老嫗面 - 坂口 安吾 ( さかぐち あんご )
初夏のうららかなまひるであつた。安川はタツノの着物をつめこんだ行李を背負つて我家へむかつた。安川のうしろには、タツノが小さな手荷物をさげ、うはづつた眼付をしてぼんやり歩いてゐた。タツノのうしろには彼女の三人の朋輩が、一人はあくどい紫色の女持トランクをぶらさげ、あとの二人は異体(えたい)の知れない大包のみそれぞれ一端をつるしあげながら、からみあつてねり歩いてきた。露路の奥から子供の群が駈けだしてきて声援しながら見送るほどの盛大な引越であつた。
小さな酒場の女主人が駈落した。誰知らぬうちに店の権利を売つてゐたので、翌日から主人が変り、三人の女給が難なく居残ることになつたが、駈落した前主人の姪にあたるタツノの処置に人々は困つた。
タツノは肺を病んでゐた。二十一才であつた。癇癖が強く、我儘で気まぐれだつた。ひとつのことに長く注意のつづかぬたちで、話の途中にぷいと席を立つてしまふし、腹を立てると食事を摂らずに部屋の暗い片隅に一日坐りとほしてゐた。鞠のやうにはずみきつた時間のあとでは、馴れた人も見破れないまことしやかな嘘をついて人々に迷惑をかけ、自分は半日泣きつづけてゐる習慣だつた。
新しい女主人はタツノを見ると一目から嫌ひになつた。胸の病が分つたときには、運わるく疫病神に出会つたやうに目をつぶつて逃げのびて、三日のうちに出ていつてくれと隣の部屋から金切声できやん/\喚いた。タツノに恋人のなかつたことが、今となつては人々の頭痛の種になるのであつた。
安川はかねてからこの酒場の常連で、タツノの事情を知つてゐた。戸の隙間から風がふらふら流れこんできたことと同じやうな様式で、ひとつこの娘を引取つて養つてやらうといふ凡そ無意味な考へが安川の頭一杯にふくらみきつてしまつた晩、彼は妻君の松江の前で、途方もなく立派なことをするやうな勇みきつた愉しさで自分の決意をまくしたててゐたのであつた。「勝手におしよ」と妻君は言つた。蓋し名言。安川も苦笑を洩した。そのくせ「そんなら勝手にするよ」と早速きめてしまつたのは、子供同志の諍ひで相手の揚足をとるでんであるが、五尺の男児みすぼらしい様子であつた。まさかに之が実現しようと思はなかつた松江は、異様な行列が門前にとまり、近所合壁の連中が裏木戸へ走りだして首をつきのばした瞬間も、自分も同じ高見の見物であるかのやうな好奇心を忘れなかつた。然し派手な着物をきて鼻先から額に汗をにぢませた女共が遠慮会釈もなく框(かまち)の上へどつこいしよと荷物を投げ込み、犬屋の店先であるかのやうに口々に吠え、而して遂にわが良人(おつと)なる人物が汗にまみれて疲労のどん底にありとはいへ、真剣なることアトラスのごとき重々しさで大きな行李をかつぎこんでくる様を認めた時に、松江は思はずきやッと叫んで台所へと退散した。無意識のうちに下駄をつつかけ、ただフラ/\と外へでた。半分は餓鬼共の遊び場であり、半分は塵芥棄場でもあるところの異臭|芬々(ふんぷん)たる広場へでると、恰(あたか)も青空の広さをめがけて突き走るもののやうに熱い涙がこみあげてきたのであつた。
安川夫妻は母の家に寄食してゐた。正確には兄の家と言ふべきであるが、兄は死に、嫂も死に、三人の子供のみが残された家では、母が金をまもつてゐた。安川は自分の母をおたき婆あとよんでゐた。はじめ松江がおたき婆あとよんだのである。おたきは松江をきらつてゐたので、松江はおたきを憎んでゐた。安川は松江の立場が可哀さうだと思つたので、自分も忽ちおたき婆あとよぶのであつた。
安川と松江がまがりなりにも一戸を構へてゐた時のこと、窮迫のさなかに折悪しく安川は盲腸炎にかかつた。心当りの金策に失敗した松江は、万策つきておたき婆あを訪れた。自分と不和であるにしても、実の子供の盲腸炎を見棄てるはずはないと思つた。おたき婆あは兄の子供にのこされた多少の貯財のほかに、それより多額の臍繰りをたくはへてゐた。
おたきは老眼鏡をかけて新聞を読んでゐた。松江の話の最中も、話の終つた後も、同じやうに眼に新聞を寄せつけて口をへの字に結んでゐた。同じ頼みを松江は三度くりかへした。おたきはいくらか気色ばんで立上ると、奥の部屋から富山の売薬袋をもちだしてきて、入用の薬をこの袋から探しだして持つて帰れと早口に言つた。堪へうる限りの忍耐の結果が、一円の金ですらなく、売薬にすぎないことが分つたとき、逆上のあげく失神しさうな自分を感じ、一時も早く鬼の前から逃げ去ることを希ひながらひたすら道を歩いてゐる自分の姿に松江はやうやく気付いたのだつた。
その後安川がおたきに会ふと、それごらん、誰の世話にならなくとも丈夫な身体になつたぢやないか、人の力をたよつては立派な男になれませんと、まづ第一におたきは教訓を垂れたのだつた。
安川はその後いよいよ食ひつめて、おたきのもとへころがりこんできたのであつた。子供が母にすがりつく素直な気持はみぢんもなかつた。仇敵に食を恵まれても恐らく温情は感じるだらう、刑務所へぶちこまれてまんまと食にありついたら一切くだらぬ傷心に心をみだされるうれひなく食事々々を空気の如く虚心自然にくひうるであらう。おたきの家に起居することは即ち刑務所に起居する際の刺戟なきこと白雲のごとき絶対平和な日常をぬすみうることと同じである。おたきの与へる食事ほど物質的な食ひ物を、刑務所の弁当を外にしては想像することができなかつた、誰の世話になるといふひけめもいらない。おたきが彼等を養ふために苦労と迷惑を重ねるにしても彼等はてんで平気であつたし、然しおたきは恐らく苦労も迷惑もしないであらう。まよひこんだ野良猫に魚の骨をくれてやる気持であらう。さうしたら、彼等が野良猫であればいい。野良猫のやうに飯を食ひ、なまじひに人間なみの過分に多感な飯の食ひ方をしないだけでも幸せだ。
小さな酒場の女主人が駈落した。誰知らぬうちに店の権利を売つてゐたので、翌日から主人が変り、三人の女給が難なく居残ることになつたが、駈落した前主人の姪にあたるタツノの処置に人々は困つた。
タツノは肺を病んでゐた。二十一才であつた。癇癖が強く、我儘で気まぐれだつた。ひとつのことに長く注意のつづかぬたちで、話の途中にぷいと席を立つてしまふし、腹を立てると食事を摂らずに部屋の暗い片隅に一日坐りとほしてゐた。鞠のやうにはずみきつた時間のあとでは、馴れた人も見破れないまことしやかな嘘をついて人々に迷惑をかけ、自分は半日泣きつづけてゐる習慣だつた。
新しい女主人はタツノを見ると一目から嫌ひになつた。胸の病が分つたときには、運わるく疫病神に出会つたやうに目をつぶつて逃げのびて、三日のうちに出ていつてくれと隣の部屋から金切声できやん/\喚いた。タツノに恋人のなかつたことが、今となつては人々の頭痛の種になるのであつた。
安川はかねてからこの酒場の常連で、タツノの事情を知つてゐた。戸の隙間から風がふらふら流れこんできたことと同じやうな様式で、ひとつこの娘を引取つて養つてやらうといふ凡そ無意味な考へが安川の頭一杯にふくらみきつてしまつた晩、彼は妻君の松江の前で、途方もなく立派なことをするやうな勇みきつた愉しさで自分の決意をまくしたててゐたのであつた。「勝手におしよ」と妻君は言つた。蓋し名言。安川も苦笑を洩した。そのくせ「そんなら勝手にするよ」と早速きめてしまつたのは、子供同志の諍ひで相手の揚足をとるでんであるが、五尺の男児みすぼらしい様子であつた。まさかに之が実現しようと思はなかつた松江は、異様な行列が門前にとまり、近所合壁の連中が裏木戸へ走りだして首をつきのばした瞬間も、自分も同じ高見の見物であるかのやうな好奇心を忘れなかつた。然し派手な着物をきて鼻先から額に汗をにぢませた女共が遠慮会釈もなく框(かまち)の上へどつこいしよと荷物を投げ込み、犬屋の店先であるかのやうに口々に吠え、而して遂にわが良人(おつと)なる人物が汗にまみれて疲労のどん底にありとはいへ、真剣なることアトラスのごとき重々しさで大きな行李をかつぎこんでくる様を認めた時に、松江は思はずきやッと叫んで台所へと退散した。無意識のうちに下駄をつつかけ、ただフラ/\と外へでた。半分は餓鬼共の遊び場であり、半分は塵芥棄場でもあるところの異臭|芬々(ふんぷん)たる広場へでると、恰(あたか)も青空の広さをめがけて突き走るもののやうに熱い涙がこみあげてきたのであつた。
安川夫妻は母の家に寄食してゐた。正確には兄の家と言ふべきであるが、兄は死に、嫂も死に、三人の子供のみが残された家では、母が金をまもつてゐた。安川は自分の母をおたき婆あとよんでゐた。はじめ松江がおたき婆あとよんだのである。おたきは松江をきらつてゐたので、松江はおたきを憎んでゐた。安川は松江の立場が可哀さうだと思つたので、自分も忽ちおたき婆あとよぶのであつた。
安川と松江がまがりなりにも一戸を構へてゐた時のこと、窮迫のさなかに折悪しく安川は盲腸炎にかかつた。心当りの金策に失敗した松江は、万策つきておたき婆あを訪れた。自分と不和であるにしても、実の子供の盲腸炎を見棄てるはずはないと思つた。おたき婆あは兄の子供にのこされた多少の貯財のほかに、それより多額の臍繰りをたくはへてゐた。
おたきは老眼鏡をかけて新聞を読んでゐた。松江の話の最中も、話の終つた後も、同じやうに眼に新聞を寄せつけて口をへの字に結んでゐた。同じ頼みを松江は三度くりかへした。おたきはいくらか気色ばんで立上ると、奥の部屋から富山の売薬袋をもちだしてきて、入用の薬をこの袋から探しだして持つて帰れと早口に言つた。堪へうる限りの忍耐の結果が、一円の金ですらなく、売薬にすぎないことが分つたとき、逆上のあげく失神しさうな自分を感じ、一時も早く鬼の前から逃げ去ることを希ひながらひたすら道を歩いてゐる自分の姿に松江はやうやく気付いたのだつた。
その後安川がおたきに会ふと、それごらん、誰の世話にならなくとも丈夫な身体になつたぢやないか、人の力をたよつては立派な男になれませんと、まづ第一におたきは教訓を垂れたのだつた。
安川はその後いよいよ食ひつめて、おたきのもとへころがりこんできたのであつた。子供が母にすがりつく素直な気持はみぢんもなかつた。仇敵に食を恵まれても恐らく温情は感じるだらう、刑務所へぶちこまれてまんまと食にありついたら一切くだらぬ傷心に心をみだされるうれひなく食事々々を空気の如く虚心自然にくひうるであらう。おたきの家に起居することは即ち刑務所に起居する際の刺戟なきこと白雲のごとき絶対平和な日常をぬすみうることと同じである。おたきの与へる食事ほど物質的な食ひ物を、刑務所の弁当を外にしては想像することができなかつた、誰の世話になるといふひけめもいらない。おたきが彼等を養ふために苦労と迷惑を重ねるにしても彼等はてんで平気であつたし、然しおたきは恐らく苦労も迷惑もしないであらう。まよひこんだ野良猫に魚の骨をくれてやる気持であらう。さうしたら、彼等が野良猫であればいい。野良猫のやうに飯を食ひ、なまじひに人間なみの過分に多感な飯の食ひ方をしないだけでも幸せだ。
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坂口安吾 - 本と猫 - 本と猫
▽ページトップ■なぜ生きるんだ ‐自分を生きる言葉‐ ★★☆☆☆▽No.1▼次へ昔、何かで「安吾を読んでないヤツが読書家語るな」みたいな記事を目にしたことがあった。それで意地になって、読んでいなかったのが坂口安吾 -
主観的Book Review - 本と猫 - 本と猫
幸太郎/いしいしんじ/磯崎憲一郎/内田百閒/小川糸/小川洋子★か行海堂尊/角田光代/鏑木蓮/河上朔/菊地敬一/ゲッツ板谷★さ行坂口安吾/重松清/瀬戸内晴美★た行高杉 良/高任和夫/津島佑子/千野帽子/★な行 -
掲載記事1989年 - karatanibiblio @ ウィキ - karatanibiblio @ ウィキ
.5.15→講談社学術文庫、1995.6 →改題「小説という闘争:中上健次」『坂口安吾と中上健次』太田出版、1996.2→講談社文芸文庫、2006.9 →加筆修正・改題「近代文学の終り」、『定本 -
メニュー2 - vinews @ ウィキ - vinews @ ウィキ
テストwiki 安吾の新日本地理 伊達政宗の城へ乗込む――仙台の巻―― 坂口安吾 仙台は伊達政宗のひらいた城下町。その時までは原野であったそうだ。 この城は天嶮だね。しか -
掲載記事1988年 - karatanibiblio @ ウィキ - karatanibiblio @ ウィキ
について:坂口安吾『堕落論』」、『新潮』1988年12月号「特集=昭和文学の結節点」 →『坂口安吾と中上健次』太田出版、1996.2→講談社文芸文庫、2006.9● 「中野重治と転向」、『中央 -
みんなで読書 捕物帳 半七&右門&安吾&顎十郎&旗本退屈男 - PlayStation Network まとめサイト @wiki - PlayStation Network まとめサイト @wiki
ゲーム名 みんなで読書 捕物帳 半七&右門安吾顎十郎旗本退屈男 対応フォーマット PSP ジャンル その他 プレイヤー人数 オフライン1人 販売価格 ¥1,500 配信 -
坂口さんのページ - kanagawapain @ ウィキ - kanagawapain @ ウィキ
坂口さん面倒ですみませんが、連絡用のページと同様にこちらにお書き下さいませ。 -
森見登美彦 - 本と猫 - 本と猫
く四編はUPされていたので無料で読むことが出来た。この作品のがっかり感の反動か、原典作品に大感動してしまった。特に、坂口安吾の『桜の森の満開の下』。脱線するので、ここで原典作品の感想は避けようと思う。この -
久我山中学(日本文学)100冊 - wikiwiki2 @ ウィキ - wikiwiki2 @ ウィキ
文庫 32 黒井千次 春の道標 新潮文庫 33 幸田文 おとうと 新潮文庫 34 斎藤茂吉 斎藤茂吉随筆集 岩波文庫 35 斎藤隆介 ベロ出しチョンマ 角川文庫 36 坂口安吾 桜の森の満開の下 講談 -
市川学園(高等学校)100冊 - wikiwiki2 @ ウィキ - wikiwiki2 @ ウィキ
テルは語る』 ユーリー・ボリソフ ●評論・記録文学 54 『病牀六尺』 正岡子規 55 『現代日本の開化』 夏目漱石 56 『無常という事』 小林秀雄 57 『堕落論』 坂口安吾 58 『二十世紀』 橋本治 59

