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神鷺之巻 - 泉 鏡花 ( いずみ きょうか )

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  • 図録★番町の家・慶応義塾図書館所蔵泉鏡花遺品展★09年
  • 泉鏡花賞受賞 柳美里「フルハウス」初版
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       一  白鷺明神(しらさぎみょうじん)の祠(ほこら)へ――一緑の森をその峰に仰いで、小県銑吉(おがたせんきち)がいざ詣でようとすると、案内に立ちそうな村の爺さんが少なからず難色を顕(あら)わした。  この爺さんは、 「――おらが口で、更(あらた)めていうではねえがなす、内の媼(ばばあ)は、へい一通りならねえ巫女(いちこ)でがすで。」……
 若い時は、渡り仲間の、のらもので、猟夫(かりゅうど)を片手間に、小賭博(こばくち)なども遣(や)るらしいが、そんな事より、古女房巫女というので、聞くものに一種の威力があったのはいうまでもない。
 またその媼巫女(うばいちこ)の、巫術(ふじゅつ)の修煉(しゅうれん)の一通りのものでない事は、読者にも、間もなく知れよう。
 一体、孫八が名だそうだ、この爺さんは、つい今しがた、この奥州関屋の在、旧――街道わきの古寺西明寺(さいみょうじ)の、見る影もなく荒涼(あれすさ)んだ乱塔場で偶然|知己(ちかづき)になったので。それから――無住ではない、住職和尚は、斎稼(ときかせ)ぎに出て留守だった――その寺へ伴われ、庫裡(くり)から、ここに准胝観世音(じゅんでいかんぜおん)の御堂(みどう)に詣でた。
 いま、その御廚子(みずし)の前に、わずかに二三畳の破畳(やれだたみ)の上に居るのである。
 さながら野晒(のざらし)の肋骨(あばらぼね)を組合わせたように、曝(さ)れ古びた、正面の閉した格子を透いて、向う峰の明神の森は小さな堂の屋根を包んで、街道を中に、石段は高いが、あたかも、ついそこに掛けた、一面墨絵の額、いや、ざっと彩った絵馬のごとく望まるる。
 明神は女体におわす――爺さんがいうのであるが――それへ、詣ずるのは、石段の上の拝殿までだが、そこへ行(ゆ)くだけでさえ、清浄(しょうじょう)と斎戒(さいかい)がなければならぬ。奥の大巌(おおいわ)の中腹に、祠が立って、恭(うやうや)しく斎(いつ)き祭った神像は、大深秘で、軽々しく拝まれない――だから、参った処で、その効(かい)はあるまい……と行(ゆ)くのを留めたそうな口吻(くちぶり)であった。
「ごく内々の事でがすがなす、明神様のお姿というのはなす。」
 時に、勿体ないが、大破落壁した、この御堂の壇に、観音の緑髪、朱唇(しゅしん)、白衣(びゃくえ)、白木彫(しらきぼり)の、み姿の、片扉金具の抜けて、自(おのず)から開いた廚子から拝されて、誰(た)が捧げたか、花瓶の雪の卯の花が、そのまま、御袖(みそで)、裳(もすそ)に紛(まが)いつつ、銑吉が参らせた蝋燭(ろうそく)の灯に、格天井(ごうてんじょう)を漏る昼の月影のごとく、ちらちらと薄青く、また金色(こんじき)の影がさす。
「なす、この観音様に、よう似てござらっしゃる、との事でなす。」……
 ただこの観世音の麗相を、やや細面にして、玉の皓(しろ)きがごとく、そして御髪(みぐし)が黒く、やっぱり唇は一点の紅である。
 その明神は、白鷺の月冠をめしている。白衣で、袴(はかま)は、白とも、緋(ひ)ともいうが、夜の花の朧(おぼろ)と思え。……
 どの道、巌(いわお)の奥殿の扉を開くわけには行かないのだから、偏(ひとえ)に観世音を念じて、彼処(かしこ)の面影を偲(しの)べばよかろう。
 爺さんは、とかく、手に取れそうな、峰の堂――絵馬の裡(なか)へ、銑吉を上らせまいとするのである。
 第一|可恐(おそろし)いのは、明神拝殿の蔀(しとみ)うち、すぐの承塵(なげし)に、いつの昔に奉納したのか薙刀(なぎなた)が一振(ひとふり)かかっている。勿論誰も手を触れず、いつ研いだ事もないのに、切味(きれあじ)の鋭さは、月の影に翔込(かけこ)む梟(ふくろう)、小春日になく山鳩は構いない。いたずらものの野鼠は真二つになって落ち、ぬたくる蛇は寸断(ずたずた)になって蠢(うごめ)くほどで、虫、獣(けだもの)も、今は恐れて、床、天井を損わない。
 人間なりとて、心柄によっては無事では済まない。かねて禁断であるものを、色に盲(めし)いて血気な徒が、分別を取はずし、夜中、御堂へ、村の娘を連込んだものがあった。隔ての帳(とばり)も、簾(すだれ)もないのに――
 ――それが、何と、明(あかる)い月夜よ。明神様もけなりがッつろと、二十三夜の月待の夜話(よばなし)に、森へ下弦の月がかかるのを見て饒舌(しゃべ)った。不埒(ふらち)を働いてから十五年。四十を越えて、それまでは内々恐れて、黙っていたのだが、――祟(たた)るものか、この通り、と鼻をさして、何の罰が当るかい。――舌も引かぬに、天井から、青い光がさし、その百姓屋の壁を抜いて、散りかかる柳の刃がキラリと座のものの目に輝いた時、色男の顔から血しぶきが立って、そぎ落された低い鼻が、守宮(やもり)のように、畳でピチピチと刎(は)ねた事さえある。
 いま現に、町や村で、ふなあ、ふなあ、と鼻くたで、因果と、鮒(ふな)鰌(どじょう)を売っている、老ぼれがそれである。
 村|若衆(わかいしゅ)の堂の出合は、ありそうな事だけれど、こんな話はどこかに類がないでもなかろう。
 しかし、なお押重ねて、爺さんが言った、……次の事実は、少からず銑吉を驚かして、胸さきをヒヤリとさせた。
 余り里近なせいであろう。近頃では場所が移った。が、以前は、あの明神の森が、すぐ、いつも雪の降ったような白鷺の巣であった。近く大正の末である。一夜に二件、人間二人、もの凄(すご)い異状が起った。
 その一人は、近国の門閥家(もんばつか)で、地方的に名望権威があって、我が儘(まま)の出来る旦那(だんな)方。人に、鳥博士と称(とな)えられる、聞こえ鳥類研究家で。家には、鳥屋というより、小さな博物館ぐらいの標本備えもし、飼ってもいる。近県近郷の学校教師、無論学生たち、志あるものは、都会、遠国からも見学に来(きた)り訪(と)うこと、須賀川牡丹(ぼたん)の観賞に相斉(あいひと)しい。で、いずれの方面からも許されて、その旦那紳士ばかりは、猟期、禁制の、時と、場所を問わず、学問のためとして、任意に、得意の猟銃の打金をカチンと打ち、生きた的に向って、ピタリと照準する事が出来る
 時に、その年は、獲ものでなしに、巣の白鷺の産卵と、生育状態実験を思立たれたという。……雛(ひよ)ッ子はどんなだろう。鶏や、雀と違って、ただ聞いても、鴛鴦(おしどり)だの、白鷺のあかんぼには、博物にほとんど無関心な銑吉も、聞きつつ、早くまず耳を傾けた。
 在所には、旦那方の泊るような旅館がない。片原の町へ宿を取って、鳥博士は、夏から秋へかけて、その時々。足繁くなると、ほとんど毎日のように、明神の森へ通ったが、思う壺の巣が見出せない。
 ――村に猟夫(かりゅうど)が居る。猟夫(りょうし)といっても、南部の猪(いのしし)や、信州の熊に対するような、本職の、またぎ、おやじの雄(おす)ではない。のらくらものの隙稼(ひまかせ)ぎに鑑札だけは受けているのが、いよいよ獲ものに困(こう)ずると、極めて内証に、森の白鷺を盗み撃(うち)する。


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