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私の貞操観 - 与謝野 晶子 ( よさの あきこ )

  • 【絶版】晶子曼陀羅 佐藤春夫 ■与謝野晶子
  • 源氏物語 全五十四帖 与謝野晶子訳 良品
  • ▲肉筆▲与謝野晶子*書額▲印籠仏画象牙仏像春画秋紅葉美人富士
  • 極稀・署名本・与謝野晶子・歌集『流星の道』・初版函・大正13年
  • ☆平成4年文化人/与謝野晶子の肖像画と歌 シート☆
  • ◆本◆現代日本文学全集15 S29発行 与謝野晶子/寛/石川啄木/北原
  • 昔の本 田辺聖子 【千すじの黒髪】わが愛の与謝野晶子
  • ▲肉筆▲与謝野晶子*書額▲印籠仏画象牙仏像春画蛸唐草美人富士
  • ●全訳 源氏物語 上中下全3冊 与謝野晶子訳 角川文庫
  • 【ドラマCD サウンド文学館】与謝野晶子書簡集/宮本百合子書簡集
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 従来は貞操という事を感情ばかりで取扱っていた。「女子がなぜに貞操を尊重するか。」こういう疑問を起さねばならぬほど、昔の女は自己の全生活について細緻(さいち)な反省を下すことを欠いていた。女という者は昔から定められたそういう習慣の下に盲動しておればそれで十分であると諦(あきら)めていた。
 けれども今後の女はそうは行かない。感情ばかりで物事を取扱う時代ではなくなった。総(すべ)てに対して「なぜに」と反省し、理智の批判を経て科学的の合理を見出(みいだ)し、自己の思索に繋(か)けた後でなければ承認しないという事になって行くであろう。
 感情をあながちに斥(しりぞ)けるのではない。女が唯一の頼みとしていた感情は、いわば元始的の偏狭(へんきょう)と、歴史的の盲動とで海綿状に乱れた物であった。その偏狭は時に可憐だとして小鳥の如くに男子から愛せられる原因とはなったが、大抵はその盲動と共に女子小人とは養いがたしとて男子から蔑視(べっし)せられる所以(ゆえん)であった。今は女の目の開く世紀である。その感情を偏狭より脱して深大豊富にすると同時に、その盲動を改めるために、それに軸または中心となる理智を備え、理智に整理せられつつ放射状に秩序ある感情の明動をしようとする時が来た。いわゆる女子自覚とはこれを基礎として出発し、自己を卑屈より高明に、柔順より活動に、奴隷より個人解放するのが目的である。
 男子はこういう意味感情の修練、自己の解放を古くから気附いていた。希臘(ギリシャ)印度の古い哲学より欧洲近世科学に到るまで、総て要するに男子が自ら全(まった)かろうとする努力表現である。女子は殆(ほとん)どこれらの文明に与(あずか)っていなかったといってよい。
 初心(うぶ)な女だといわれることは最早何の名誉でも誇りでもない。それは元始的な感情の域に彷徨(ほうこう)して進歩のない女という意味である。低能な女という意味である。
 気が附いて見ると、男子大股(おおまた)に濶(ひろ)い文明第一街を歩いている。哀れなる女よ、男と対等に歩もうとするには余(あま)りに遅れている。我我は早くこの径(こみち)より離れて追い縋(すが)りたい。
 総てに無自覚であった従来の女に貞操の合理的根拠を考えた者のないのは当然であるとして、あれだけ女子の貞操を厳しくいう我国の男子に、今日までまだ貞操を守らねばならぬ理由説明した人のないのは不思議である。
 貞操の起原についてもまた我らは何の教えられる所もなかった。
 自分の乏しい智識で考えて見ると、元始人間に貞操というような観念自然備えていたとは想像することが出来ない。古代に溯(さかのぼ)って見ればいずれの国民も一婦多夫であり、また一夫多妻であった。また家長族長としての権利を男よりも女の方が多数に所有していた。今でも西蔵(チベット)その他の未開国には一婦多夫と女の家長権とが古代の俤(おもかげ)を遺(のこ)している。文明国においても娼婦(しょうふ)や妓女(ぎじょ)のたぐいは一種の公認せられた一婦多夫である。一夫多妻に到ってはいずれの文明国にも男子の裏面に誰も認める如く現に保存されている。
 男子本能の自躍するままに女子を選んだ元始時代にあっては、後世男子が我儘(わがまま)に玩弄物(がんろうぶつ)の如く女子を選ぶよりも、更に数層|甚(はなはだ)しい強圧即ち暴力を以て女子掠奪(りゃくだつ)したのであるから、当時の女子純潔を持(じ)することの出来なかった事は想像が附く。
 その当時の男女食物を集める事と、舞踏し歌う事とに日を送ったが、男子は特に女子を奪うことに由って敵の男子と戦わねばならなかった。勿論当時の人間には国籍住所も定(さだま)っていない。水草を追うて浮動する小部隊が錯落(さくらく)として散在した事であろう。今日|謂(い)う所の如き「家」とか「社会」とかいう観念のなかったのは勿論である。
 男子が他の男子と女の愛を競争し、一旦我手に掠奪した女を独占しようとするのは自然の性情である。其処に激烈な嫉妬が起ったに違いない。あるいは嫉妬は本来男子のものであって、それが女子の性情となったのは後世の事でないかとさえ思われる。
 女子に自ら純潔を持することの出来なかった時代に貞操の観念女子自発しようとは想われぬ。唯(た)だ女子の持っていたものは甲の男子を愛して乙の男子を厭(いと)うという自然の好悪(こうお)に過ぎなかったであろう。好悪の感情はあってもその選択権利女子になかった時代であるから、好悪は一の感情として存在するだけで、それを死守する意力即ち貞操と名づけるまでの観念は成立たない訳である。
 これに反して男子には、嫉妬と共に女子を自己一人に服従せしめようとする思想、即ち貞操を女子に強いるという事が生じたに違いない。自分は如此(かくのごと)く直覚する。貞操の起原は男子威圧からである。女子にあっては本来|被動的(うけみ)のものである。
 男子一人で同時に幾人の女を独占することは丁度今もその遺風を伝えている土耳古(トルコ)帝の如きものであった。一夫多妻は最も元始的なものである。一夫多妻となれば多妻の間に嫉妬の生ずるのは当然である。女子も遅れて嫉妬を感ずるに到った。
 しかし浮動していた人間が土着する人間となり、「種族的階級」及び「家」という物を生ずるに到って、男女関係政治経済的関係と共に顛倒(てんとう)したらしい。


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