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葬列 - 石川 啄木 ( いしかわ たくぼく )

  • A16『石川啄木』著者加藤悌三[古本・古書
  • (青春新書) 若き日の悩み 石川啄木 送料無料!!
  • ★雲は天才である/石川啄木★
  • ●朗読日本詩歌全集●カセットテープ全6本組石川啄木島崎藤村与
  • 一握の砂 著・石川啄木 函館版
  • ◇単行本 井上ひさし 5冊/腹鼓記/泣き虫なまいき石川啄木/他人の
  • 611石川啄木全集13『性急な思想』昭和26初版
  • 610石川啄木全集『雲は天才である』昭和24初版
  • 文芸臨時増刊 石川啄木読本 S30年 状態下
  • ◆本◆現代日本文学全集15 S29発行 与謝野晶子/寛/石川啄木/北原
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 久し振で歸つて見ると、嘗ては『眠れる都會』などと時々土地新聞に罵られた盛岡も、五年以前とは餘程その趣きを變へて居る。先づ驚かれたのは、昔自分の寄寓して居た姉の家の、今裕福らしい魚屋の店と變つて、恰度自分の机の置いた邊と思はれるところへ、吊された大章魚(おほだこ)の足の、極めてダラシなく垂れて居る事である。昨日二度、今朝一度、都合三度此家の前を通つた自分は、三度共大章魚の首縊を見た。若しこれが昔であつたなら、恁(か)う何日も賣れないで居ると、屹度自分平家物語何か開いて、『うれしや水鳴るは瀧の水日は照るとも絶えず、……フム面白いな。』などと唸つてるところへ、腐れた汁がポタリ/\と、襟首落ちようと云ふもんだ。願くは、今自分の見て居る間(うち)に、早く何處かの内儀(おかみ)さんが來て、全體(みんな)では餘計だらうが、アノ一番長い足一本だけでも買つて行つて呉れゝば可(いゝ)に、と思つた。此家(ここ)の隣屋敷の、時は五月の初め、朝な/\學堂へ通ふ自分に、目も覺むる淺緑の此上(こよ)なく嬉しかつた枳殼垣(からたちがき)も、いづれ主人(あるじ)は風流を解(げ)せぬ醜男か、さらずば道行く人に見せられぬ何等かの祕密を此屋敷に藏(かく)して置く底(てい)の男であらう、今は見上げる許り高い黒塗の板塀になつて居る。それから少許(すこし)行くと、大澤河原から稻田を横ぎつて一文字に、幅廣い新道が出來て居て、これに隣り合つた見すぼらしい小路(こうぢ)――自分の極く親しくした藻外という友の下宿の前へ出る道は、今廢道同樣の運命になつて、花崗石(みかげいし)の截石(きりいし)や材木が處狹きまで積まれて、その石や木の間から、尺もある雜草が離々(りゝ)として生ひ亂れて居る。自分は之を見て唯無性に心悲(うらがな)しくなつた。暫らく其材木の端(はし)に腰掛けて、昔の事を懷うて見ようかとも思つたが、イヤ待て恁(こん)な晝日中に、宛然(さながら)人生の横町と謂(い)つた樣な此處を彷徨(うろつ)いて何か明處(あかるみ)で考へられぬ事を考へて居るのではないかと、通りがかりの巡査に怪まれでもしては、一代の不覺と思ひ返へして止(や)めた。然し若し此時、かの藻外と二人であつたなら、屹度|外見(みえ)を憚(はばか)らずに何か詩的な立※(たちまはり)を始めたに違ひない。兎角人間は孤獨の時に心弱いものである。此變遷は、自分には毫も難有(ありがた)くない變遷である。恁な變樣(かはりやう)をする位なら、寧ろ依然(やはり)『眠れる都會』であつて呉れた方が、自分並びに『美しい追憶の都』のために祝すべきであるのだ。以前(もと)平屋造(ひらやづくり)で、一寸見には妾の八人も置く富豪の御本宅かと思はれた縣廳は、東京の某省に似せて建てたとかで、今は大層立派な二階立の洋館になつて居るし、盛岡銀座通と誰かの冷評(ひやか)した肴町呉服町には、一度神田小川町で見た事のある樣な本屋文房具店も出來た。就中破天荒な變化と云ふべきは、電燈會社の建つた事、女學生の靴を穿く樣になつた事、中津川に臨んで洋食店(レストウラント)の出來た事、荒れ果てた不來方城(こずかたじやう)が、幾百年來の蔦衣(つたごろも)を脱ぎ捨てて、岩手公園ハイカラ化した事である。禿頭に産毛(うぶげ)が生えた樣な此舊城の變方などは、自分がモ少し文學的な男であると、『噫(あゝ)、汝不來方の城よ※ 汝は今これ、漸くに覺醒し來れる盛岡三萬の市民を下※(かかん)しつつ、……文明の儀表(ぎへう)なり。昨の汝が松風名月の怨(うらみ)長(とこし)なへに盡きず……なりしを知るものにして、今來つて此盛裝せる汝に對するあらば、誰かまた我と共に跪(ひざま)づいて、汝を讃するの辭なきに苦しまざるものあらむ。疑ひもなく汝はこれ文明の仙境なり、新時代の樂園なり。……然れども思へ、――我と共に此一片の石に踞して深く/\思へ、昨日杖を此城頭に曳いて、鐘聲を截せ來る千古一色の暮風に立ち、涙を萋々(せい/\)たる草裡に落したりし者、よくこの今日あるを豫知せりしや否や。……然らば乃ち春秋いく度か去來して世紀また新たなるの日、汝が再び昨の運命を繰返して蔦蘿雜草(てうらざつさう)の底に埋もるるなきを誰か今にして保し得んや。……噫已んぬる哉。』などとやつてのける種(たね)になるのだが、自分は毛頭|恁(こん)な感じは起さなんだ。何故(なぜ)といふまでもない。漸々(やう/\)開園式が濟んだ許りの、文明的な、整然(きちん)とした、別に俗氣のない、そして依然(やはり)昔と同じ美しい遠景を備へた此新公園が、少からず自分の氣に入つたからである。可愛い兒供(こども)の生れた時、この兒も或は年を老(と)つてから悲慘(みじめ)な死樣(しにざま)をしないとも限らないから、いつそ今斯うスヤ/\と眠つてる間(うち)に殺した方が可(いゝ)かも知れぬ、などと考へるのは、實に天下無類の不所存と云はねばならぬ。だから自分は、此公園に上(のぼ)つた時、不圖(ふと)次の樣な考を起した。これは、人の前で、殊に盛岡人の前では、些(ちと)憚つて然るべき筋の考であるのだが、茲は何も本氣で云ふのでなくて、唯|序(ついで)に白状するのだから、別段|差閊(さしつかへ)もあるまい。考といふと恁(かう)だ。此公園公園でなくて、ツマリ自分のものにして、人の入(はひ)られぬ樣に厚い枳殼垣(からたちがき)を繞らして、本丸の跡には、希臘か何處かの昔の城を眞似た大理石の家を建てて、そして、自分は雪より白い髮をドッサリと肩に垂らして、露西亞の百姓の樣な服を着て、唯一人其家に住む。終日讀書をする。霽れた夜には大砲の樣な望遠鏡で星の世界研究する。曇天か或は雨の夜には、空中飛行船の發明に苦心する。空腹を感じた時は、電話川岸洋食店から上等の料理を取寄せる。尤も此給仕人は普通(たゞ)の奴では面白くない。顏は奈何(どう)でも構はぬが、十八歳で姿の好い女、曙色か淺緑の簡單な洋服を着て、面紗(ヴェール)をかけて、音のしない樣に綿を厚く入れた足袋を穿いて、始終無言でなければならぬ。掃除するのは面倒だから、可成(なるべく)散らかさない樣に氣を附ける。そして、一年一度、昔羅馬皇帝凱旋式に用ゐた輦(くるま)――それに擬(ま)ねて『即興詩人』のアヌンチャタが乘※した輦(くるま)、に擬(ま)ねた輦に乘つて、市中を隈なく※る。若し途中で、或は蹇(あしなへ)、或は盲人(めくら)、或は癩を病む者、などに逢つたら、(その前に能く催眠術の奧義を究めて置いて、)其奴の頭に手が觸つた丈で癒してやる。……考へた時は大變面白かつたが、恁(かう)書いて見ると、興味索然たりだ。饒舌(おしやべり)は品格を傷(そこな)ふ所以である。
 立花浩一と呼ばるる自分は、今から二十幾年前に、此盛岡と十數哩を隔てた或る寒村に生れた。其處の村校の尋常科を最優等で卒業した十歳の春、感心にも唯一人笈をこの不來方(こずかた)城下に負ひ來つて、爾後八星霜といふもの、夏休暇(なつやすみ)毎の歸省を除いては、全く此土地で育つた。母がさる歴(れつき)とした舊藩士の末娘であつたので、隨つて此舊城下蒼古の市(まち)には、自分のために、伯父なる人、伯母なる人、また從兄弟なる人達が少なからずある。その上自分十三四歳の時には、今は亡くなつた上の姉さへ此盛岡に縁付いたのであつた。自分は此等(これら)縁邊のものを代る/″\喰ひ※つて、そして、高等小學から中學と、漸々(だん/\)文の林の奧へと進んだのであつた。されば、自分の今猶|生々(いき/\)とした少年時代追想――何の造作もなく心と心がピタリ握手して共に泣いたり笑つたり喧嘩して別れたりした澤山の友人の事や、或る上級の友に、立花の顏は何處かナポレオン肖像に似て居るネ、と云はれてから、不圖軍人志願の心を起して毎日體操を一番眞面目にやつた時代の事や、ビスマークの傳を讀んでは、直(すぐ)小比公(せうびこう)氣取の態度を取つて、級友の間に反目の種を蒔いた事や、生來虚弱歴史が好きで、作文が得意であつた處から、小ギポンを以て自任して、他日是非印度衰亡史を著はし、それを印度語に譯して、かの哀れなる亡國の民に愛國心を起さしめ、獨立軍を擧げさせる、イヤ其前に日本は奈何(どう)かしてシャムを手に入れて置く必要がある。……其時は自分バイロンの轍(てつ)を踏んで、筆を劍に代へるのだ、などと論じた事や、その後、或るうら若き美しい人の、潤(うる)める星の樣な双眸(まなざし)の底に、初めて人生の曙の光が動いて居ると氣が附いてから、遽かに夜も晝も香(かぐ)はしい夢を見る人となつて、旦暮(あけくれ)『若菜集』や『暮笛集』を懷にしては、程近い田圃の中にある小さい寺の、巨(おほ)きい栗樹(くりのき)の下の墓地へ行つて、青草に埋れた石塔に腰打掛けて一人泣いたり、學校へ行つても、倫理講堂で竊(そつ)と『亂れ髮』を出して讀んだりした時代の事や、――すべて慕(なつ)かしい過去追想の多くは、皆この中津河畔の美しい市(まち)を舞臺に取つて居る。盛岡は實に自分の第二の故郷なんだ。『美しい追憶の都』なんだ。


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