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街頭から見た新東京の裏面 - 杉山 萠圓 ( すぎやま ほうえん )

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夢野久作)    市政の巻      品川駅蓄音機  万世一系のミカドの居ます東京――。  黄色人種中最高の民族プライドを集めた東京――。
 僅か五十幾年の間に日本をあれだけに改造した東京――。
 思想でも流行でも何でもかんでも、日本でモテたり、流行(はや)ったりするものの大部分はここからはじまる東京――。
 日光京都奈良そのほか日本古美術名所古跡に感心し、ゲイシャガールに涎(よだれ)を流し、能楽(ノーダンシング)に首をひねる前に、是非ここの黄色いホコリを吸わねばならぬことになっている東京――。
 そのほかあらゆる意味に於てヤマト民族代表し、国際問題大部分に於て東洋代表し、芸術なんどの方面ではうっかりすると人類文化の最も高い方面を代表しているところもある東京――。
 その東京が一撃の下に殆ど全域にまではたきつぶされたという事は、日本全国はもとより世界の人々を驚かすに充分であった。
 更にその一度たたきつぶされた東京が、どんな腰付きで、どんな表情をして起き上るかということは、全人類視聴を惹(ひ)くに充分であった。
 記者震災一年後の東京を見に行ったのも、この意味に外ならなかった。
 震災後初めて東京に行く人は、先ず品川駅に着くとホームの雑音にまじって、
品川ア――……品川ア……山の手線、新宿……方面|行(ゆき)乗換えエ……品川ア――……品川ア――……お早く願いまアす……」
 という特別に異様な割れ鐘声を聞くであろう。記者も変な声だなと思って、窓から首を出して見た一人であったが、不思議なことには怒鳴っている駅夫の顔が見えない。変だなと思ってキョロキョロ見まわすと、それはホームに備え付けられた蓄音機で、声自慢の駅夫に吹きこませたものだとわかった。
 いずれ鉄道省の新しい試みであろうが、折角(せっかく)の事なら鶯の初音のような声にしたらどんなに有り難いことであろう。それとも寧(いっそ)の事、有名女優何かの声にでもしたら、ホームの雑音にまぎれず、旅客も耳を澄まして聴くだろう。殺気立ったり疲れたりした旅客心理状態を和(やわ)らげる上からいっても、御趣旨徹底の上から見ても、まことに結構であると思われるが、いずれにしても新しいには間違いない。この塩梅(あんばい)では震災後の東京は余程新しくなっているであろう。交通巡査自動人形を立たせ、市長椅子に盲判押捺(めくらばんおうなつ)器を据え付けていはしまいかと、取りあえず度肝を半分ばかり抜かれたのであった。
 東京駅に着くと、駅前に何百となく蟻(あり)のように這(は)いむらがる自動車、その向うに流るる電車行列、煙のように集散する人、その又向うに数万の電気を点(とも)して、大空を蔽うて立つ数個の大ビルディング、そのようなるものの間から湧き起り、渦巻き散る様々雑音、うなり、響き、叫び、とどろきは、気のせいか震災前に数倍して物凄いようで、田舎に居てはかなり気の利いたつもりの記者も、暫くの間ぼんやりとそこいらを見まわさせられた。
 誰しも田舎から都会に出ると、一種の圧迫を感ずるものである。家の大きさ、往来の烈しさ、その中を見かえりもせずサッサとあるく人々の態度なぞが、いずれも特別に自分だけを意地わるく、ひややかにあしらっているようで、われしらず襟元(えりもと)をつくろい、ポケットの中のものをたしかめる気になるものである。わけても日本一東京駅前の広場には、そうした気分を作るものがすっかり取り集められている。その中を記者は、昂然と肩をそびやかして、電車道に出たのであった。

     糜爛(びらん)する浅ましい姿

 記者はこうして、九月初めから十月|半(なかば)までの東京市中を、縦横むじんにあるきまわった。蜘蛛手(くもで)掻く縄十文字に見てまわった。用事の隙々(ひまひま)や電車待つ間(ま)にはスケッチも試みた。こうして見ては考え、考えては見ているうちに、現在の新しい東京の裏面が次第に次第に見えすいて来た。あっちこっちで見たり聴いたりした事が、次第次第に一つの大きな焦点を作って来た。
 そうしてその焦点にハッキリと、又は朦朧と現われて来たものの姿と、そのうごめきを見出した時、記者は思わず眼を蔽うたのであった。
 東京は如何に甦えりつつあるであろうか。秩序、真面目光明、穏健といったような思想を基調としているであろうか。
 市政は整然と行われているであろうか。
 市街建築交通機関は、理想ある統一の下に整備されつつあるであろうか。
 市民娯楽機関は、果して健全発達しつつあるであろうか。
 風俗新日本流行中心たるに恥じないものであろうか。
 犯罪の数は、又不良少年少女の数は震災後減ったであろうか。
 各種の商売は合理的に繁昌しているであろうか。
 そうして復興の意義は、一般市民に正しく理解され、達成されつつあるであろうか。
 記者遺憾ながら、これ等(ら)の質問に対して一つも満足な答えをすることは出来ない。唯一言「否」という言葉で片付けてしまいたいが、それすら出来ない程に東京現在は意外な状態にあるのである。
 記者はこの稿を発表する前に幾度(いくたび)か躊躇(ちゅうちょ)した。
 これを発表するのは、新しい東京の前途に希望を持つ人々に対して、あまりに残忍な仕打ちであるばかりでない。この中にある醜い事実や例証やが、さなきだに東京を唯一無上の都市と思っている地方の人々に悪い影響を与えはしまいか、又はまだ東京を知らぬ健全地方の人々の頭を刺戟して、「東京がそんな風ならおれ達だって」といった調子に地方堕落の素因を作ることが、万に一つでもありはしまいかと心配されたからである。
 更に今一つの心配は、記者が自身の観察力に対する疑いであった。東京の裏面を見て驚いたと同時に、記者自分の眼と耳を疑ったのであった。果してこれが東京の真相であろうか。かように東京のすべてが浅ましく恐ろしく見えるのは、記者の感違いではあるまいか。たった一年前、記者があらゆる讃辞を以て報道した震災直後の東京の人心は、かく短時日の間に、かくも浅ましく堕落し果て得るものであろうか。願わくは記者観察が誤りであれかし。聴き誤りであれかし……。
 こうした記者最後の気弱さは、記者東京市役所警視庁その他二、三の官庁押し遣って、それぞれの当局者について質問をさせた。


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