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西鶴と科学 - 寺田 寅彦 ( てらだ とらひこ )

  • ★「西鶴新論」織田作之助 昭22初版 天地書房★
  • 映画LD[西鶴一代女]溝口健二監督,田中絹代,三船敏郎*まひなJML
  • ◆古書②井原西鶴◆武者小路實篤/昭和14年/甲鳥書林
  • ★人妻の恋の道行き「西鶴現代版」◇向田邦子【隣りの女】★
  • 元禄流行作家 わが西鶴/藤本義一/文庫/状態は普通
  • 〓藤本儀一 西鶴くずし 好色一代男〓昭和53年/初版/¥950
  • 好色屋西鶴 栗本薫 実業之日本社 JOY NOVELS 初版
  • 藤本義一●西鶴くずし 好色六人女●立風書房1974年
  • 藤本義一 西鶴くずし 好色六人女  角川文庫 異色官能小説 
  • 吉行淳之介 訳「好色五人女」井原西鶴
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 西鶴作品についてはつい近年までわずかな知識さえも持合せなかった。ところが、二、三年前にある偶然な機会から、はじめて『日本永代蔵(にっぽんえいたいぐら)』を読まなければならない廻り合せになった。当時R研究所での仕事に聯関して金米糖(こんぺいとう)の製法について色々知りたいと思っていたところへ、矢島理学士から、西鶴の『永代蔵』にその記事があるという注意受けたので、早速岩波文庫でその条項を読んでみた。そのついでにこの書のその他の各条も読んでみるとなかなか面白いことが沢山にある。のみならず、自分がこれまでに読んだ馬琴(ばきん)や近松や三馬(さんば)などとは著しく違った特色をもった作者であることが感ぜられた。そうしてこれを手始めに『諸国咄(しょこくばなし)』『桜陰比事(おういんひじ)』『胸算用(むねさんよう)』『織留(おりとめ)』とだんだんに読んで行くうちに、その独自な特色と思われるものがいよいよ明らかになるような気がするのであった。それから引続いて『五人女』『一代女』『一代男』次に『武道伝来記』『武家義理物語』『置土産』という順序で、ごくざっと一と通りは読んでしまった。読んで行くうちに自分の一番強く感じたことは、西鶴が物事を見る眼にはどこか科学者自然を見る眼と共通な点があるらしいということであった。そんなことを考えていた時にちょうど改造社の『日本文学講座』に何か書けという依頼を受けたので、もし上掲の表題でも宜しければ何か書いてみようということになった。云わば背水陣的な気持で引受けた次第である。そんな訳であるから、この一篇は畢竟(ひっきょう)思い付くままの随筆であって、もとより論文でもなく、考証ものでもなく、むしろ一種の読後感のようなものに過ぎない。この点あらかじめ読者の諒解(りょうかい)を得ておかなければならないのである。
 西鶴の人についてもあまりに何事も知らな過ぎるから、この際の参考のためにと思って手近にあった徳富氏著『近世日本国民史元禄時代』を見ていると、その中に近松西鶴との比較に関する蘇峰氏の所説があって、その一説に「西鶴のその問題を取扱うや、概して科学者態度だ。すなわち実験室において、南京(なんきん)兎を注射するごとく、もしくは解剖室において、解剖刀を揮(ふる)うがごとくであった、云々」というのがあり、また「西鶴検事でなければ、裁判官だ。しかも近松は往々弁護料を要求せざる、名誉弁護者の役目を、自ら進んで勤めている」というのがある。そうしていろいろの具体的の作品に関して西鶴近松両者の詳細な比較論がしてある。
 この所説を見ても西鶴態度科学的と見るという見方はおそらく多くの人に共通な見方であって自分が今ここに事新しく述べるまでもないことかも知れないであろうが、ただ自分が近頃彼の作品を乱読しているうちに特に心付いた若干の点を後日の参考また備忘のために簡単に誌(しる)しておきたいと思った次第である。

 第一に気の付く点は、西鶴が、知識世界の広さ、可能性の限界の不可測ということについて、かなりはっきりした自覚をもっていたと思われることである。この点もまたある意味において科学的であると云われなくはない。
 科学者は実証なき何物をも肯定しないと同時に、不可能であると実証されない何物の可能性をも否定してはならないはずである。尤も科学者の中には往々そういう大事な根本義を忘れて、自分の既得の知識だけでは決して不可能証明することの出来ない事柄を自分の浅はかな独断から否定してしまって、あとでとんだ恥をかくという例もあえて稀有ではない。こうした独断的否定はむしろ往々にしていわゆる斯学(しがく)の権威と称せられまた自任する翰林院(かんりんいん)学者に多いのである。例えばダイナモ発明に際してある大家がその不可能を論じたにかかわらず電流が遠慮なく流れ出したのは有名な話である。また若い学士が申出したある可能現象実験検査をその先生大家が一言の下に叱り飛ばしたのが、それから数年の後に国外の学者によってその若い学士によって予測された現象実在証明されたというようなことも適(たま)にはあるようである。
 しかるに、西鶴はその著書中にしばしば「世界の広さ」という言葉を繰返している。狭い国土の中に限られた経験だけから帰納して珍稀と思われるものの存在否定してはいけないということを何遍となく唱えている。先ず諸国咄』の序文に「世間の広き事国々を見めぐりてはなしの種をもとめぬ」とあって、湯泉に棲む魚や、大蕪菁(おおかぶら)、大竹二百歳の比丘尼(びくに)等、色々の珍しいものが挙げてある。中には閻魔(えんま)の巾着(きんちゃく)、浦島の火打箱などといういかがわしいものもあるにはあるのである。また『諸国咄』の一項にも「おの/\広き世界を見ぬゆへ也」とあって、大蕪菜(おおかぶな)、大鮒(おおふな)、大山芋などを並べ「遠国を見ねば合点のゆかぬ物ぞかし」と駄目をおし、「むかし嵯峨(さが)のさくげん和尚の入唐(にっとう)あそばして後、信長公の御前(ごぜん)にての物語に、りやうじゆせんの御池蓮葉(はちすば)は、およそ一枚が二間四方ほどひらきて、此かほる風心よく、此葉の上に昼寝して涼む人あると語りたまへば、信長笑わせ給へば、云々」とあり、和尚信長頭脳の偏狭を嘆いたとある。この大きな蓮(はす)の葉は多分ヴィクトリア・レジアの広葉を指すものと思われる。また『武道伝来記』には、ある武士人魚を射とめたというのを意地悪の男がそれを偽りだという。それを第三者批評して「貴殿広き世界三百石の屋敷のうちに見らるゝ故なり。山海万里のうちに異風なる生類(しょうるい)の有まじき事に非ず」と云ったとしてある。その他にも『永代蔵』には「一生|秤(はかり)の皿の中をまはり広き世界をしらぬ人こそ口惜(くちおし)けれ」とか「世界の広き事思ひしられぬ」とか「智恵の海広く」とか云っている。天晴(あっぱれ)天下の物知り顔をしているようで今日から見れば可笑(おか)しいかもしれないが、彼のこの心懸けは決して悪いことではないのである。
 可能性を許容するまでは科学的であるが、それだけでは科学者とは云われない。進んでその実証を求めるのが本当の科学者の道であろうが、それまでを元禄西鶴に求めるのはいささか無理であろう。
 ともかくも西鶴知識慾の旺盛であった事は上述の諸項からも知られるが、しかし西鶴知識慾の向けられた対象を、例えば馬琴のそれと比較してみるとそこに興味ある差違を見出すことが出来るであろう。
 江戸時代随一の物知り男|曲亭馬琴(きょくていばきん)の博覧強記とその知識の振り廻わし方は読者の周知の通りである。『八犬伝』中の竜に関するレクチュアー、『胡蝶物語』の中の酒茶論等と例を挙げるまでもないことである。しかるに馬琴の知識はその主要なるものは全部机の上で書物から得たものである。事柄の内容のみならずその文章字句までも、古典や雑書にその典拠を求むれば一行一行に枚挙に暇(いとま)がないであろうと思われる。
 勿論、馬琴自身のオリジナル観察も少なくはないであろうが、全体として見るときは彼の著書には強烈な「書庫匂い」がある。その結果として、あらゆる描写記載にリアルな、生ま生ましい実感を求めることが困難である。馬琴自身の自嘲の辞と思われる文句が『胡蝶物語』にある。「そなたのやうな生物しり。……。唐山にはかういふ故事がある。……。和漢の書を引て瞽家(こけ)を威(おど)し。


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