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蟹工船 - 小林 多喜二 ( こばやし たきじ )

  • 松田龍平 松田翔太 小林武史 蟹工船 + 直筆サイン本●松田優作
  • 即決☆小林多喜二名作ライブラリー☆全4冊☆蟹工船・不在地主
  • 小林多喜二 蟹工船 党生活者 文庫本
  • 蟹工船 小林多喜二 初版本復刻 近代文学の名作
  • ◆小林多喜二と『蟹工船』 (道の手帖)
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  • 新選 名著複刻全集  小林多喜二「蟹工船」箱入り ほるぷ
  • 蟹工船・党生活者/小林多喜二/新潮文庫
  • †昭和28年 映画蟹工船シナリオ/原作小林多喜二 脚本山村聡
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        一 「おい地獄さ行(え)ぐんだで!」  二人はデッキの手すりに寄りかかって、蝸牛(かたつむり)が背のびをしたように延びて、海を抱(かか)え込んでいる函館(はこだて)の街を見ていた。――漁夫は指元まで吸いつくした煙草(たばこ)を唾(つば)と一緒に捨てた。巻煙草はおどけたように、色々にひっくりかえって、高い船腹(サイド)をすれずれに落ちて行った。彼は身体(からだ)一杯酒臭かった。
 赤い太鼓腹を巾(はば)広く浮かばしている汽船や、積荷最中らしく海の中から片袖(かたそで)をグイと引張られてでもいるように、思いッ切り片側に傾いているのや、黄色い、太い煙突、大きな鈴のようなヴイ、南京虫(ナンキンむし)のように船と船の間をせわしく縫っているランチ、寒々とざわめいている油煙やパン屑(くず)や腐った果物の浮いている何か特別な織物のような波……。風の工合で煙が波とすれずれになびいて、ムッとする石炭匂いを送った。ウインチガラガラという音が、時々波を伝って直接(じか)に響いてきた。
 この蟹工船博光丸のすぐ手前に、ペンキの剥(は)げた帆船が、へさきの牛の鼻穴のようなところから、錨(いかり)の鎖を下していた、甲板を、マドロス・パイプをくわえた外人が二人同じところを何度も機械人形のように、行ったり来たりしているのが見えた。ロシアの船らしかった。たしかに日本の「蟹工船」に対する監視船だった。
「俺(おい)らもう一文も無え。――糞(くそ)。こら」
 そう云って、身体をずらして寄こした。そしてもう一人漁夫の手を握って、自分の腰のところへ持って行った。袢天(はんてん)の下のコールテンのズボンのポケット押しあてた。何か小さい箱らしかった。
 一人は黙って、その漁夫の顔をみた。
「ヒヒヒヒ……」と笑って、「花札(はな)よ」と云った。
 ボート・デッキで、「将軍」のような恰好(かっこう)をした船長が、ブラブラしながら煙草をのんでいる。はき出す煙が鼻先からすぐ急角度に折れて、ちぎれ飛んだ。底に木を打った草履(ぞうり)をひきずッて、食物バケツをさげた船員が急がしく「おもて」の船室を出入した。――用意はすっかり出来て、もう出るにいいばかりになっていた。
 雑夫(ざつふ)のいるハッチを上から覗(のぞ)きこむと、薄暗い船底の棚(たな)に、巣から顔だけピョコピョコ出す鳥のように、騒ぎ廻っているのが見えた。皆十四、五の少年ばかりだった。
「お前は何処(どこ)だ」
「××町」みんな同じだった。函館の貧民|窟(くつ)の子供ばかりだった。そういうのは、それだけで一かたまりをなしていた。
「あっちの棚は?」
南部
「それは?」
秋田
 それ等は各※棚をちがえていた。
秋田の何処だ」
 膿(うみ)のような鼻をたらした、眼のふちがあかべをしたようにただれているのが、
北秋田だんし」と云った。
百姓か?」
「そんだし」
 空気がムンとして、何か果物でも腐ったすッぱい臭気がしていた。漬物を何十|樽(たる)も蔵(しま)ってある室が、すぐ隣りだったので、「糞」のような臭いも交っていた。
「こんだ親父(おど)抱いて寝てやるど」――漁夫がベラベラ笑った。
 薄暗い隅(すみ)の方で、袢天(はんてん)を着、股引(ももひき)をはいた、風呂敷三角にかぶった女|出面(でめん)らしい母親が、林檎(りんご)の皮をむいて、棚に腹ん這(ば)いになっている子供に食わしてやっていた。子供の食うのを見ながら、自分では剥(む)いたぐるぐるの輪になった皮を食っている。何かしゃべったり、子供のそばの小さい風呂敷包みを何度も解いたり、直してやっていた。そういうのが七、八人もいた。誰も送って来てくれるもののいない内地から来た子供達は、時々そっちの方をぬすみ見るように、見ていた。
 髪や身体セメントの粉まみれになっている女が、キャラメルの箱から二粒位ずつ、その附近の子供達に分けてやりながら、
「うちの健吉と仲よく働いてやってけれよ、な」と云っていた。木の根のように不恰好(ぶかっこう)に大きいザラザラした手だった。
 子供に鼻をかんでやっているのや、手拭(てぬぐい)で顔をふいてやっているのや、ボソボソ何か云っているのや、あった。
「お前さんどこの子供は、身体はええべものな」
 母親同志だった。
「ん、まあ」
「俺どこのア、とても弱いんだ。どうすべかッて思うんだども、何んしろ……」
「それア何処でも、ね」
 ――二人の漁夫がハッチから甲板へ顔を出すと、ホッとした。不機嫌(ふきげん)に、急にだまり合ったまま雑夫の穴より、もっと船首の、梯形(ていけい)の自分達の「巣」に帰った。錨を上げたり、下したりする度に、コンクリート・ミキサの中に投げ込まれたように、皆は跳(は)ね上り、ぶッつかり合わなければならなかった。
 薄暗い中で、漁夫は豚のようにゴロゴロしていた、それに豚小屋そっくりの、胸がすぐゲエと来そうな臭(にお)いがしていた。
「臭せえ、臭せえ」
「そよ、俺だちだもの。ええ加減、こったら腐りかけた臭いでもすべよ」
 赤い臼(うす)のような頭をした漁夫が、一升|瓶(びん)そのままで、酒を端のかけた茶碗(ちゃわん)に注(つ)いで、鯣(するめ)をムシャムシャやりながら飲んでいた。その横に仰向けにひっくり返って、林檎を食いながら、表紙ボロボロした講談雑誌を見ているのがいた。
 四人輪になって飲んでいたのに、まだ飲み足りなかった一人が割り込んで行った。


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