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記録狂時代 - 寺田 寅彦 ( てらだ とらひこ )

  • 介護記録の学校 「介護記録の書き方」マニュアル
  • プジョー607スポーツ 整備記録多数あり!検23/7まで
  • 保証付'98モデルレンジローバー初年度からの全整備記録簿★
  • PORO GTI 5速 程度良好 機関快調 ディーラー記録簿付
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 何事でも「世界第一」という名前の好きなアメリカに、レコード熱の盛んなのは当然のことであるが、一九二九年はこのレコード熱がもっとも猖獗(しょうけつ)をきわめた年であって、その熱病が欧州にまでも蔓延(まんえん)した。この結果としてこの一年間にいろいろの珍しいレコードが多数にできあがった。それら記録の中で毛色の変わったのを若干拾いだした記事机上小冊子の中で見つかったから紹介する。
 シカゴ市のある男は七十九秒間に生玉子四十個まるのみしてレコードを取ったが、さっそく医者のやっかいになったとある。ずっと昔、たしか南米で生玉子の競食で優勝はしたが即死した男があった。今度のレコードは食った量のほかに所要時間測定してあるのが進歩である。時間が無制限ならば百や二百の生玉子をのむのは容易である。
 ウィーンのある男は厳重なる検閲のもとにウインドボイテル(軽焼きまんじゅうの類)を六十九個平らげた。彼の敵手は決勝まぎわに腹痛を起こして惜敗したと伝えられている。
 こういう種類の競技には登場者の体重身長を考慮した上で勝敗をきめるほうが合理的であるようにも思われるが、そうしないところを見ると結局強いもの勝ちの世の中である。
 食いしんぼうのレコード保有者でも少し風変わりなのは、パリのムシウ・シエールである。この人は一年間に宴会出席すること四百回、しかも毎回欠かさずに卓上演説をしてのけたそうである。わが国でも実業家政治家の中には人と会食するのが毎日のおもなる仕事だという人があると聞いてはいるが、三百六十日間に四百回の宴会はどうかと思われる。それにしても、この四百回の会食を遂げたという事実真実性を証明するための審査ははなはだめんどうであったろうと想像される。
 シガー一本をできるだけゆっくり時間をかけて吸うという競技優勝の栄冠を獲たのはドイツ人何某であった。すなわち、五時間と十七分というレコードを得たのである。遺憾ながらそのシガーの大きさや重量や当日の気温湿度気圧等の記載がない。この競技速度最小という消極的なレコードをねらうところに一種特別の興味がある。できるだけのろく燃えるという事と、燃えない、すなわち消火するという事とは本質的にちがうのである。これに対してたとえば百メートル距離をできるだけのろく「走る競技が成立するかどうかという問題が起こし得られる。高速活動写真でとった、いわゆるスローモーション競走映画で見ると同じような型式の五体の運動を、任意の緩速度で実行できるかというと、これは地球重力gの価を減らさなければむつかしそうに思われる。できるだけのろく「歩く競技審査困難と思われる。しかしこのシガーの競技可能であるのみならず、どこかに実にのんびりした超時代的の妙味があるようである。ただこの競技審査官はいかにも御苦労千万の次第である。だれかしかるべき文学者がこの競技光景を描いたものがあれば読んでみたいものである。
 シガーの灰の最大団塊を作ったというレコードもやはりドイツ人の手に落ちた。これは一九二九年のことであるが、ことしはヒトラーたくさん書物の灰をこしらえた。それでも昔のアレキサンドリア図書館火事の灰のレコードは破れなかったであろう。
 ベルギー人のメニエ君は一枚のはがきに一万七千百三十一語を書き込んでレコードを取った。これを書きあげるのに十四年かかったそうである。平均一年に千二百二十三語強、一日に三語ないし四語の割合である。面積平方ミリに一語くらいの勘定になるようである。日本でも米粒の表面和歌書く人があるが、これに匹敵する程度の細字と思われる。聞くところによると、米粒へ文字書くには、米粒を手のひらへのせて、毎日暇さえあればしみじみとながめている、するとその米粒がだんだんに大きく見えて来ておしまいには玉子のように、また盆のように大きく見えてくる、その時にまつ毛一本抜いて、それに墨汁(ぼくじゅう)を浸し「すらすらと書けばよい」という話である。真偽はとにかく、これと似た事は、精密器械などをあつかう人のしばしば経験するところである。また、一秒の十分の一というような短い時間でも天体観測練習などしてみると、だんだんに長いものに思われてくるのである。
 器械文明発達すれば、精密なことは器械がしてくれるから人間はだんだん無器用になってもいいかというに、そうではなくて精密な器械を使うにはやはり精密な感官を要するので、器械の発達につれて人間発達しなければ間に合わない。大和魂(やまとだましい)だけで器械を使ったのでは、第一器械もこわれるが、場合によっては自身の命も危ういのである。精密器械を作るのでも最後の仕上げは人間の感官によるほかはないような場合が多い。こういう点で、この細字書きのレコードは単に閑人(ひまじん)の遊戯ばかりともいわれない。考えようによってはランニング砲丸投げなどのレコードよりもより多く文化的の意義があるかもしれない。体力だけを練るのは未開時代への逆行である。
 タイピストの一九二九年のレコードは一分に九十六語でこれはフランスの某タイプ嬢の所有となっている。これなども神経のはたらきの可能性に関するものである。
 ロスアンゼルスのアゼリン嬢は三十六秒間に八平方メートル面積をきれいに掃除(そうじ)したというレコードを取った。こういうのは「掃除した」か「しない」かの審査がむずかしそうである。掃除は早いが畳がいたんだり障子|唐紙(からかみ)へ穴をあけるのでは少なくも日本女中の登用試験では落第であろう。
 八十歳の老人でできるだけ長時間ダンスを続ける、という競技優勝者ブーキンス君は六時間十一分というレコードを取った。もっと若い仲間でのレコード七十時間三十分というのはウィーンウィリー・ガガヴチューク君の手に帰した。三昼夜と七時間半も踊りつづける間に、睡眠はもちろん不可能であるが、食事用便はどういうふうにしたものか聞きたいものである。


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