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秋の夜がたり - 岡本 かの子 ( おかもと かのこ )

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  • 鮨 岡本かの子 初版 戦前 文学 小説 昭和16年
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  • 0805 日本の文学46 宇野千代・岡本かの子 昭和44年4月初版
  • 佐藤春夫 『掬水譚』 岡本かの子宛署名本 谷崎潤一郎
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 中年おとうさんと、おかあさんと、二十歳前後のむすこと、むすめの旅でありました。  旅が、旅程の丁度半分程の処で宿をとつたのですがその国の都と、都から百五十里も離れた田舎(いなか)との中間の或る湖畔の街の静(しずか)なホテルです。
 その国と云ひましたが、さあ、日本か、外国か、今か、昔かと、それを作者はどう極(き)めませう。実は、日本でも外国でも、今でも昔でも関(かま)はないのです。この物語真実や、真味は、さういふことに一向かまはないで作者意図に登り、そして読者に語られようとしてゐます。だが挿画(さしえ)画家さんにお気の毒ですね。黒眼を描かうか碧眼(へきがん)を現はさうか縮毛(ちぢれげ)か延髪か描き分けよう術(すべ)もありませんでせうから。ですから具体的な人物でなくとも、草か木か鳥獣か花かで、この物語の読後の気持を現はして下さつても宜(よ)いのです。といつて私がこれ以上くどく画家さんに指図をしなくてもそれはその道の技量敏感で、どうしてでも筋や真実真味のけはひを現はして下さるでせうから、私は私の物語に遠慮なくは入(い)らして頂きませう。
 季節は秋です。夕方すこし烈(はげ)しかつた風もすつかり落ちて、草木のけはひが風にもまれなかつた前の静(しずか)なたゝずまひに返り、月が、余り明る過ぎない程の明るさで宵の山の端にかかりました。ホテルの窓からはほんの湖水の一端しか見えませんが、その一端の澄み上つた爽(さわや)かさが広い全面の玲朗(れいろう)さを充分に想はせる効果をもつて四人の健康な清麗な親子の瞳に沁(し)み入りました。そして、今、給仕人が引下げて行つたばかりの晩餐(ばんさん)の幾つもの皿には、その湖水でとれた新らしい香の高い魚類料理されてあつたのです。それらの皿と入れ違ひに、附近の山でとれたといふ採りたての無花果(いちじく)の実が、はじけ相(そう)な熟した果肉を漸(ようや)く圧(おさ)へた皮のいろも艶(つや)やかに、大きな鉢に入れられて濃いこうばしいお茶と一緒に運ばれました。

――おとうさん。今夜こそ、わたし達は私達の真実のことを、この子供達にお話しいたしませうね。
――ああ、それが好い。

 これがおとうさんの返事です。

――さうよ、おかあさん。もう四五年前からのお約束ですもの。
――僕たちが二十位になつたら話してあげるつて仰(おっしゃ)つたことがありましたつけ。

 歳も二十と十九の一つ違ひのむすこと、むすめが言ひました。

――まあ無花果たくさん喰べてな、お茶もこうばしいぞ、月が半分も、あの山の端に傾いた頃から話し出さうよ。

 おとうさんが、きつぱりと云ひますと、先に云ひ出したおかあさんがいそいそとしたなかにもすこし恥(はずか)し相な赫(あか)らめた顔色を見せました。わが母|乍(なが)ら美くしい愛らしいと、むすめはそれを眺めました。


 おとうさんおかあさんも、今度一族が出発して来た田舎(いなか)の人ではありませんでした。実は今夜一晩保養の為に優勝の地として名高い此(こ)の湖畔で楽しいくつろぎをしてから更に明日出向いて行かうとする都の生れの人達なのでありました。
 都でもと生れた人が百五十里もの遠い田舎の人となり、其処(そこ)でむすことむすめを設け、土着の住民となつたからとてそれが別に大して珍らしいことでもむづかしいわけのものでもありません。けれど、このおとうさんと、おかあさんがさうなつた径路についてはそこにほかの人並とは違つた事情があつたのであります。
 知る人ぞ知る。とでも云ひ度(た)いところですが、さすがに百五十里はなれれば、そしてこのおとうさんおかあさんのやうに自然すぎるほど落ついて土着して仕舞(しま)へば実際、あやしむ人はおろか、当のおとうさんおかあさん自身でさへ殆(ほとん)ど自分達の前身は忘れはてたやうなものでした。おそらく田舎(いなか)暮らし何年間を他人事のやうに昔を思ひ隔てて仕舞つて居たにちがひありません。
 昔四十何年か前に、おとうさんおかあさん非常に仲好しの女友達同志を母親として都の一隅の街に生れました。二人の母親はまた生憎(あいにく)揃(そろ)ひも揃つて二人をお腹に持つて居た頃に未亡人になりました。丁度国の大戦の為にその国の丁年(ていねん)以上の男子が大方戦線へ出たその兵士の仲に当然|交(まじ)つて行つて仕舞ひ、その上間もなく二人の夫が二人とも戦死したからでありました。未亡人同志は、いよいよ仲好しになり、頼み合ひ、はげまし合ひ、何事も二人の合議で生活して行くやうになつたのです。
 その合議のなかの一つの事件として不思議なことが取り行はれたのでした。おとうさんを生んだ母親は男のおとうさんを女に仕立て、おかあさんを生んだ母親は女のおかあさんを男育てに育てたのでした。よくたとへには、玉のやうな赤ん坊を生んだなどと云ひますが、ほんたうは生れたばかりの赤ん坊といふものは、赤くてくしや/\で女だか男だか一寸(ちょっと)区別がつきかねるものです。前後して生んだ赤ん坊真実の男とか女とか知つた人はいくらもないそのうちに二人の母親都住居(みやこずまい)の人達によくあるあちらの街からこちらへと処々生活の都合で越して歩きました。
 おかみへ届けるときにはどうなつてゐたのでせうか分りませんが、二人が自分の名を自分で覚える頃には二人ともその育つ姿や生活に相応する――即(すなわ)ちおとうさんは女にふさはしく、おかあさんは男らしい呼名に都合よくなつて居ました。越して行く先から先の近所の人達も当然それを怪しみもせず、おとうさんを女の児(こ)扱ひにし、おかあさんを男の児と見做(みな)して仕舞ひました。二人の母親は、二人ともつつましく行儀よく出来てゐる女同志で、自分の子たちもさういふしつけの宜(よ)い育て方をしましたので、二人の子達も子供らしい遊びもいたづらも相当に仕(し)て居乍(いなが)らよく子供に有(あり)がちな肉体的な暴露などはありませんでした。さうして育つて行くうちにも仲好しの母親同志は越す先々の家を成(なる)たけ近所同志にえらび、お互ひの生活を接近させてゐました。が、自分達の合議の上で女を男に、男を女に、と取換へつこに育て上げつつある自分達の世間はづれた事業が苦もなく成功して行くのを不思議がりもせず、別に得意にもしなかつたせゐか、しまひにはお互ひ同志ばかりがどんなに人と離れて接近し合つて居る場合でも、それを得意がつたりして談(はな)し合ふことも無い様子でした。否々、しまひには自分の男の児が女として育つて居(お)り、自分の女の児が男として育つて居ることさへ追々(おいおい)忘れて仕舞つたかのやうでありました。
 しかし、あらそはれないもので、そのうちに男の児になつて居る女の児の方に女のしるしが現はれるやうになりました。母親は、今更のやうにあわてふためき、男の児の母親の方へ相談にまで行きました。そして、自分達が合議のうへでめい/\の子供を男は女に、女は男に育てて居たことを子供達に打ち明けました。ただし、それをさうしたといふ訳==つまり何故(なぜ)その母親達が、女を男にして育て、男を女に仕立てて居たかといふわけを母親達は子供達に別に話しはしませんでした。


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