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第二菎蒻本 - 泉 鏡花 ( いずみ きょうか )

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  • 泉鏡花 『泉鏡花集成 6』 (ちくま文庫)
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  • 泉鏡花 『泉鏡花集成 5』 (ちくま文庫)
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  • 日本幻想文学集成 1 泉鏡花 須永朝彦編 梅木英治
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       一  雪の夜路(よみち)の、人影もない真白(まっしろ)な中を、矢来の奥の男世帯へ出先から帰った目に、狭い二階の六畳敷、机の傍(わき)なる置炬燵(おきごたつ)に、肩まで入って待っていたのが、するりと起直った、逢いに来た婦(おんな)の一重々々(ひとえひとえ)、燃立つような長襦袢(ながじゅばん)ばかりだった姿は、思い懸けずもまた類(たぐい)なく美しいものであった。  膚(はだ)を蔽(おお)うに紅(くれない)のみで、人の家に澄まし振(ふり)。長年連添って、気心も、羽織も、帯も打解けたものにだってちょっとあるまい。
 世間も構わず傍若無人、と思わねばならないのに、俊吉は別に怪(あやし)まなかった。それは、懐しい、恋しい情が昂(あが)って、路々の雪礫(ゆきつぶて)に目が眩(くら)んだ次第ではない。
 ――逢いに来た――と報知(しらせ)を聞いて、同じ牛込北町友達の家(うち)から、番傘を傾け傾け、雪を凌(しの)いで帰る途中も、その婦(おんな)を思うと、鎖(とざ)した町家(まちや)の隙間|洩(も)る、仄(ほのか)な燈火(あかり)よりも颯(さっ)と濃い緋(ひ)の色を、酒井屋敷の森越に、ちらちらと浮いつ沈みつ、幻のように視(み)たのであるから。
 当夜は、北町友達のその座敷に、五人ばかりの知己(ちかづき)が集って、袋廻しの運座があった。雪を当込(あてこ)んだ催(もよおし)ではなかったけれども、黄昏(たそがれ)が白くなって、さて小留(こや)みもなく降頻(ふりしき)る。戸外(おもて)の寂寞(さみ)しいほど燈(ともしび)の興は湧(わ)いて、血気の連中、借銭ばかりにして女房なし、河豚(ふぐ)も鉄砲も、持って来い。……勢(いきおい)はさりながら、もの凄(すご)いくらい庭の雨戸を圧して、ばさばさ鉢前の南天まで押寄せた敵に対して、驚破(すわ)や、蒐(かか)れと、木戸を開いて切って出(い)づべき矢種はないので、逸雄(はやりお)の面々|歯噛(はがみ)をしながら、ひたすら籠城(ろうじょう)の軍議一決。
 そのつもりで、――千破矢(ちはや)の雨滴(あまだれ)という用意は無い――水の手の燗徳利(かんどくり)も宵からは傾けず。追加の雪の題が、一つ増しただけ互選のおくれた初夜過ぎに、はじめて約束の酒となった。が、筆のついでに、座中の各自(てんで)が、好(すき)、悪(きらい)、その季節花の名、声、人、鳥、虫などを書きしるして、揃った処で、一(ひとつ)……何某(なにがし)……好(すき)なものは、美人
「遠慮は要らないよ。」
 悪(にく)むものは毛虫、と高らかに読上げよう、という事になる。
 箇条の中に、最好、としたのがあり。
「この最好というのは。」
「当人が何より、いい事、嬉しい事、好な事を引(ひっ)くるめてちょっと金麩羅(きんぷら)にして頬張るんだ。」
 その標目(みだし)の下へ、何よりも先に==待人|来(きた)る==と……姓を吉岡と云う俊吉が書込んだ時であった。
 襖(ふすま)をすうと開けて、当家の女中が、
吉岡さん、お宅からお使(つかい)でございます。」
「内から……」
「へい、女中さんがお見えなさいました。」
「何てって?」
ちょっと、お顔をッて、お玄関にお待ちでございます。」
「何だろう。」と俊吉はフトものを深く考えさせられたのである。
 お互に用の有りそうな連中は、大概この座に居合わす。出先へこうした急使の覚えはいささかもないので、急な病気、と老人(としより)を持つ胸に応(こた)えた。
「敵の間諜(まわしもの)じゃないか。」と座の右に居て、猪口(ちょく)を持ちながら、膝の上で、箇条を拾っていた当家の主人が、ト俯向(うつむ)いたままで云った。
「まさか。」
 と※(みまわ)すと、ずらりと車座が残らず顔を見た時、燈(あかり)の色が颯(さっ)と白く、雪が降込んだように俊吉の目に映った。

       二

ちょっと、失礼する。」
 で、引返して行(ゆ)く女中のあとへついて、出しなに、真中(まんなか)の襖(ふすま)を閉める、と降積(ふりつも)る雪の夜(よ)は、一重(ひとえ)の隔(へだて)も音が沈んで、酒の座は摺退(すりの)いたように、ずッと遠くなる……風の寒い、冷い縁側を、するする通って、来馴(きな)れた家(うち)で戸惑いもせず、暗がりの座敷を一間、壁際を抜けると、次が玄関
 取次いだ女中は、もう台所へ出て、鍋(なべ)を上る湯気の影。
 そこから彗星(ほうきぼし)のような燈(あかり)の末が、半ば開けかけた襖越、仄(ほのか)に玄関の畳へさす、と見ると、沓脱(くつぬぎ)の三和土(たたき)を間(あい)に、暗い格子戸にぴたりと附着(くッつ)いて、横向きに立っていたのは、俊吉の世帯に年増(としま)の女中で。
 二月ばかり給金の借(かり)のあるのが、同じく三月ほど滞(とどこお)った、差配で借りた屋号の黒い提灯(ちょうちん)を袖に引着けて待設ける。が、この提灯を貸したほどなら、夜中に店立(たなだ)てをくわせもしまい。
「おい、……何だ、何だ。」と框(かまち)まで。
「あ、旦那様。」
 と小腰を屈(かが)めたが、向直って、
ちょっと、どうぞ。」と沈めて云う。
 余り要ありそうなのに、急(せ)き心に声が苛立(いらだ)って、
「入れよ、こっちへ。」
「傘も何も、あの、雪で一杯でございますから。皆様のお穿(はき)ものが、」
 成程、暴風雨(あらし)の舟が遁込(にげこ)んださながらの下駄の並び方。雪が落ちると台なしという遠慮であろう。
「それに、……あの、ちょっとどうぞ。」
「何だよ。」とまだ強く言いながら、俊吉は、台所から燈(あかり)の透く、その正面の襖を閉めた。
 真暗(まっくら)になる土間の其方(そなた)に、雪の袖なる提灯一つ、夜を遥(はるか)な思(おもい)がする。
 労(ねぎ)らい心で、
「そんなに、降るのか。


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