて来たといふ事実は、今までの間になかつたと申してよいと思ひます。
一体、日本の神々の性質から申しますと、多神教的なものだといふ風に考へられて来てをりますが、事実においては日本の神を考へます時には、みな一神的な考へ方になるのです。
たとへば、沢山神々があつても、日本の神を考へる時には、天照大神を感じる。或は高皇産霊神を感じる、或は天御中主神を感じるといふやうに、一個の神だけをば感じる考へ癖といふものがあります。その間にいろ/\な神々、最も卑劣な考へ方では、いはゆる八百万の神といふやうな神観は、低い知識の上でこそ考へてゐますが、われ/\の宗教的或は信仰的な考へ方の上には、本当は現れては参りません。
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