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私の信条 - 宮本 百合子 ( みやもと ゆりこ )

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 一九三八年(昭和十三年)三月に、ナチス・ドイツはオーストリア合併し、三九年(十四年)三月には、チェコとスロヴァキアとを合併した。五月末に独伊軍事同盟が結ばれ、三ヵ月のちの八月には独ソ不可侵条約を締結した。ヒトラー政府はラジオをもってこのことを公表した。ナチス軍ポーランド進撃は、それから僅か十日のちのできごとであった。第二次世界大戦はこういう手順でナチスによって放火された。
 その前後のことだった。わたしは、たぶん『新女苑』であったかに、一人フランス女学生の手記がのっているのを読んだ。いま、その名を思い出すことのできない若いソルボンヌ大学女学生は、その手記のなかで、次のような意味のことを語っていた。第一ヨーロッパ大戦から二十五年経過した。私たちフランスの若ものは、第一次大戦ののちに生まれてこんにちまで、世界平和を希う切実な声の中に成長して来た。わたしたちは、現代世紀人類願い平和であること、戦争をさけるためにあらゆる努力を惜しんではならないということをモラルとして、少年少女時代をすごして来た。ところが、最近の数年に、世界平和は、おびやかされ、現在では、世界中が、第二次大戦の勃発をおそれなければならない状態におかれている。
 わたしたちのように平和願いの中に生まれ、平和願いのうちに人間精神をめざまされているフランスの若い世代は、こんにち戦争の脅威のうちにも、やはり考えることは戦争ではなくて、平和である。不幸にも、ふたたびヨーロッパが戦場に化すようなことがおこるとしても、わたしたちの考えは変らない。それは戦争は根絶されるべきものであり、世界平和をもたなければならない、という信念である。
 こまかい活字で三段にくまれていたそのフランス女学生文章のあらましは、そういう意味を語っているのだった。フランスとドイツとの伝統的な恨みというようなものは、芸術交流して来たあとを見ても事実としては存在しないこと、その言葉大衆祖国愛利己的に利用しようとする戦争煽動者の口ぐせにすぎないということを、フランスの若い世代はよく理解している。そういうことも簡明であると同時にしなやかなその文章のうちにふれられていた。
 わたしは、その文章をごくあっさりとあわただしい僅のときのひまに読んだだけであった。けれども、不思議に、そこにたたえられていた若い精神の誠実さに感銘がのこった。三九年十二月国際連盟ソヴェト同盟除名し、ナチス軍ノルウェーデンマークオランダベルギー侵略した。そして独ソ間の不可侵条約をあざ嗤(わら)って、ナチスの大軍がウクライナへとなだれこんだころ、わたしは、しばしばかつてよんだフランス女学生言葉を思いおこした。不幸にも、ふたたびヨーロッパが戦場と化すようなことになるにしても、わたしたちの唯一つの考えかたは変らない。それは戦争は根絶されるべきものであり、世界平和をもたなければならない、というあの言葉を。
 なぜなら、そのころ(一九四一年)パリにはナチスの旗がひるがえっていた。そして日本では新しく国防保安法が成立し、治安維持法が改正されて死刑法となり、アメリカとの戦争計画していた東條内閣の下では、文学も軍協力以外には存在を許さない状態になっていたからだった。そのような状態におかれていた日本のどこからも――文学からさえも、一人の若いソルボンヌ女学生がかつて語ったような響きは伝えられなかった。不条理を喋るまいとする人々は沈黙させられるか、自発的に沈黙するしかなかったし、沈黙している人々は、めいめいの沈黙の座の上に静止していた。かつては、そのような思想のある静止状態が「東洋風」とよばれた時代もあった。だが、一九四〇年代に、そのように消極的に凝結した悪の防禦の形は、すでに「東洋風」でも「アジア流」でもなくなっていた。「日本にしか見られない精神行動との麻痺の形」となっていたのだった。中国知識人をふくむ全住民は、日本軍侵略抵抗して各地ではげしくたたかっていて、その「抗日救国」のビラやスローガンを通じて、中国のおびただしい文盲者さえ文字を知りはじめつつあった。

 このごろ、わたしはまたしばしば、かつて心に刻まれたフランス女学生の手記を思いおこす。そして、そこに示されていた彼女のつつましく堅固な信念を。――戦争は根絶されるべきものであり、世界平和をもたなければならない。平和のとき、このことが云われなければならないとともに、よしんば戦争破壊がおこってもそこを貫いて、なお戦争の根絶されるべきものであることは主張されなければならず、そのための人類努力継続されなければならないものだ、という事実について。
 こんにちの特徴は、そういう考えかたをしているのが決してフランス女学生ばかりでなく、ましてやわたし一人のことではないという事実である。過去五年の間、日本の新しいヒューマニティーの成長のために何か希望善意を示して来たすべての人々、なかでも文学者は、現代世紀の良心の前にすでに正直な自身というものを露出させて来たのだから、たとえ六月二十五日以後、どこにどのような事態がひきおこされようと、もう、かつての時のように、先ず自身の精神韜晦(とうかい)して屈従の理論をくみたてるという芸当に身をかわすことは出来ない。
 日本明日へ精神知性にとって、この事情はいいことだと思う。まっすぐに、自身の善意に耐える意志を発揮してゆくこと。そのことを通じて人及び文学者としての自身の価値歴史の上でのよりどころを再確認すること。現代文学はアジアにおける日本住民がおかれている立場必然から、何かの道を通じてこの過程を通らないわけには行かない。ひとり、ひとりの文学者が、彼あるいは彼女が生きてきたすべての能力をあつめて、現代史の示している本質的な課題をどうその生活文学とによって生きとおすか、世界文学の中で、日本現代文学が何ものであり得るかということは、きわめて厳粛なこの課題が、どう答えられてゆくかという現実によって決定されてゆくのだと思う。
 世界文学は、平面関係だけで観察され、評価されたのでは全く不十分になって来ている。こんにちでは、ある個人なり、より大きい集団、あるいは民族成功なり、栄誉なりが、単に成功とよびならわされている結果、栄誉とよばれて来ている結果からだけ見て尊敬されるという、中世的な評価の基準はかわって来た。その成功とよばれているもの、その栄誉と称されているものの実体は、現代人類問題にどんな角度作用しつつあるか。そこを客観的につきとめようとする精神がひろく、絶え間なく活動している。ジョリオ・キューリー博士にとっては、ノーベル賞が彼に与えた名誉ある原子科学者としての地位を守って人類の敵となるよりも、その地位罷免されて、人類の友たる名誉を守った。人類社会生活人類の発展全体について、これはどういう意味をもつ事件であるか。こんにち人類は、いつの時代よりも自身の運命について、真面目にならざるを得なくなっている。


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