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蠹魚 - 宮本 百合子 ( みやもと ゆりこ )

  • 宮本百合子選集第一巻・小説集 ☆宮本百合子
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 私は先日来、福島県下にある祖父の旧宅に来ている。  祖父の没後久しく祖母独り家を守っていたが、老年になったのでこれも東京に引移り、今は一年大部空家になっている。夏の休暇に母が子達をつれて来たり、時折斯うやって私が祖母の伴で来たりする外は。
 今度は少し長逗留なので、私はこれ迄一向注意を払わなかった亡祖父の蔵書を見る気になった。良いもの、纏ったものは皆東京にうつされ此方に遺っているのは、ちぐはぐな叢書の端本、一寸した単行本等に過ない筈である。
 ひどくこの地方名物の風が吹き荒んで、おちおちものも書けない或る日、私は埃くさい三畳で古本箱やその囲りに散っている本等を整理した。私が此那好奇心を起したのは、強(あなが)ち祖父に忠実なよき孫である証拠ではない。昨年の震火災で夥しい書籍焼けてしまった。これは、直接自分の利害に関係ないことだが私に或る淋しさを与えた。母方の祖父文庫もこの時完全に失われた。其故、この古家の古本に再び日の目を見せる気になった私の心持の底には、謂わば私心を脱した書籍愛好者魂とでも云うべきものが働いていなかったとは云えない。
 慶応三年新彫、江戸開成所教授神田孝平訳の経済小学明治元年版の山陽詩註、明治二十二年出版細川潤次郎著考古日本等と云うものに混って、ふと面白いものが目についた。それは、東京書籍舘書目と云う一冊、飜刻智環啓蒙と云う何のことだか題では私などに見当もつかないもの、及、明治十五年前半期の福島警察枢要書類等である。
 東京書籍館は、今の上野帝国図書館の前身である。いつ何処だのかは覚えないが、この書籍館時代図書館内部木版画を観たことがある。羽織袴、多分まだ両刀を挾した男達が、驚くべく顴骨の高い眦の怒った顔で小さく右往左往している処に一つ衝立があり、木の卓子に向って読書している者、板敷の床を二階に昇ろうとする者の後姿などが雑然と一目で見える絵だ。
 古い草紙につきものの乾いた雲母のにおいを其時なつかしくかいだ。そう云う記憶がある為、偶然見出し書籍館書目は、ひどく私に興あるものに思えたのだ。
 それは、和漢書の部で明治九年に印刷されたものである。四六版三百十二頁に、十行ならびの大きな活字で書名、著者年号、冊数が掲載されてある。
 これは、明治八年いよいよ書籍館独立して旧大学大成殿に仮館を定め、九年、毎日午前第九時ヨリ午後第十時ニ至ルマデ内外人ノ覧閲ヲ許シ覧閲料ヲ収メス」と云う規則出来てから編輯されたらしい。そして、「明治以前ノ著訳出版ニ係ルノ書名及ビ海外新旧出版ノ書名ヲ輯ス」とある。
 震災後の帝国図書館は知らないが、それ以前でも、上野の図書館は決して愉快なところでもなければ、図書館として充分利用出来る便利な処でもなかった。
 索引や蔵書の或る部門の不備さ等は云わないでも、私には、あの雰囲気――役所くさい、うるおいのない調子だけで親しみ難かった。簡便に行わるべき書籍の出納場が、あんなに高い、絵にある閻魔の大机のようなのなどは寧ろ愉快な滑稽だ。閲覧室内を監督するようにと云う意味もあるのだろうが。
 この書籍館書目について、私の面白いと思ったことは、編輯ぶり――書籍整理の方法が、ちっとも近代常識である図書館学に煩わされていない点である。ちょん髷を剪ったばかりのライブラリアンは、いろは順もABC順も、書類の正確な系統さえ念頭に置かなかったように見える。彼は、或は彼等は、神国日本男子にとって最も無邪気で自然であった思索形式そのままを、民族精神のよき標本のように、書目録の上に現しているのである。
 彼等は、第一門に敬神、釈教を区分した。第二門に政書、職官、礼度、奏議、教育。第三門天文数学博物学医学兵学農学。そして、第四門文学美術音楽。第五門、編年、家記、伝記、考証、地理。第六門に叢書類書等を総括している。漢書之部も、第一門が四書五経孝経儒家、諸子、西教等を包括している。
 今日図書館員の目から見れば、此那大ざっぱな、まとまりのない目録稚拙の極で、小規模の箇人蒐集をまとめる役にも立たないように思えるに違いない。けれども、私にこの部門の配列順序その他は、何となく分業以前の人間の暖さ、正直さ、真実さのほとぼりを感じさせる。はっきり、彼等が生きて行く上に何を第一義に感じていたかと云うことが見える。幼稚であり、未開であるにしろ、生活にこれが第一、というのを把持していた、いようとした跡が見える。
 今日、私共の上野図書館は、遙に進んだシステムによって管理されている。が、アの部を牽くと、アイ藍が真先に出る!
 そして誰もこれに驚かない。
             ○
 翻刻智環啓蒙の面白さは、そのように機械化した文字が、まだ貴重な一つの解読と云う技能を要した時代を反映していて、微笑されるのである。明治三年頃印刷されたもので香港宣教師でも作ったのであろう。“A circle of knowledge, in 200 lessons”と云うのを、漢文訳つきで編輯したものだ。題目を見ると、一層面白い
 上半頁に Lesson 1. Object, と! 石・本・樹木其他は“are all objects. All things that we can see are objects. The chair, the hat, the book etc., were made by man. The store, the tree etc., were not made by man, but were created by God, and are called created things. The things which are made by man are not created things.”
とあり、下半頁に、
 第一篇。小引。
   第一課、眼所能見之物論
と、実に面倒な漢文で訳がついている。
 第二は、可なり朦朧とした Creature と Beings の説明で、第三から人体衣食住に関する常識以下、博物、地文、産業経済物理生理にまできっちり七行ずつ、触れている。


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