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続野人生計事 - 芥川 竜之介 ( あくたがわ りゅうのすけ )

  • 181 萬古焼 東錦堂 田中徳松 野人変会図 耳付 大型 花瓶 共木箱
  • 即決!■ON ワイアウッドの野人/Wirewood Savage 英4枚■
  • J.B.S.ホールデン―この野人科学者の生と死 絶版
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  • 即決!ON ワイアウッドの野人 (日本語版・在庫4枚)
  • MTG ワイアウッドの野人/Wirewood Savage 日本語3枚、英語1枚
  • 《郷土玩具参考図書》《中野人形》《著者:奈良久雄》
  • 即決!■ON ワイアウッドの野人/Wirewood Savage 日4枚■
  • 佐藤春夫■能火野人十七音詩抄■平成2年初版/特装限定版530部
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芥川龍之介      一 放屁  アンドレエフに百姓鼻糞(はなくそ)をほじる描写(べうしや)がある。フランス婆さん小便をする描写がある。しかし屁(へ)をする描写のある小説にはまだ一度も出あつたことはない。
 出あつたことのないといふのは、西洋小説にはと云ふ意味である。日本小説にはない訣(わけ)ではない。その一つは青木健作(あをきけんさく)氏の何(なん)とかいふ女工小説である。駈落(かけお)ちをした女工が二人(ふたり)、干藁(ほしわら)か何かの中に野宿する。夜明(よあけ)に二人とも目がさめる。一人(ひとり)がぷうとおならをする。もう一人くすくす笑ひ出す――たしかそんな筋だつたと思ふ。その女工の屁をする描写は予(よ)の記憶に誤りがなければ、甚だ上品出来上つてゐた。予は此(こ)の一段を読んだ為に、今日(こんにち)もなほ青木氏の手腕に敬意を感じてゐる位なものである。
 もう一つは中戸川吉二(なかとがはきちじ)氏の何(なん)とか云ふ不良少年小説である。これはつい三四箇月以前、サンデイ毎日に出てゐたのだから、知つてゐる読者も多いかも知れない。不良少年に口説(くど)かれた女が際(きわ)どい瞬間におならをする、その為に折角(せつかく)醸(かも)されたエロチツクな空気が消滅する、女は妙につんとしてしまふ、不良少年も手が出せなくなる――大体(だいたい)かう云ふ小説だつた。この小説も巧みに書きこなしてある。
 青木氏小説に出て来る女工は必(かならず)しもおならをしないでも好(よ)い。しかし中戸川氏小説に出て来る女は嫌(いや)でもおならをする必要がある。しなければ成り立たない。だから屁(へ)は中戸川(なかとがは)氏を得た後(のち)始めて或重大な役目を勤めるやうになつたと云ふべきである。
 しかしこれは近世のことである。宇治拾遺物語(うぢしふゐものがたり)によれば、藤大納言忠家(とうだいなごんただいへ)も、「いまだ殿上人(てんじやうびと)におはしける時、びびしき色好(いろごの)みなりける女房(にようぼう)ともの云ひて、夜更(よふ)くるほどに月は昼よりもあかかりけるに」たへ兼(か)ねてひき寄せたら、女は「あなあさまし」と云ふ拍子(ひやうし)に大きいおならを一つした。忠家はこの屁(へ)を聞いた時に「心うきことにも逢ひぬるかな。世にありて何かはせん。出家(しゆつけ)せん」と思ひ立つた。けれども、つらつら考へて見れば、何も女が屁をしたからと云つて、坊主(ばうず)にまでなるには当りさうもない。忠家は其処(そこ)に気がついたから、出家することだけは見合せたが、※※(そうそう)その場は逃げ出したさうである。すると中戸川氏小説文学史的に批評すれば、前人未発と云ふことは出来ない。しかし断えたるを継(つ)いだ功は当然同氏に属(ぞく)すべきである。この功は多分中戸川氏自身の予想しなかつたところであらう。しかし功には違ひないから、序(ついで)に此処(ここ)に吹聴(ふいちやう)することにした。

     二 女と影

 紋服を着た西洋人は滑稽(こつけい)に見えるものである。或は滑稽に見える余り西洋人自身の男振(をとこぶり)などは滅多(めつた)に問題にならないものである。クロオデル大使の「女と影」も、云はば紋服を着た西洋人だつたから、一笑に付せられてしまつたのであらう。しかし当人の男ぶりは紋服たると燕尾服(えんびふく)たるとを問はず独立に美醜を論ぜらるべきである。「女と影」に対する世評は存外(ぞんぐわい)この点に無頓着(むとんぢやく)だつたらしい。さう男ぶりを閑却するのは仏蘭西(フランス)人たる大使にも気の毒である。
 試みにあの作品舞台ペルシア印度(インド)かへ移して見るが好(よ)い。桃(もも)の花の代りに蓮(はす)の花を咲かせ、古風な侍(さむらひ)の女房の代りに王女何か舞はせたとすれば、毒舌に富んだ批評家と雖(いへど)も、今日(こんにち)のやうに敢然とは鼎(かなへ)の軽重を問はなかつたであらう。況(いはん)やあの作品にさへ三歎の声を惜(おし)まなかつた鑑賞上の神秘主義者などは勿論無上の法悦(はふえつ)の為に即死を遂げたのに相違あるまい。クロオデル大使は紋服の為にこの位損な目を見てゐるのである。
 しかし男ぶりは姑(しばら)く問はず、紋服そのものの感じにしても、全然|面白味(おもしろみ)のない訣(わけ)ではない。成程(なるほど)「女と影」なるものは日本のやうな西洋のやうな、妙にとんちんかんな作品である。けれどもあのとんちんかんのところは手腕の鈍(にぶ)い為に起つたものではない。日本とか我我日本人芸術とかに理解のない為に起つたものである。虎を描(か)かうと思つたのが猫になつてしまつたのではない。猫も虎も見わけられないから、同じやうに描(か)いてすましてゐるのである。思ふに虎になり損(そこ)なつた彼は小説家になり損(そこ)なつた批評家のやうに、義理にも面白(おもしろ)いとは云はれたものではない。けれども猫とも虎ともつかない、何か怪しげな動物になれば、古来|野師(やし)の儲(まう)けたのはかう云ふ動物恩恵である。我我は面白いと思はないものに一銭の木戸銭(きどせん)をも抛(なげう)つ筈はない。


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