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艸木虫魚 - 薄田 泣菫 ( すすきだ きゅうきん )

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目録 柚子 とうがらし かまきり 蜜柑蓑虫 松茸さすらい糸瓜 茶の花 仙人と石 春の魔術 まんりょう 小鳥 桜鯛 蟹 海老の憂鬱 苺 草の汁 木の芽 物の味 食味通 徳富健次郎芥川龍之介氏の事 哲人の晩年 盗まれぬように 女流音楽家 演説つかい 名前 返辞 慈善家 間違い 救済 良人改造 マッチの火 左 天下一の虚堂墨蹟 遺愛品 暗示 詩人の喧騒 樹木不思議 蔬菜の味 栗 老樹 台所のしめじ茸 客室の南瓜 秋が来た 秋の佗人 草の実のとりいれ 赤土の山と海と 糸瓜向日葵 落梅の音 菱 くろかわ 山茶花 魚の旅 潔癖驢馬 遊び 古本と蔵書印 ある日の基督和尚とその弟子 名器を毀つ 利休と丿観 探幽と松平伊豆少年少女のために) 人間というもの(少年少女のために) 肖像画少年少女のために) 道風の見た雨蛙少年少女のために)    柚子  柚の木の梢高く柚子の実のかかっているのを見るときほど、秋のわびしさをしみじみと身に感ずるものはない。豊熟した胸のふくらみを林檎に、軽い憂鬱を柿に、清明を梨に、素朴を栗に授けた秋は、最後に残されたわびしさと苦笑とを柚子に与えている。苦笑はつよい酸味となり、わびしさは高い香気となり、この二つのほかには何物をももっていない柚子の実は、まったく貧しい秋の私生児ながら、一風変った秋の気質は、外のものよりもたっぷりと持ち伝えている。
 柚子世間のすねものである。超絶哲学者の猫が、軒端で日向ぼこりをしながら、どんな思索にふけっていようと、また新聞記者の雀が、路次裏で見た小さな出来事をどんなに大げさに吹聴していようと、彼はそんなことには一向頓着しない。赤く熟しきった太陽雑木林落ちて往く夕ぐれ時、隣の柿の木の枝で浮気ものの渡り鳥がはしゃぎちらしているのを見ても、彼は苦笑しながら黙々として頭をふるに過ぎない。そこらの果樹園林檎が、梨が、柿が、蜜柑が、一つ残さずとりつくされて、どちらをふり向いて見ても、枝に残っているものは自分ひとりしかないのを知っても、彼は依然として苦笑と沈黙とをつづけている。彼は自分の持っているのは、さびしい「わび」の味いで、この味いがあまり世間受けのしないことは、柚子自らもよく知っているのである。
 むかし、千利休が飛喜百翁の茶会西瓜(すいか)をよばれたことがあった。西瓜には砂糖がかけてあった。利休砂糖のないところだけを食べた。そして家に帰ると、門人たちにむかって、
「百翁はもっとものがわかっている男だと思っていたのに、案外そうでもなかった。今日西瓜をふるまうのに、わざわざ砂糖ふりかけていたが、西瓜には西瓜の味があるものを、つまらぬことをしたものだ。」
といって笑ったそうだ。もののほんとうの味を味おうとするのが茶人の心がけだとすると、枝に残って朝夕の冷気に苦笑する柚子が、彼等の手につまれて柚味噌となるに何の不思議はない。「わび」を求めてやまない彼等に、こんな香の高い「わび」はないはずであるから。
 徳川八代将軍吉宗の頃、原田順阿弥という茶人があった。あるとき、老中松平左近将監茶会に招かれて、懐石に柚味噌をふるまわれたことがあった。その後幾日か経て、順阿弥は将監あいさつをした。
「こないだの御味噌は、風味も格別にいただきました。さすが御庭のもぎ立てはちがったものだと存じました。」
「庭のもぎ立て。」将監不審そうにいった。「なぜそんなことがわかった。」
 順阿弥は得意そうに微笑した。
「外でもございません。お路次へ上りましたときと、下りましたときと、お庭の柚子の数がちがっておりましたものですから。」
 それを聞くと、将監
油断もすきも出来ない。」
といって、にが笑いしたそうである。
 ものごとに細かい用意があるのはいいものだが、路次の柚子数えるなどは、柚味噌のわびしい風味をたのしむ人の振舞とも覚えない。こんなことを得意とするようでは、いつかは他人のふところ加減をも読みかねなくなる。


   とうがらし

 青紫蘇、ねぎ、春菊茗荷(みょうが)、菜っ葉――そういったもののみが取り残されて、申し合せたように青い葉の色で畑の健康を維持しているなかに、一株の唐辛が交って、火のしずくのような赤い実を点在させているのが眼についた。
舞台では、なるべく赤い花をつかわないようにする。――これは脚本家が何よりも先に心がけなければならぬことである。強い赤の色は、どうかすると観客注意を乱していけないから。」
 これは舞台監督として聞えたダヴィッド・ベラスコの言葉であるが、この監督が折角そういって気をつけているのにもかかわらず、唐辛は平気トルコ人のような赤い帽子を被って舞台に立っているので、青一式の周囲の平和が、お蔭でどのくらい引っかきまわされているかしれない。
 唐辛は怒っているのだ。
 唐辛よ。お前は何をそんなに怒っているのか。もっと平和な気持になって、御近所の衆と一緒に静な秋を楽しんだらどうだろう。トルコ人の被りそうなそんな赤帽子は腋の下にでもそっとおし隠したらいいではないか。
 唐辛はむっとしている。
 唐辛は皮肉家だ。生れつきするどい皮肉家だ。彼は自分にさわるものには、誰にでも容捨なく持前の皮肉を投げつける。彼には「わさび」や「からし」のようなユウモリスト達が、相手に辛い皮肉を味わせながらも、同時にまた眼がしらに涙を浮べて笑いころげさせる滑稽味が欠けている。彼はどこまでも単純だ。感情が激越だ。単純で感情が激越なればこそ、皮肉家なのである。
 自然界のあらゆるものは性格をもっている。


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