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自覚について - 宮本 百合子 ( みやもと ゆりこ )

  • 古書≪森鴎外集≫7 青年、舞姫他 【 森鴎外】河出書房 貴重 初版
  • 「森鴎外私論」吉野俊彦 森鴎外評論-批評-書籍・10冊 N21681
  • 岩波文庫1675昭和41年/阿部一族他二編森鴎外 岩波書店
  • 600円~ 岩波文庫【青年】森鴎外 (プチソフト1)
  • ◆◇森鴎外著「舞姫・山椒大夫  他四篇」(旺文社文庫)◇◆
  • ◆◇ 森鴎外著「青年」(新潮文庫) ◇◆  名著! 
  • ◆◇森鴎外著「舞姫・うたかたの記  他三篇」(岩波文庫)◇◆
  • ◆新品DVD★『NHK 名作の風景 8』森鴎外 正岡子規 夏目漱石1円
  • 森鴎外 高瀬舟・高瀬舟縁起・寒山捨得・寒山捨得縁起 CD 未開封
  • 森鴎外 舞姫 雁 井上靖 訳編 明治の古典8 初版
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 わたしたちの生活平和が戻り新しい民主生活の扉が開かれて、二度目の春を迎えることになりました。  昨年はわたしたち婦人にとって初めての経験である総選挙も行われ、そのほかずいぶん多事な一ヵ年を過しました。そして今日わたしたちがいちばん痛切に感じていることはなんでしょう。世界のなかに新しい日本として生きてゆくために、そしてまたわたしたちの新しい生活を築いてゆくために、婦人の生きかたというものは、もっともっとよく考えられ、よく組織され、大幅前進しなければならないという痛切な反省であると思います。
 これまでの日本の歴史のなかで、婦人がしおおせてきた役割は非常に大きいものです。またさきごろの戦争の間に、婦人が忍んできたぎせいと、今日までもその傷あとがどんなに深くわたしたちの生活に残されているかということは、すべての人が知っています。
 婦人自覚ということがいわれ、婦人自身その要求を持っていますけれども、自覚ということばは何を現実のより所としてわたしたちの生活にもたらされるものなのでしょうか。なにをどう自覚することがほんとうの自覚なのでしょうか。婦人問題を語る人は、あまりこの自覚という言葉を、そのものだけで世間にばらまくので、わたしたちはまるで道ばたに焼跡があるように、そしてそれを見なれてしまっているように、自覚という言葉を聞きなれて、しかもほんとうのその内容を知らないまま、ただ口伝えに繰返していると思います。
 自覚という言葉をここに借りて、わたしたちの現実の生きている心持の状態を調べてみると、自覚という言葉を充分知っている若い女性たちが、生活現実では自覚していないというギャップがあちらこちらに見られます。これはわたしたちの受け教育悲劇です。日本社会のこれまでのしきたりの悲劇です。わたしたちは言葉よりもさきに、言葉で現わされている生活の実質を身につけるということこそ必要なのに。
 若い女性たちの夢は多種多様です。その夢を託す一つのよすがとして、婦人雑誌はどれもこれも争ってけばけばしい表紙をつけてたくさん服飾写真を載せています。到る処でいろいろな流行歌うたわれています。アメリカ映画どんどん入ってきます。銀座の街は植民地の店々のような色彩を溢らせています。そこを歩いている日本の若い女性たちは、目に入りきらないほどの色彩や、現実自分生活内容には一つもじっくり入りこんでいない情景を、グラスのなかの金魚を外から眺めるように眺めて、時間のたつのも忘れ、わずか一杯のあったかいもので楽しもうとする気持を現わして歩きまわります。
 しかし今日のわたしたちの生活にはまず電力節減、燃料不足などという、極めて原始的な困難から始って、温い冬の靴下がないという困難にまで及んでいます。どんな人でもくさくさすればそこから自分の心持を紛らすことを望みます。どんな若い人が自分青春貧困であることを願っているでしょう。けれども、毎日が、そして現実が不如意だからといって、決して自分生活作り出すことも出来ず、取り入れることも出来ないものに気をとられて、その気をまぎらしてゆくことが、はたして青春貧困を満すことでしょうか。そうは思われません。わたしたちはもっと創造的に自分たちの人生を愛し、打ち立てていっていいのだと思います。
 アメリカの最新型スタイル・ブックが紹介されて、そこには見事なイヴニング・ドレスが華やかな裾を拡げて示されていました。また日本平面的な顔ではとても冠りこなすことの出来ない、風変りな大帽子などの新型も示されていました。それらが、わたくしたちに異国的な臭いを嗅がすことは嗅がすけれど、それだからといって、わたしたちの生活が一歩でも美しさに近寄れるでしょうか。
 ところがある雑誌には一つの注目すべき小さい数行がありました。それはアメリカの若い大学生勤労婦人たちは特にそういう人々の生活にふさわしい、よく洗濯のきく丈夫な、色のさめないように特別な染料で染めた服地を持っているということが書かれていました。このことはたった二行か三行の記事であったけれども、わたしたち女の眼を見はらせることだったと思います。同じ一枚のワンピースほんとうに若い女性生活をいたわり働く婦人の身だしなみをいたわって、そのように特別に染められた布地で作られているなら、どんなに若い人たちの心の楽しみがふえるでしょう。いろいろな型の切りかえというようなことがいわれるけれども、型を切りかえるまえに布地が破けて、色がさめることをどうしましょう。わたしたちはぜいたくな二着分の布がこの社会で作られるよりも、質素な、そして充分色のさめない若い婦人のための服地が四着分生産されることを希望します。それが現実に作られてゆく美しさの条件です。美しさという言葉は雲のように空を流れているものではありません。それが作られるためのはっきりした根拠がいります。青春の豊かさは、豊かにされるだけの根拠がいります。
 自覚というような言葉を、またここで思い出してみれば、日本にない絹ビロード夜会服にあこがれ映画のあの場面ではあの着物のレースがあんな風にひるがえった」とまぼろしを描くよりは、日本に一種類でも、そのように若い人の人生を愛した布地の作られるように希望することこそ、若い自覚の一つの例であろうと思います。
 社会自分というものは切っても切り離せないものです。家庭社会から自分を守るものだと思っていた明治大正日本の娘たちは、今日若い婦人たちのほとんどすべてがさまざまの経済的事情から職業を持ち、あの混む電車に乗り、さらにあまりりっぱな服装をしていない若い女性性病撲滅のためという理由によって、警察にとめられて吉原病院強制的な検診をさえも受けさせられるような屈辱と苦痛を忍んで生きているということを聞いたらば、それが同じ日本にあることと信じかねることでしょう。
 日本の歴史はその悲劇的な進行の道すがら、家庭極め防衛力の乏しいものとしてしまいました。親に頼らないということが大正時代の娘のほこりでありました。それは人格社会的目ざめの一段階として考えられましたけれども、今日ではいくじのない娘が親に頼ろうとしても頼るべき力が親にはないというのが現実になりました。こういう状態では婦人勤労というものが一そう社会的に大きい意味を持ってきて、組合男子賃金三分の一で、あるいは半分で働く婦人地位改善させようと努力を繰返していることなどは全く当然のことになりました。
 憲法基本的人権といっている、その人権勤労生存のすべての条件人間らしく守られているときにこそはじめて実際の人間として確立されるものです。民法が改正されて、結婚自由も、財産に対する権利も、母親親権も増大しました。しかし文字の上での権利が増大したとしても、自由が与えられたとしても、結婚して一家を持ってゆくだけの収入が若い二人に確保されていない時、住むに家のないとき、親たちの扶養してゆかなければならない義務が、戦死した男の兄弟たちに代って若い妻の肩にかけられているようなばあい、自由ということはなんでしょう。この間新聞に、通称ママといわれる売笑婦が焼跡の空きビルで屍体となって発見されたという記事がありました。世界には有名なゾラの小説でナナという売笑婦がありました。


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