計画 - 平出 修 ( ひらいで しゅう )
計畫
「昨日大川君から來たうちから、例のものを送つてやつて下さい。」亨一(かういち)は何の氣なしに女に云つた。疊に頬杖して、謄寫版の小册子に讀み入つて居たすず子は、顔をあげて男の方を見た。云ひかけられた時|詞(ことば)の意味がすぐに了解しにくかつた。
「靜岡へですよ。」男は重ねて云つた。女はこの二度目の詞の出ないうちに、男が何を云ふのであるかを會得(ゑとく)して居た。「さうですか」と云はうとしたが、男の詞の方が幾十秒時間か早かつたので、恰(あたか)も自分の云はうとした上を、男が押しかぶせて來たやうな心持に聞取れた。それ丈け男の詞がいかつく女の耳に響いた。不愉快さが一時に心頭に上つて來た。
「ああ、それは私の爲事(しごと)の一つでしたわねえ。貴方に吩付(いひつ)けられた。」女は居住まひを直して男の眞向(まむき)になつた。
「そして殘酷な……」と云ひ足して女は微(かすか)に笑つた。頬のあたりにいくらか血の氣が上つて、笑つたあとの眼の中には暗い影が漂つて居る。
「どうしたと云ふのです。」亨一は著述の筆を措(お)いて女の詞を遮(さへぎ)つた。
「靜岡へ送金することは、私の爲事の一つでしたわねえ。貴方の先(せん)の奥樣の小夜子(さよこ)さんへ手當を差上げるのが。」
「それが殘酷な爲事だと云ふんですか。」
「さうぢやないでせうか。」
「これは意外だ。私は貴方に強制はしなかつたでせう。」
「ええ。けれど結果は一つですもの。」
亨一は女の感情が段々|昂(たかぶ)つて來るのを見た。云へば云ふ程激昂の度が加はるであらうと思つたから、何も云はずに女の様子をただ見つめて居た。もう女は泣いて居るのであつた。
亨一と小夜子との間は二年前にきれてしまつたのである。趣味、感情、理想、それから亨一の主義と小夜子とは全くかけはなれたものであつた。殊に外圍からの干渉は、二人が育てた九年間の愛情をも虐殺してしまつた。小夜子は別(わかれ)て靜岡の姉の家に身をよせたが、亨一は之に對して生活費を爲送(しおく)る義務を負つて居た。毎月|爲替(かはせ)にして郵送するのがすず子の爲事の一つであつた。亨一が一切の家政をすず子に任せたとき、すず子はこの爲事を快く引きうけた。それから一年に近い間、この小さい爲事は滑(なめらか)に爲遂げられて來たのだが、今日はすず子に堪へられない惡感(をかん)を與へるのであつた。
しばらくしてすず子は泣聲をやめた。けれども苛立(いらだ)つ神經は鎮まらなかつた。
「離縁した女に貴方がどうして義務を負つてるんですか。」すず子は聲をふるはして云つた。
「そんなことを云つたつてしやうがないぢやありませんか。」
「私ねえ。前々から疑問でしたの。貴方は小夜子さんとは他人となつた方でせう。それだのに……。」
「そんな事を云つたつて、女の生活ぢやありませんか。どうするにも方法がつかないんです。」
「けれども理由のない救助は、救助する方もをかしいぢやありませんか。」
「理由がないつて、全然ないとも云はれませんよ。」亨一の眉宇には迷惑さうな色がありありと見えた。女はそんなことには何等の頓着がない。
「靜岡へですよ。」男は重ねて云つた。女はこの二度目の詞の出ないうちに、男が何を云ふのであるかを會得(ゑとく)して居た。「さうですか」と云はうとしたが、男の詞の方が幾十秒時間か早かつたので、恰(あたか)も自分の云はうとした上を、男が押しかぶせて來たやうな心持に聞取れた。それ丈け男の詞がいかつく女の耳に響いた。不愉快さが一時に心頭に上つて來た。
「ああ、それは私の爲事(しごと)の一つでしたわねえ。貴方に吩付(いひつ)けられた。」女は居住まひを直して男の眞向(まむき)になつた。
「そして殘酷な……」と云ひ足して女は微(かすか)に笑つた。頬のあたりにいくらか血の氣が上つて、笑つたあとの眼の中には暗い影が漂つて居る。
「どうしたと云ふのです。」亨一は著述の筆を措(お)いて女の詞を遮(さへぎ)つた。
「靜岡へ送金することは、私の爲事の一つでしたわねえ。貴方の先(せん)の奥樣の小夜子(さよこ)さんへ手當を差上げるのが。」
「それが殘酷な爲事だと云ふんですか。」
「さうぢやないでせうか。」
「これは意外だ。私は貴方に強制はしなかつたでせう。」
「ええ。けれど結果は一つですもの。」
亨一は女の感情が段々|昂(たかぶ)つて來るのを見た。云へば云ふ程激昂の度が加はるであらうと思つたから、何も云はずに女の様子をただ見つめて居た。もう女は泣いて居るのであつた。
亨一と小夜子との間は二年前にきれてしまつたのである。趣味、感情、理想、それから亨一の主義と小夜子とは全くかけはなれたものであつた。殊に外圍からの干渉は、二人が育てた九年間の愛情をも虐殺してしまつた。小夜子は別(わかれ)て靜岡の姉の家に身をよせたが、亨一は之に對して生活費を爲送(しおく)る義務を負つて居た。毎月|爲替(かはせ)にして郵送するのがすず子の爲事の一つであつた。亨一が一切の家政をすず子に任せたとき、すず子はこの爲事を快く引きうけた。それから一年に近い間、この小さい爲事は滑(なめらか)に爲遂げられて來たのだが、今日はすず子に堪へられない惡感(をかん)を與へるのであつた。
しばらくしてすず子は泣聲をやめた。けれども苛立(いらだ)つ神經は鎮まらなかつた。
「離縁した女に貴方がどうして義務を負つてるんですか。」すず子は聲をふるはして云つた。
「そんなことを云つたつてしやうがないぢやありませんか。」
「私ねえ。前々から疑問でしたの。貴方は小夜子さんとは他人となつた方でせう。それだのに……。」
「そんな事を云つたつて、女の生活ぢやありませんか。どうするにも方法がつかないんです。」
「けれども理由のない救助は、救助する方もをかしいぢやありませんか。」
「理由がないつて、全然ないとも云はれませんよ。」亨一の眉宇には迷惑さうな色がありありと見えた。女はそんなことには何等の頓着がない。
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