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空想日録 - 寺田 寅彦 ( てらだ とらひこ )

  • ◇◇武者小路実篤 空想先生 新潮文庫
  • メディコムトイ 空想特撮シリーズ ケムール人
  • CD 杉本理恵 銀河の空想
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     一 白熊の死  探険船シビリアコフ号の北氷洋航海中に撮影されたエピソード映画の中に、一頭の白熊(しろくま)を射殺し、その子を生け捕る光景記録されている。  果てもない氷海を張りつめた流氷モザイクの一片に乗っかって親子連れの白熊不思議そうにこっちをながめている。おそらく生まれて始めて汽船というものに出会って、そうしてその上にうごめく人影奇妙鳥類だとでも思ってまじまじとながめているのであろう。甲板の手すりにもたれて銃口をそろえた船員群れがいる。「まだ打っちゃいけない。」映画監督のシュネイデロフが叫ぶ。銃砲より先にカメラの射撃が始まるのである。白熊は、自分毛皮から放射する光線が遠方のカメラのレンズの中に集約されて感光フィルムの上に隠像(レーテントイメージ)の記録を作っていることなどは夢にも知らないで、罪のない好奇と驚異の眼をこの浮き島の上の残忍な屠殺者(とさつしゃ)の群れに向けているのである。撮影が終わると待ち兼ねていた銃口からいっせいに薄い無煙火薬の煙がほとばしる。親熊は突然あと足を折って尻(しり)もちをつくような格好をして一度ぐるりと回るかと思うと、急いで駆け出すが、すぐに後ろを振りむいて何かしら自分の腰に食いついている目に見えぬ敵を追い払おうとする様子をする。命取りの強敵はもう深く体内に侵入しているがそんなことは熊にはわからない。またあわてて駆け出す。わけはわからないが本能的に敵から遠ざかるような方向に駆け出すのである。右の腰部からまっ黒な血がどくどく流れ出して氷盤の上を染める。映画では黒いだけのこの血が実際にはいかに美しく物すごい紅色を氷海のただ中に染め出したことであろう。そのうちにまたいくつかの弾(たま)をくらったらしい。いくら逃げても追い駆けて来る体内の敵をまくつもりで最後の奥の手を出してま近な二つの氷盤の間隙(かんげき)にもぐり込もうとするが、割れ目彼女の肥大な体躯(たいく)を容(い)れるにはあまりに狭い。この最後努力でわずかに残った気力が尽き果てたか、見る見るからだの力が抜けて行って、くず折れるようにぐったりと横倒しに倒れてしまう。一方ではまた、何事とも知れぬ極度の恐怖に襲われて、氷塊の間の潮水をもぐって泳ぎ回る可憐(かれん)な子熊(こぐま)もやがて繩(なわ)の輪に縛られて船につり上げられる。そうして懸命の力で反抗しあばれ回る。「ひどく一同を手こずらせた」と探険隊長演説の中でも紹介されているが、これは子熊の立場からは当然のことであろう。あばれる子熊の横顔へ防寒|長靴(ながぐつ)をはいた人間の足がいくつも飛んで来る。これも人間立場からは当然であろう。やがて魂の抜けた親熊の死骸(しがい)が甲板につりおろされると、子熊はいきなり飛びついて母の首筋に食らいついて引きずり出そうとするような態度を見せる。おそらくこの痛手を負った母を引きずりながらこの場を逃げ出そうとするのであろう。その母はもうとうに呼吸が絶えており、そうして自分のからだには繩がかかっているのである。
 この母熊の肉は探険隊員のあまたの食卓をにぎわすと同時に隊員のビタミン欠乏症を予防する役に立った。子熊のほうはたぶんそのうちに東京動物園に現われ檻(おり)の前の立て札には「従来捕獲されたる白熊の中にて最高緯度の極北において捕獲されたるものなり」といったような説明書がつくことであろう。そのころにはもうあの北氷洋上の惨劇も子熊の記憶からはとうの昔に消えてしまっているであろう。
 動物の目から見ればやはり人間得手勝手なものに見えるであろう。氷海の無辜(むこ)の住民たる白熊(しろくま)に対してはソビエト探険隊員は残虐なる暴君として血と生命との搾取者としてスクリーンの上に映写されるのである。
 白熊がもしもチンパンジーであったら、この映画観客に与える情緒は少しちがうであろう。チンパンジー代わりホッテントットであったらどうか。若干道徳学者人道論を持ち出して映画公開だけは禁じられるであろう。
 チンパンジー人間とはちがって動物だという。これは動物学者が人為的に勝手理屈から割り出してきめた分類によるからである。西洋人日本人も同じ人間だという。しかしA博士研究によると、日本人血管分布のしかただけから見ても明らか西洋人とちがった特徴をもっているそうである。言わば違った動物なのである。昔の攘夷論者(じょういろんしゃ)は西洋人を獣類の一種と思っていた。今の米国人の中にでも黒人人間と思っていない仲間があることはリンチの事実証明する。
 北氷洋白熊は結局、カメラも鉄砲も繩(なわ)も鎖もウインチ長靴(ながぐつ)も持っていなかったために殺され生け捕られたに過ぎないように思われる。

     二 製陶実演

 三越(みつこし)へ行ったら某県物産展覧会というのが開催中であって、そこでなんとか焼き陶器作る過程の実演を観覧に供していた。回転台の上へ一塊の陶土を載せる。そろそろ回しながらまずこの団塊重心がちょう回転軸の上に来るように塩梅(あんばい)するらしい。それが、多年の熟練の結果であろうが、はじめひょいと載せただけでもう第一近似的にはちゃんと正しい位置におかれている、それで、あとはただこの団塊をしっかり台板に押しつけ固着させるための操作を兼ねて同時にほんの少しの第二近似を行なうだけである。さて、このすえ付け作業がすむと今度は、両手希薄な泥汁(どろじる)に浸したのちに、その手で回転する団塊の胴を両方から押えながら下から上へとだんだんなで上げると、今まではただの不規則な土塊であったものが、「回転的対称」という一つの統整原理生命を吹き込まれただけで忽然(こつぜん)として「生きて」来る。そうしてなめらかな泥汁にぬれた土の肌(はだ)も見る見る生き生きとした光沢を帯びて来るのである。次には、この土塊の円筒の頂上へ握りこぶしをぐうっと押し込むと、筒の頭が開いて内にはがらんとした空洞(くうどう)ができ、そうしてそれが次第に内部へ広がると同時に、胴体の側面が静かにふくれ出してどうやら壺(つぼ)らしいものの形が展開されて行くのである。それから壺の口縁の所のやや細かい形のモデリングが始まるのであったが、そうそういつまでも見ている暇がなかったから、そこまでで残念ながら割愛して帰って来たのであった。


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